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ろまんくらぶ「仮面の天使」83

ランチを済ませてからの午後の授業は眠いものだった。それでも茉莉は必死になって授業を聞いていた。せめて成績だけでもどうにかしないと、恋愛がうまくいっていないので、悲しすぎると感じていた。明日は教授と食事だけれど、世の中の風潮だとそれもおおっぴらにはできなかった。何だかそんな関係も彼女にとっては窮屈な面もあった。それにしても教授のことをどう思っているのかと彼女は自問自答する。 午後一番の授業が終わると次の授業は休講だったので、茉莉は大学のカフェにまた立ち寄る。窓際の静かな席でひとり、読書に専念しようと思っていた。それにしてもカフェは賑やかで、学生達が無邪気に笑い声をあげていた。独り茉莉は変わってしまった自分を寂しく感じていた。あんなに何も考えずに笑えたら幸せだと、以前の自分はそうだったと思う。今はややこしい恋愛関係に手を染め、自分を傷つけた相手に近くに来られて、どうしたらいいのかわからなかった。 そんな茉莉の悩みを健はどうやって解決して、また彼女の気持ちをほぐしていくのか。彼女の方が愛情問題で先へ進んでしまったことに彼は気づいていなかった。 午後の柔らかな光が茉莉の背中を温めると、彼女はうとうととし始める。本を開いたまま、いつの間にかカフェのテーブルで眠ってしまった。彼女の後ろにはまだ天使がいるようで、仮面の下の純粋な彼女を見守っているようだった。 「茉莉、、、茉莉」 呼ばれて彼女ははっと目を覚ます。 「あ、私、、、今何時?」 「もう5時だよ」 「2時間も寝ちゃった」 「渋谷行く?」 「だね。まずご飯」 「お腹空いたね」 ふたりがおしゃべりしていると、もうひとりがやってくる。 「まったあ?」 「大丈夫。今来たとこ。茉莉ったら寝ちゃってた」 「何だかうとうとしてた」 「じゃ、いこ」 3人は連れ立ってカフェを出ていく。暮れかかった光が彼女達に夜の匂いを運んでくる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」82

そうは言うものの狭い研究室に茉莉と2人きりになると、教授の気持ちは揺らいでくる。何も無理して今別れることはないのではないかと悪魔がこっそりと耳打ちしてくる。彼女の甘い香りがその想いに拍車をかける。こんなに可愛い女子学生と未だ悪くない状況なのだから、健と真二が何を言おうと構わないのではないかと心がぐらつく。 またぼんやりしていたのだろう。教授の夢想を破るように茉莉が声をかける。 「ねえねえ、ほんっと今日変だよ。ぼーっとしすぎ」 「悪かったね。じゃあ、人が来るといけないから」 「はーい。じゃ、明日ね。きっとね」 「じゃ、6時に喫茶店で」 彼と彼女は行きつけの店で待ち合わせする約束をする。 茉莉が部屋を出ていくと、教授はほっとする。彼女を好きな気持ちがむくむくと頭をもたげてきて、息が詰まりそうだった。別れる約束をあの2人としたことで、心臓がどうにかなりそうだった。切ない気持ちと辛い気持ちが彼が仕事に向かうのを邪魔する。 教授の部屋を出ると茉莉は鼻歌を歌っている。今夜のクラブや明日のレストラン、2つの楽しみができて彼女はご機嫌なのだった。彼女の頭の中はできたら健とのことは保留にして考えたくないという思いでいっぱいだった。健との関係を修復する気は今はさらさらなかったから、後はどうやって彼をかわすかが当面の問題だった。とにかく夜一緒になることは避けたかった。 そんな彼女の気持ちを健はよく分かっておらず、相変わらず能天気に晩ご飯のことを考えていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」81

コンコンっと茉莉はドアをノックする。 「どうぞ」 教授の声がする。不用心にも彼は即答してしまった。まさか彼女が部屋に来るとは思っていなかった。 「やっほー」 彼女は悪びれずにすたすたと入室する。さすがにドアを閉め、ちょっとだけ教授の様子をうかがう。 「誰もいないよね」 思いがけず彼女が来たことで彼は激しく動揺する。彼女にはもう2度と会ってはいけないと思っていたから、メールにも返信はしなかった。 「ねえねえ、どうして返事くれなかったの?」 彼女に問い詰められると彼は答えに窮する。 「いや、その、ちょっと調子が悪くて」 「だと思った。だから来ちゃった。具合でも悪いのかなって」 健と真二が教授に茉莉と会わないように頼みに来ていたことをどうやら彼女は知らないらしい。 「ねえねえ」 彼女のねえねえに彼はたじろぐ。また何かどこかへ連れて行けとかそういうことだろう。 「ねえねえ、今度フランス料理行こうよ」 ホラ来た。もう2人でどこかへ行ってはいけないと彼女にどうやって説明したらいいのだろう。健くんとやらが本命の彼なのだろう。引き際を考えないとならないと教授は思う。ぼんやりしていると茉莉がはっぱをかける。 「どうしたの?ぼんやりしちゃって。具合ってどこが悪いの?」 「いや、そのあちこち色々」 「あんまり無理しないでね。研究もほどほどに」 優しい言葉をかけられると彼の決心は揺らいでくる。 「じゃ、明日はどう?今夜はちょっと他に用事あるから」 可愛い彼女にねだられると彼は嫌とは言えない。 「分かった。明日だね」 「どこ行くの?」 「そうだなあ。恵比寿あたりでも」 「嬉しいな。美味しいとこ連れて行ってね」 その食事の後にでもちゃんと話さないとと彼は思う。

ろまんくらぶ「仮面の天使」80

授業は第2外国語のドイツ語だった。仮にも医学部だったから外国語は必須だった。英語はもちろんのことドイツ語すらできないと学会で困ることになる。学会に出られなくなると仕事上でも大幅な遅れをとってしまうから情報ソースが狭まるのを避けるため、ドイツ語にも一生懸命だった。成績がどうかというとこれがなかなか難しいところがある様だったが。 「ふう」 授業が終わると何だか疲れたなあとノートと教科書を手早く片付け、学食へ向かう。友達はまだ来ていないから4人掛けの席を探す。派手な服装の茉莉を見て、ひそひそと噂話をする学生もいる。茉莉はそんなことは気に留めず、すたすたと学食の中を歩く。窓際に空いているテーブルがあったので、そこに腰掛ける。 「何にしようかなあ。今日の定食はハンバーグか。他のものにしようかな」 友達が来るまで彼女はぼんやりとしている。 「やっほー、茉莉、早いじゃん」 「お腹空いてるもん」 「だね。今日の定食って?」 「ハンバーグ」 「じゃあ、あたしそれ、茉莉は?」 「焼き魚定食にしようかな」 「めずらしいね。いつも洋食なのに」 「たまにはね」 2人は他の友人を待ちきれずに、早速列に並ぶ。ひさしぶりの焼き魚定食は何だか美味しそうだった。2人が席に戻るともう1人の友人がやって来る。 「何にする?」 「私もハンバーグにしよっかな。茉莉は焼き魚なんだ」 「そ。たまにはね」 「先に食べてて。冷めちゃうから」 そう言い残すと友達も列に並びに行く。 焼き魚に箸をつけると茉莉は教授のことを思い出す。お昼が終わったら教授室を訪ねてみようと考える。

ろまんくらぶ「仮面の天使」79

「何だか変ですよ?」 よほどにやけていたのか健はスタッフに注意される。 「いや、何でもない」 平静を装うと彼は仕事に取り掛かる。プログラミングを外部のエンジニアに頼むかどうか検討しないとならない。しばらく書類を精査するとコーヒーをいれに行く。今夜はなるべく早めに仕事をしまって茉莉のために買い物に行こう。そんなことばかり考えているとつい手元がお留守になり、危うくコーヒーをこぼしそうになる。 カフェでのおしゃべりを終えると、茉莉と友人達は次の授業に出るために移動する。みんなバラバラの授業だった。 「また後でね」 「うん、学食で」 「今日のランチは何かなあ」 今から食事のことが楽しみなのだった。 授業中の茉莉は真剣なのだった。素行がどうでも単位を落としたりすると面倒なので、学業に手抜きすることはあまりなかった。授業が終わると彼女はまた教授にメールしてみる。 「元気なのかな。連絡ちょうだいな」 この間のメールにも返信がなかったので、茉莉は教授の健康状態も心配なのだった。 「そうだ、教授の部屋へ行こう」 2人が付き合っていたことは秘密だったから、茉莉が教授の部屋を訪れることはまずなかった。彼女はランチの後に教授の部屋へ行くことにする。

ろまんくらぶ「仮面の天使」78

授業が終わると茉莉は仲間と一緒に学食の横のカフェに移動する。相変わらず派手な服装の彼女は何だか目立つのか、男子学生がチラチラと視線を送ってくる。席を確保すると彼女達は飲み物を取りに行く。 「何にしよっかな」 「えっとわたしカフェオレ」 「じゃわたしは今日はブラック」 「茉莉がブラックなんてめずらしい」 「何となく甘い気分じゃないの」 「え〜、やっぱ何かあったんでしょ」 「秘密だもん」 「ずる〜い、聞かせてよ」 「だあめ。また今度ね」 「けちっ」 お会計を済ませると彼女達は席につき、コーヒーのいい香りにほっとする。 「でさ、クラブ、どこにすんの?」 「六本木は?」 「ええ〜、渋谷がいいよ」 「渋谷のどこにすんの?」 「ホラ、ちょっと大人めなあそこは?」 「ああ、例のとこね。茉莉、前から行ってみたいって言ってたもんね」 「そこカッコいいの?」 「みたい。紫と黒のインテリアがシックだって」 「じゃ、そこね」 こうしてはたで聞いていると3人がごちゃごちゃ話していて、何となく誰が何を話しているのかよくわからない印象を受ける。側を通るとちょっと香水のいい匂いがする。 茉莉達のそんな会話はもちろん健の心には届かない。彼は今夜早く帰ろうと少しだけにやけていたりする。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」77

「今夜は何を作ろうか」 メニューを考え始めると健は何だかウキウキしてきた。とにかく茉莉に栄養をつけさせないとならないから、何かボリュームのあるものにしようと思う。 「そうだ。とんかつなんていいかもしれない」 一人暮らしが長い彼は料理は何となくできるのだった。材料を考え、冷蔵庫のストックを見る。 「小麦粉、卵、、、パン粉はないかな」 今日は会社は早めに終わらせてしまおうと考える。揚げ物は結構手間と時間がかかるし、丁寧に作らないと失敗するからだ。自分の会社だと融通が効くのが便利だとこんな時は思う。とにかく1ヶ月くらいは少なくとも彼女の食事の面倒を見てっと、、、そう思うとしっかりしなくちゃならないと感じる。 大学に着くと茉莉は広い講堂の後ろに席を見つける。彼女が座ると早速ちょっと世の中斜めに見ていそうな仲間達が集まってくる。 「ねえねえ、ひさしぶり〜。1週間以上も休むなんて珍しいね、茉莉」 「まあね。ちょっと野暮用」 「なんかあったの?」 「たいしたことじゃないけど」 「男関係?」 友人は親指をちらつかせる。 「想像にまかせる〜」 「ふうん」 「それより、今夜、遊ばない?」 「いいよ。ひまこいてるし」 「じゃ、渋谷あたりどう?」 「いいよ。ご飯どうする?」 「中華屋さんは?いつもの」 「いいよ。あそこちょー美味しいから」 「じゃ、決まり。ご飯したらクラブね」 「おけ」 2人がおしゃべりしていると授業が始める。茉莉は学問だけはしっかりと行っていた。健とのことがどうであれ、勉強だけは怠けることは意外にもなかった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」76

玄関を出て勢い良く歩き始めた茉莉は、でも何だかむしゃくしゃしてくる。突き放したくせに今度は強引に連れ戻す。そんな健の態度にイライラしてくる。考え事をして歩いていた彼女はクラクションを鳴らされる。 「うるさい、うるさ〜い!」 彼女も喚き返す。以前の彼女ならこんな時、ただしょんぼりして怯えるだけだった。今の彼女は少し強くなった。 「今夜はどこ行こっかな」 そう思うと気分もなおってくる。とびきりイカしたクラブに行ってまた派手に騒ぎたかった。 「あ」 彼女ははたと気づく。 「そうだ、教授に電話しなくっちゃ」 スマホを取り出すと彼女は教授に連絡する。すぐに留守電になるのでメッセージを残す。 「あ、茉莉で〜す。心配かけてごめんなさい。連絡ちょうだいな」 甘えた声を出す。すぐに教授が電話に出なかったことを不審に思うものの、ま、いっかとまた歩き出す。 「そうだ。お小遣いまだあるよね。クラブ高いかなあ。今夜はどんなシャンパンにしようかな」 すっかりお酒に強くなった彼女は銘柄を思い浮かべてほおを緩める。彼女は銀行に立ち寄ると少しお金を下ろす。機嫌がなおったのか鼻歌を歌い出す。 そんなこともつゆ知らず、健は会社に出かける支度を始める。気分が不安でも仕事には行かないと、茉莉を養うことはできないと覚悟を決める。服装自由の自分の会社とはいえ、それなりの格好で行かないと来客の折には困ることもある。少しお洒落なスラックスにジャケットを羽織り、ネクタイを締める。こんな感じも悪くないが、会社には替えのTシャツもストックしてあった。 「さて、っと」 支度が整うと、ふと今晩の食事のことを考える。茉莉が早く戻ってきますようにと祈る気持ちだった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」75

健と茉莉が眠りについている間、運命の神も天上でうとうとしていた。ぐっすり眠るということはなかったけれど、今は2人の仲をそっとしておこうと思っているのだろうか。2人は深い眠りに落ちているようで、夢にうなされるという様子もなかった。すやすやと寝息を立てていた。 翌朝、健が目覚めると、茉莉はもうとっくに起きて出る支度を済ませていた。 「朝食は?」 少しの沈黙の後、彼女は答える。 「いんない」 「お腹空くよ?」 「うるさいなあ」 彼女はぷいっと横を向く。 刺激しないように彼は黙ってしまう。 「出かけるから、じゃ」 「鍵渡しておくよ」 健はスペアキーを彼女に差し出す。彼女はそれを黙って受け取るとさっさと靴をはいて玄関を出る。彼は肩を落としため息を吐く。 「やっぱりすぐ仲直りは難しいんだろうな」 ひとりぐちをこぼす。 玄関を出ると茉莉は大きく伸びをする。閉まったドアに向かって彼女はあっかんべーをする。今夜は早く戻ってなんかやるもんかと毒づく。 「ふん、だ」 彼女は勢い良く歩き出す。 ひとり家に残された健は、とりあえず朝食の支度を始める。会社は10時からだったからまだ時間はあった。コーヒーを沸かすと、トーストを焼き、ベーコンエッグをこしらえる。それにサラダを添えると満足する。 「あ〜あ、茉莉にこれを食べさせたかったな」 椅子に座るとフォークで卵料理をつつく。窓からは爽やかな朝日が入ってくる。それを目にすると彼は食べるのをやめ、物思いにふける。実際どうしたらいいのかまだよくわからなかった。 茉莉を傷つけたことは紛れもない事実だった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」74

廊下を歩いて寝室へ入ると茉莉はベッドへ向かう。居間で健がぐっすり眠っているようなので、安心して布団にもぐり込む。しばらくして上体を起こすとサイドテーブルにのせたココアを手に持つ。ぼんやりと今日のことを反芻する。健とのことをこれからどうしたらいいのか、茉莉にはよくわからなかった。 ココアを飲み終わり、しばらくするとうとうととしてくる。布団の中に入ると、サイドランプを消す。とりあえず今夜のところは何もなく平和に眠れそうだった。そのうちに深い眠りに落ちる。 夜中になり健は目を覚ます。テレビを消すとキッチンの灯りも消す。茉莉の部屋からは物音もしないので、念の為、寝室を確かめる。そっと扉を開けると彼女がベッドでぐっすりと眠っていた。寝顔が穏やかで、やっと天使が戻ってきたのかと彼はほっとする。そのまま、またそっと扉を閉めると、寝室を離れる。平和な空気が家を包み、それだけで彼は今は満足だった。 寝室からキッチンへ戻ると、健は少しだけお酒を口にする。眠れそうだけれど、リラックスしたかった。テレビをまたつけてみるけれどもう見るものもあまりなかった。すぐテレビを消すと、居間に敷いた布団にもぐり込む。今は無理をしないで彼女の様子を見ていたかった。彼女がどうしたいのかが不安ではあったものの、無理強いすればまた問題が複雑になるだけだった。そんなことを考えているうちに、うとうととしてきて、健もぐっすりと眠りに落ちる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」73

茉莉は部屋にこもり、自分の荷物の片付けを始める。大学へも行かなければならないから、とりあえずその支度を終えようと箱をひっくり返す。幸いにも健と真二が箱の外側に分類を記入していたために、書籍や書類を簡単に見つけることができた。それから身の回りの衣類を引っ張り出すと、クローゼットに適当に詰め込む。あとは時間がある時でいいやと、床に寝転んで出てきた漫画を読み出す。小さな猫が2匹出てくるコミックスを読みながら、ポテトチップスをつまむ。床でゴロゴロしているとそのうちになんだか眠くなってくる。 居間で布団の上でテレビを見ていた健はいつの間にか眠ってしまった。茉莉を見つけて安心したのか、ぐっすりと眠っている。薄暗い中、テレビの画面だけがぼんやりと光っている。 漫画を読み終わると茉莉はまたこっそりとキッチンへやってくる。なんだか温かい飲み物が欲しくなったので、ココアでもいれようとヤカンを火にかける。そうしているうちに気になって、思わず居間とキッチンの間のスライドドアを開ける。薄暗い中、テレビがついていて、健が見ているのかと思うと音を立てないように注意する。見ると床に布団が敷いてあって、どうやら彼は眠っているようだった。少しの間、健の寝姿を見つめると、茉莉はまたこっそりとドアを閉める。 お湯が沸いてきたのでピーッと音が出そうになったところで彼女は火を止める。ずっとイライラしているわけにもいかないかなあと少し心を落ち着かせる。温かいココアを手に持つと、寝室へ向かう。きっと健は目を覚さないくらい眠っているのだろうなあと彼女は思う。

ろまんくらぶ「仮面の天使」72

テレビの音でどうやら健が居間にいるらしいのが分かると、茉莉はバリケードにしてあった椅子をドアからどかす。足音を立てないようにこっそりと部屋から出ると、ちょっとトイレに向かう。化粧室は居間から離れていたので好都合だった。 彼女はそっとトイレをすませると、廊下を通って、居間の様子をうかがう。キッチンと居間の間の大きなスライドドアが閉まっているのを確認すると、キッチンに忍び込む。お腹がすくといけないと、ポテトチップスとミニチョコレートケーキのパックとサイダーを調達する。こっそりとキッチンを出ると、食料を抱え、忍び足で自分の部屋へと戻る。 テレビを見ていた健は大きなため息を吐く。茉莉の気配に気づかないとでも彼女は思っていたのだろうか。微かな物音に彼は彼女が口もききたくないのを意識する。がっかりするよりも、これからどうしたらいいのか先が思いやられる。彼女は籠城でもするつもりなのだろうか。もし一緒に寝たくないのなら、寝具を一式出しておかなければならない。居間から出ると健は寝室へ行き、客用の寝具を引っ張り出す。それを居間へ持って行き、ソファの前に広げると、その上にごろんと横になる。なんだかこれから大変だなあと気弱になってくる。  

ろまんくらぶ「仮面の天使」71

真二が帰ってしまったので、茉莉と健は2人っきりになる。しばらく互いにソファの両端に腰掛けながら、黙ってテレビを見ていた。 この沈黙は痛い。 健はお湯を入れにバスルームに向かう。しばらくすると「お湯が入りました」の音声が聞こえ、茉莉に先に入るよう促す。 「よかったら先に」 話しかけられて彼女は無言でソファから離れ、バスルームへ向かう。沈黙が続き健にはそれがこたえる。茉莉はもちろんまだ怒っているのが伝わってくる。彼は大きくため息を吐く。 お風呂から出ると彼女は自分の部屋へ行き、ルームウェアに着替えるとまたソファに座る。ずっと無言でチャンネルをくるくると変える。健はバスルームへ向かうが彼女の様子が気になって仕方ない。そんな彼の調子を彼女はちょっと馬鹿にする。 彼がお風呂から出てくると彼女はもうソファには座っていない。寝室にもいない。彼女の部屋へ行くと、ドアはぴったりと閉じられていて、どうやら家具でドアが開かないように押さえてあるらしかった。彼は話すのを諦めて居間へ行くとソファに腰掛け、テレビのチャンネルをニュースに合わせる。 紛争の幕は開いたばかりなのかも知れなかった。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」70

健と真二が片付けている間に、茉莉は居間のソファーでゴロゴロしながらテレビを眺めている。健と真二は時々振り向きながら、彼女の様子をチラチラ見ている。以前とは違って、あんまり恥ずかしがらずにリラックスしているのがわかる。 片付けが終わると真二は健に耳打ちする。 「万一の時はこの薬渡して飲んでもらって」 真二は安定剤を健に渡しておく。それから万一の時は夜中でもすぐに連絡入れるように健に言付けてから真二は家へ戻る。 「じゃ、ねーちゃん、俺、帰るから」 茉莉は玄関まで弟を見送る。 「ありがと、じゃ」 健も玄関まで来る。 「じゃあ、ホント世話になったね」 「いいって。じゃあ、おやすみ」 「おやすみなさい」 茉莉も穏やかに返事をする。 「おやすみ」 健は少し不安そうだった。 真二が行ってしまうと茉莉は心細そうにしている。健はそっと彼女の側から離れる。あまり彼女を刺激しないように気をつける。先週、彼女が暴れて、窓ガラスが壊れるかと思ったため、また暴れて怪我でもされたらと内心ヒヤヒヤしている。 茉莉は健が少しびくびくしているのが解るので、内心「ばっかじゃない」と思っていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」69

 茉莉と真二は買い物を済ませるとカフェで少し休む。 「私カフェオレ」 「あとブレンドで」 「かしこまりました」 店員は手早い所作でコーヒーを淹れる。 オーダーを済ませ出来上がるのを待って席に着く。やっと一息入れられる。6時位にはマンションへ戻ろうと思っていた。運ばれてきたコーヒーを飲んで、2人が店を出ようとした時、真二の電話が鳴る。健からの連絡だった。 「あ、俺、あのどんな様子なのかなと」 「大丈夫だから、早く帰ってきてよ。食事は準備しておくから」 「分かった」 茉莉はすぐに健からの連絡だと気づき、あ、帰ってくると思うと急にソワソワし始める。どうしようと、何を話したらいいのかわからないと感じている。真二は姉の挙動が不審なのでやっぱり姉は健さんのことをまだ好きなんだと考える。もう勝手にしてほしいいと、家へ戻るとさっさと食事の準備に取り掛かる。 小1時間もすると健が帰ってくる。すぐに食事にしようと、真二はセカセカと動き回る。とにかく茉莉に元気になってもらおうとソースにニンニクを効かせる。料理をテーブルに並べ、3人で卓を囲む。 食事中は茉莉はあんまり喋らないで下を向いている。時々チラチラと健や真二を見る。彼等はおしゃべりをしながら普通に食事をしている。健は時々茉莉をじっと見るが、彼女が意外と元気そうなのでホッとする。 食事が済むと、真二と健は片付けを一緒に始める。茉莉はしばらくは何もしないで、とにかく休むとように促される。

ろまんくらぶ「仮面の天使」68

「電話も一切出なかったんだって?」 「、、、」 真二の問いかけに茉莉は黙る。 「健さん何回もかけたって」 「、、、」 「だからさ、彼、亜紀って女性の目的が分かったみたいだよ。そんで彼女がねーちゃんにしたことも」 「でも、でも私見たもん」 「ああ、彼、彼女と関係持ったって?」 「そう。朝、マンションから出てきた。そこのベランダで見えたの、彼が彼女の肩撫でてるのが」 「それは確かにそうかもしれない。だってねえちゃんが冷たくするから」 「それはそうだけど、、、」 「まあ、あとはふたりで勝手にしてよ。俺は余計なことには首突っ込みたくない、これ以上。詳しいことはふたりで話したら?そうやって逃げてるの、悪いけど、子供っぽいよ」 「、、、」 「子供って言われたくなければ、話したら、ちゃんと。その上で相手が嫌なら仕方ないよね。それは」 言われて茉莉は何か考えている。真二はため息を吐くとお茶をまた淹れに行く。 夕方までふたりはテレビを見たり、部屋を整理したりしていた。5時前になると真二と茉莉は近所へ買い物に向かう。 「ねーちゃん何食べたいの?」 「うーんと、お肉」 「そ。じゃ、ステーキでも焼く?」 「うん。ステーキとポテトフライと、えっと」 「ハイハイ。じゃあ、今日は俺が焼くよ」 「へへ」 「全く、世話の焼けるねーちゃん。あ、イチゴも食べる?」 「うん。えーっと、クリームも」 真二は少し安心する。あんな荒れ方をしていたのに、性格が変わっている訳でもなかった。顔色も回復して元気になってきた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」67

真二は茉莉に部屋を見せる。居間と寝室はすっかり元通りになっていて、茉莉が暴れた形跡は見られない。真二は彼女があんまり大騒ぎをせずに静かにすわているので、逆に何か考えているなと思う。逃げる計画でも立てているんじゃないかと直感的に感じる。 しばらくするとお昼になるので、2人で母親が持ってきたお弁当を食べる。彼はお茶を淹れに台所へ行く。彼女はため息を吐く。 「ねえちゃん、ちょっと」 「何?」 「真面目な話し」 「ちょっとこっちに座って」 真二は姉を居間のソファに座らせる。彼は向かい側にすわる。 「もし、もし嫌だったら健さんにはっきり言えばいいから。分かる?全部もう片付いたから」 「でも、私」 「ちゃんと話しなよ、逃げないで」 「、、、」 「俺、ねえちゃんがどうしようと、結局はねえちゃんの人生だし」 「うん。でも私」 「彼、結婚したいってさ、3ヶ月位したら」 「え?そんな勝手に決められても」 「言うなって言われてたけれど心配で」 「、、、」 「だって、ねえちゃん彼のこと好きでしょ?違う?だからあんなに荒れちゃって。おまけに髪までバッサリ切っちゃって」 「でも彼あの女性と」 「あれは健さん俺に話してくれたけれど、もう終わったことみたいだし。大体あの亜紀ってひとに騙されてたみたいだよ」 「騙されてたって?」 「うーん、やっぱ、何も知らないんだ、そのことも」 真二はそのいきさつを茉莉に話し始める。

ろまんくらぶ「仮面の天使」66

茉莉は退院すると真二の車で病院を出る。車は実家へも恵比寿のマンションへも行かない。彼女は心の中で嫌な予感がする。これはもしかしてと思うとその通り車は健のマンションへ向かう。彼女は車の中で黙って座っていたが、いずれ逃げ出そうと思っていた。心の中ではバーカと悪態をついていた。親は彼女が病院でおとなしかったので、そんなこととはつゆほども思わなかった。 健のマンションへ着くと、茉莉は彼女の荷物が全てそこにあるのに気づく。真二はお茶を淹れに行く。 「いいわね。健さんにあなたを預けたから」 「えっ?」 茉莉は心の中で何ソレと感じた。 「下手なことしないでよ」 母親は注意する。茉莉は沈黙している。母は茉莉に言い含めるようにするが、茉莉はうんともすんとも言わない。母は少し心配になる。分かったとかはいという素直な返事は聞こえておない。大変になるのは健さんね、と思うと親達はため息を吐く。 「分かった?」 「、、、うん、、」 茉莉は渋々返事をする。 「じゃあ、私達は帰るから。真二はしばらく相手してて」 「いいよ、俺、今日は暇だから」 両親はお茶を飲むと真二と茉莉を残して早々と帰る。 茉莉は真二をジロリと睨む。真二は太々しく冷静に知らんぷりをしている。

ろまんくらぶ「仮面の天使」65

 一方の茉莉は病院でおとなしくしているので、両親はホッとする。事件の内容は健側の親族には伝わっていない。 翌日の夜、引き続き健と真二は箱詰めに来る。茉莉の母親は娘の細かい衣類などを箱詰めする。その次の日は全員でトラックでやってきて、荷物を積んで、引っ越しの作業をする。管理人には丁寧に挨拶とお礼をする。 何処へ荷物を運ぼうかとみんなが迷っていると、健は彼の家へ運んで欲しいと提案する。 「彼女のための部屋もありますし、もし俺と一緒に寝たくないなら、ベッドも入れますから」 「わかりました」 茉莉の親は了承する。 「嫌だったら、ねーちゃん、逃げて行くと思うよ」 言われて健は少し傷つく。真二はニヤニヤしている。茉莉の親はなるようになるでしょ、という表情だった。みんなで荷物を運び、帰りは全員でラーメン店に行く。久しぶりにほっとしてビールと酎ハイをたくさん飲む。 病院で茉莉は落ち着いている。月曜日には退院だった。彼女の親が健のところへ連れてくることになっていた。真二も同行する予定だった。茉莉の親は何だか健に娘を取られたような感じもしていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」64

 真二が教授との電話を終えると健が近づいてくる。 「で、何だって?」 「うん?ねーちゃんのことを好きだから思い出になるものは捨ててくれってさ。辛くて見たくないって」 「そっか、そうか、その人は」 「彼なりに愛してたんでしょ、ねーちゃんのこと。だから、頼まれれば何でもした」 「そっか」 「ま、健さんも頑張ってるよね」 「俺は、、」 「知ってるよ。あんなマンションまで、ねーちゃんの為に買って、やってること教授と同じ。で、ねーちゃんに結局振り回されてる。ねーちゃんは鈍感なところがあるから。さ、片付けよう」 「うん。でも腹減らない?」 「俺何か買ってくる。片付けてて」 「うん」 健は茉莉のクローゼットを見てるうちに、服のタイプが全く2通りに分かれているのがわかる。派手なデザイナーズブランドの服、もう一方ではあんまり派手ではない、花柄とかレースのドレスとか、、。2つの世界がコントラストを成している。それらを選り分けている内に、捨てない方が良さそうだと判断する。丁寧に畳むととりあえず、箱に詰める。彼女が捨てて欲しいなら捨てて、とっておきたいのならそうすればいいだろう。健自身は何も言いたくないと思った。 真二が戻ってくる。チキンとポテト、コーラを抱えてくる。 「勝手にコーラにしちゃったけど、よかったのかな」 「いいよ。コーラ好きだし」 2人はそれで簡単に食事を済ませると、夜遅くまで、片付けを続ける。部屋は荷造りした箱でいっぱいになってしまった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」63

マンションへ着くと健と真二は管理人室へ立ち寄る。 「お引っ越しの方で?」 「はい。そうです。明後日位に荷造りにきますから」 「夜までかかると思いますけれど、大丈夫でしょうか」 「そうですね。10時以降は近隣に迷惑なのでやめていただければ。その前位までなら大丈夫ですよ。教授にはくれぐれもよろしくと頼まれていますから」 管理人に挨拶を済ませると2人は茉莉のマンションの部屋の中を見る。家具は残すと教授に言ってある。とにかく彼女の身の回りのものだけ運べればいいのだった。凄いマンションで、確かに豪華だが、中には飾りっけが全くない。綺麗に掃除してあっても、まるで人工的なピカピカの冷たい牢獄に見える。茉莉の空虚感が目に見えるようだった。2人が思いに耽っているところへ電話が鳴る。教授からだった。 「そろそろいる頃だと思って」 「さっき着いたところです」 「いや、その、ブランド物の服とか色々あるかと」 「はい。これは残していきます」 「いや、それらも持っていってくれ。じゃなきゃ、捨てて欲しい。私も辛くて、見たくないから。これでも」 「何です?」 「これでも私は、こんな状況だったけれど、茉莉ちゃんが好きだったから。あんな可愛い娘はいないから。それが私のせいでこんなことになってしまって」 「わかりました。そうします」 「申し訳ない。ホントに」 真二は電話を切る。結局、この教授も姉を愛していたんだなと、少し感慨に耽る。姉が荒れたのはそれに何も教授のせいじゃない。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」62

「これ、教授が姉ちゃんのために借りたマンションの鍵。引越しオッケーだって、どうぞ連れて帰ってくださいって」 「え?」 「ただの人だったよ。後悔の念で苦しんじゃって」 「、、、」 「姉ちゃんとはほとんど関係してないってさ」 「、、、」 「安心した?今そういう顔してた」 「じゃ、あの男は?」 「ああ、彼等はホント半分はボディガードみたい」 「でも1人馴れ馴れしいのがいた気がするけど」 「それもボディガードみたいだけどね」 「そうなんだ」 「安心した?」 「まあね。でもお酒がすごいから」 「その事は教授は知らないみたい。姉の自由にさせてたみたいだから」 「そっか」 「今日これからマンションへ行くから。教授が管理人に電話してくれた」 「何て?」 「管理人には姉は教授の姪っ子だって言ってあるみたい。で、友達ができて引っ越しの手伝いに来るとか何とか」 「なるほど」 「だからこれから行けば色々とわかるでしょ?」 「分かった」 「じゃあ、コーヒー飲んだら行こう」 「オッケー」 喫茶店で2人は一休みすると茉莉のマンションへ向かう。外観から見ると何だかスゴイ建物だった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」61

病院を出ると真二は教授に直接会って事情を話すために大学へ向かう。毅は近所の喫茶店で待っていることにした。教授はといえば、茉莉と付き合い始めてから、彼女が人が変わってしまったようになったのに驚いていて、罪の意識でいっぱいだった。だから、色々と彼女の面倒をみたりしていた。教授は自分が彼女をだめにしたと後悔の念でいっぱいだった。 「じゃあ、別れてくれますか?」 真二の問いかけに、教授はあっさりと承知すると、茉莉のマンションの鍵を真二に渡す。真二はついでに姉の将来のことまで約束させる。教授は何でもするからと、真二の将来のことまで約束する。 「まあ、私は本当にすまないことをした。必ず、償いはするから」 教授はしょんぼりしている。 あっさりと話が終わったので、真二は狐につままれた感じになる。かなり年配の教授はそう悪い人間でもなかった。真二はそれを両親に話す。親たちは最初、どうやって教授を追い払おうか考えていたが、ことが丸く収まったので少し安心する。 真二は健の待っている喫茶店に向かう。 「待った?」 「で、どうだった?」 「まあまあ。あ、コーヒー」 「かしこまりました」 真二は健に鍵を差し出す。

ろまんくらぶ「仮面の天使」60

 茉莉が病室に入ると母親が待っていた。彼女は茉莉を黙って見つめる。 「ごめんなさい、わたし」 「もういいから休みなさい」 「ねえ、私の症状って大変なの?」 「大変って、、」 真二が嘘を吐いたのかと母は思う。看護師が入ってくると検査の日程表と薬を置いていく。続いて真二が入って来ると母親を病室の外へ呼ぶ。 「これから教授に会って、詳しく事情を聞いて来るから」 「お前、そんなことして大学で睨まれないの?」 「いんや。昨日教授に電話したら、話したいことがあるからぜひ来てくれって。いつこっちから連絡があるのか待っていたんだって」 「え?」 「だから行って来るから心配しないでよ」 「分かったわ」 真二は健の待っている車へと向かう。母親は真二の後ろ姿を見送って彼が随分しっかりしてきたと安心する。 それにつけても心配なのは娘の茉莉のことだった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」59

 寝室では茉莉がごそごそと着替える音がして、しばらくすると彼女が出てくる。 「あの、化粧したいんだけど」 「しなくていい。病院着いたらすぐ検査だから。顔だけ洗って」 真二は姉に指示する。 「はい」 意外にも彼女は素直だった。とぼとぼと洗面所へ向かう。何だか大人しい。真二はまるで親のような口をきく。 「今の内に病院へすぐ連れてくから。途中まで一緒に着いてきて。何があるかわからないから」 健にも指示する。 「分かった」 支度をすると健は戸締りをする。日曜日だから仕事のことは考えなくてもよかった。しばらくすると茉莉はまたとぼとぼと洗面所から出てくる。 「あの、お腹空いた」 「まず検査するから。そしたらご飯出るので」 「はい」 茉莉は健を見ない。彼はしょんぼりするが、とにかくそれよりも彼女の容体が心配だった。真二は少しほっとする。姉が暴れないので安心する。健は後ろから2人について行く。真二は車を健に運転させ、後部座席に茉莉と2人で乗る。彼女の体をしっかりとおさえておく。彼女は終始静かで車は無事に病院へ着く。入口で看護師が待っている。 「早くこちらへ」 「ごめんなさい」 看護師に促されて茉莉もやっと事の重大さに気づく。茉莉を病院へ入れると、真二は健のところへ戻ってくる。 「少し待てる?俺これから教授のところへ行くから。できたら一緒に来て欲しい」 「いや、それは、、、車の中か近くの喫茶店で待っているよ。申し訳ない」 健は教授に会うのは少し怖かった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」58

茉莉はくるりと窓へ顔を向ける。 「いいもん、私、もうどうなったって」 「いいの?周りのみんなはすごく苦しむよ?」 言われて彼女は悩み始める。そしてくるりと真二へ顔を向ける。 「よくない」 「でしょ?だから、病院で検査して」 「みんな怒ってるよ」 「怒ってないよ。入院させようと待ってるから」 「入院ってどのくらい?」 「1週間から10日位。検査して、もし何かあったら大学病院へ連れてくって」 「そんなに?」 茉莉は真二の話にびくつく。健は真二の誘い方が上手いと感心する。 「分かった?じゃ、病院行くから服着替えて」 彼女は渋々承知する。 「それからあの人、どっかやって」 彼女は健を指差す。 「どっかってここ彼の家。彼がいなきゃ、ねーちゃん大変なことになってたんだよ。知ってる?」 「そんな大袈裟」 「記憶ないんでしょ」 「うん」 「昨日ね、キレたの覚えてないでしょ」 「え?」 「記憶ないでしょ。だから、で、ねーちゃん奴に電話したんだよ」 「え?電話したって」 「そ。酔っ払って苦し紛れに、奴に電話したんだよ」 真二は真顔で嘘を吐く。 「ねーちゃん、まだ彼を好きなんでしょ?白状したら?」 「、、、」 「いいけど支度して」 真二は行こうとして振り向く。 「言っとくけどおかしな真似しないでよ」 「はい」 寝室と居間の間の扉を閉めると真二は健にも支度するように告げる。それから病院へ電話する。 「うん。今から出るから。30分もすれば着くと思う」

ろまんくらぶ「仮面の天使」57

 茉莉はじーっと天井を見ている。 「ね、アレ何してんの?天井じっと見て」 健は真二に心配そうに疑問を投げかける。 「あー、アレは、状況の把握。ホラ、ココは何処?私はダレ?ってやつ」 2人はじっと彼女を見守る。彼女は天井を見たまま、何かを思い出そうとしているように見える。 「えーっと、あれ?思い出せない。えーっと、えーっと、いいや、起きようっと。アレ?ここどこ?」 彼女は自分が何処にいるのか気づくと、くるりと居間を見る。真二と健はびくびくする。 「あ、いる。おまけに真二まで。何で?」 彼女はぶつぶつ言っている。またくるりと天井に向く。 「えーっと、ここからどうやって、逃げ出そうかな。スーツは、、、えーっとハンガーにかかってる。鞄は居間にある、、、えーっと」 「ちょっとアレ、何してんの、さっきっから、あっち向いたり、こっち向いたり」 「さあ」 茉莉は鞄をどうやってあの2人のところから取るか、まさか荷物を残したままここから帰れないし、と思案していた。真二は彼女に近づく。健は離れて見ている。 「目え覚めた?」 「、、、」 「これから病院連れてくから」 「、、、」 「ホント病気になるから」 「病気って自分で検査してるから大丈夫でっす」 「精密検査した?」 「え?精密検査って?」 「ほっとくと大変なことになるかも」 「え?え」 真二は姉を少し脅かしてみる。とにかくまず病院へ連れて行こうと画策する。

ろまんくらぶ「仮面の天使」56

 健もシャワーをさっと浴びる。 「さてっと、どこで寝よっか」 少し考えると彼は客用布団を出し、音を立てないように、ゆっくりとそれを寝室へ入れ、茉莉の横までくる。とにかく彼女を静かに寝かせようと気を遣う。こうして見ると以前の彼女と変わらない。彼は彼女の寝顔を見ている内に安心すると、ぐっすりと眠る。彼は寝入る前に心の中で、ごめんね、を繰り返していた。 翌日、真二は教授と会う約束を取り付ける。見ると健は茉莉の横で床で寄り添うように眠っている。これで姉ちゃんのことを守ったつもりかしらんと思うと、真二はため息を吐く。 一方、気難しいことで有名な教授は意外にすんなりと面会を承諾する。真二には驚きだった。健は上と下と、隣の住人に遅くに音を立てたことを詫びて回る。真二は姉が起きるのを待つ。11時過ぎに、健と真二は簡単に食事を済ませる。とにかく彼女が興奮しないように注意しながら、病院へ運ばないとならない。茉莉は昼過ぎにやっと目を覚ます。 「あれ?えーっと、私、お酒いっぱい飲んで、それからどうしたっけ?えーっと覚えてないなあ」 健と真二は少しドキドキしてじっと茉莉の様子を見ている。

ろまんくらぶ「仮面の天使」55

茉莉の両親がマンションを出るのを確認すると真二は健に注意する。 「今は何があったのか言ったらダメだよ。それにねーちゃんだって悪いんだから。最初はあんたとその女性が何もなかったのに、よく確認もせずにあんなに疑って、、。だからとにかく一緒になっちゃえばいいんだよ。その内に頃合いを見て俺から両親に話しておくから」  「分かった」 「とにかくさっき言ったこと忘れないでよ。変に遠慮しないでよ」 健は頷く。頷きながらも本当はどうしたらいいのか不安だった。 「で、俺、どこで寝んの?」 「あ、奥にもうひとつ部屋があるから、そこにベッドもある」 「えー、このマンション広いね」 「だって、茉莉と一緒になるためにここ買ったんだし」 「そっかー」 「風呂入る?もう遅いから」 「オッケー。じゃ、風呂借りる」 健はその間に寝室を準備する。茉莉はすやすやと眠っている。明日彼女が暴れなければいいなあと彼は思った。風呂から出てくると真二はゲスト用のパジャマを借りる。サイズは少しゆとりがある位だった。 「じゃ、俺寝る。明日大変だから」 「明日って入院だろ?彼女」 怪訝そうな健。その彼に真二はキッパリと告げる。 「違う。俺、教授に会ってくる、明日」 「会ってくるって?」 「このままじゃ困るし、、、あんたも来る?」 「俺は、、、どうしたらいいのか分からない。相手が会う気なら」 「分かった。おやすみ。あ、ねーちゃん昼まで起きないから大丈夫。俺が先に起きて、あんたを起こしに行くから。8時に起きて教授に面会の約束とるから。で、11時位にはここを出て、病院へ運ぶから」 「分かった。おやすみ」 その夜、茉莉がやっと見つかったからなのか健はほっとしていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」54

茉莉の父は健に近づく。 「とにかく1週間くらい入院させるから」 「わかりました」 「君には随分迷惑をかけたね。もう婚約は解消したんだし、娘を連れて帰ります。これ以上、君には迷惑をかけたくないから」 「やめて下さいよ、そういう言い方、おじさんらしくもない」 「でも」 「俺、彼女の意思を確認してないから何とも言えないけれど、本当はやはり結婚しようと思うから」 「え?でも婚約解消したいって」 「あれは少し気持ちを落ち着かせたかっただけ。自分でしっかり決めたかったから」 「でも娘のこんな状態では」 「俺が悪いんです」 「悪いって君は何も」 真二は今は何も父には告げるなと健に向かって目配せをする。 「もっと彼女を見てればよかった」 健は真二の目線に気づいて話の方向を少し変える。 「それは何も君のせいじゃ」 「でも、俺の婚約者なのに」 「でも君のご両親のこともあるし」 「だからそういうの、もう嫌なんですよ。結婚するのは俺と彼女だからふたりで決めたい」 一方、真二は姉の今の状況を整理するために、明日教授に直談判に行くつもりだった。 茉莉の父は初めて安心する。母はやれやれとどっと疲れが出てくる。真二は何食わぬ顔で口笛を吹いている。 朝ももう5時近くになっていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」53

玄関のチャイムが鳴るので、近所に迷惑にならないように健は静かにドアを開ける。茉莉の両親が迎えに来た。 「娘は?」 「寝ています」 「申し訳ないホントに」 「いえ、それより見てあげて下さい」 両親は音を立てないように寝室に入る。健はお湯を沸かすとお茶を入れる。彼女の母はマンションがグチャグチャになっているので、びっくりすると言葉に詰まる。娘の様子を見て、状態がひどいのでたじろぐ。ただあまりぐずぐずしたくなかったため、手際良く娘の化粧を落とす。化粧の落ちた茉莉の顔は童顔で、子供みたいだった。 「どうなの?」 「今は大丈夫。落ち着いているから」 「そう」 「でもさっきは本当に大変だったよ」 息子の説明に母はオロオロする。 「どんな?」 「俺、ホント、ねえちゃん気が狂ったのかって思った。すごい暴言吐いてたし。何だか恥ずかしくて」 母は大きなため息を吐く。もし見ていたら卒倒していたかも知れなかった。父は真二から大体の説明を聞くと入院させることに決める。数日から一週間様子を見ることにする。 「看護師さん達にはどう説明する?」 「どうしようか。まあ、何とでもなるだろう」 「分かった」 真二と父は何やらぶつぶつと話し合っていた。健はお茶を持って戻ってくる。居間が大変なことになっているけれど、それは諦めるしかなかった。一通り話が済むと真二は健の側に来てさっきの続きを説明する。 「とにかく仕事ばかりじゃなくて、少しはねえちゃんのことかまわないと、誤解も生まれやすくなるよ」 「分かった。気をつける」 「でないと気分が不安定になりやすくなるから」 「オッケー。何だかお前が年上みたいだね」 ふと見ると、彼女の両親が居間を片付けている。こんな夜にふうふう言いながら体を動かしている。 「あ、もういいです。もう休んで下さい。あとは私が片付けますから」 健は両親と真二を休ませる。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」52

「確かにそうだ」 「で、そのスタッフといつも夜遅くまで一緒だったんでしょ?」 「そうだね。9時とか10時とかまで」 「食事はどうしてた?」 「それは茉莉にお弁当を持ってきてもらうこともあったけれど、大概残ってるスタッフと外食してた」 「だよね。だから結構その女性スタッフと一緒。それはその人の態度がおかしければ疑うよね」 「だね。俺も迂闊だった」 「それに健さんモテるでしょう」 「どうなんだろう」 「昔から彼女もいたし」 「かも知れない」 「だから、ねえちゃんは構われていないと感じていたから、もしかして他にも誰かいるんじゃないかと」 「そっか」 「そういうところ単純だと思う。シンプル。だからもっと触れ合いとかないと、不安になるんじゃないかな」 「かも知れないね」 「かも知れないね、じゃなくて、その位気づかないのかなあ。健さんって意外と鈍感なんだね」 「申し訳ない」 「俺に謝らないでよ」 「どうしたらいいのかな」 「そんくらい自分で考えれば?」 「だよね。何だか情けない」 「仕事が忙しいのは結構だけれど、気をつけないと」 「分かった」 健は深く頷く。

ろまんくらぶ「仮面の天使」51

真二は健をジロジロと見る。 「なんだよ、その目は」 健は視線に気づく。 「あんたさ、何で、姉ちゃんがあんなにご飯も喉を通らないほど落ち込んだのか、分かってないんじゃないの?あんなに疑って」 「何なんだよ」 「ねーちゃんが大切なのは分かるけど、人形じゃないんだから。可愛いっぽいのは分かるけど」 「だから、何なんだよ」 「え?分かんないの?ほんとに?俺、あんたそんくらい知ってると思ったよ」 「だから、何なのか言えよ、さっさと」 「ねーちゃん、あんたと、その、キスとかしたかったんじゃないの?」 「え?」 「だから、あんたがねーちゃんとそうしないから、だから余計疑ったんだよ」 「え?」 「間違いないよ。俺、確信した。今、何でねーちゃんがご飯も食べられなくなったのか。悪いけど、あんたねーちゃんのこと、女と思ってなかったんじゃないの?」 「俺は、、、そんな」 「人形くらいにしか見てなかったんじゃないの?」 「別にそんな」 「だから、ねーちゃんが焼いたら、ちょっと嫌んなったとか」 「、、、」 「ほらね」 「違う。確かに彼女が焼いた時、正直がっかりしたよ。根も葉もないことで俺を疑っているようにしか見えなかったし。彼女が疑った相手は俺の目にはただの優秀なスタッフにしか見えなかったから。一体誰のためにこんなに働いているのかも、このマンションを買ったのかも、分かっていないように思えて。こんなにわがままで、仕事のことも全くわからない彼女を」 「煩わしいと思った?」 「そう、だね」 「それは、ねーちゃんのこと、分かってないよ。ねーちゃん、親の苦労もじっと見て育ったから、そんなはずないよ。ねーちゃんはただあんたがキスもろくにしないから愛されてないんじゃないかって、思ったんじゃ」 「、、、」 「んで、タイミングよく、その女が出て来て。。」 真二に指摘されて健は肩を落とす。

ろまんくらぶ「仮面の天使」50

真二は思い出す。以前姉が婚約を解消した時のことを。あの時でさえ、これほど荒れたりはしていなかった。彼は半分面白がって健と茉莉のこのひどい追っかけっこを眺めていた。両親に彼女の状況を連絡すると心配してこちらへ向かうと言い出す。 健は茉莉を捕まえると連れてくる。 「離して!離してよ!やだ。絶対会いたくないって言ったでしょ!」 彼は彼女を寝室まで連れ戻す。彼女は疲れてぐったりしている。 「やだ。やだよ。こんな姿、見られたくない」 彼女は泣きべそをかいている。それから少しずつ落ち着いてくる。真二は茉莉に安定剤を差し出すとコップに水を汲んで持ってくる。彼女はそれを素直に口にする。 マンションを見るとあちらこちらで物が壊れている。かなり乱れた状態になっている。仕方ないと健はため息を吐く。しばらくすると彼女は静かになり、ベッドでうとうとし始める。健はそっと毛布をかけると少しほっとする。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」49

 真二は診療用の鞄を持ってくる。 「お酒、すごいんでしょ。もしかしたらアルコール依存の症状があるかもしれない」 「症状って」 「もし、多少でも中毒になっていたら、禁断症状が出るかもしれないから、覚悟しておいて」 緊張した面持ちで健は説明を聞いている。 「状態を見たくないならあっちへ行ってたら?」 真二はまるで茉莉が泣くところを見られたくなかった時のように、健に書斎の方向を目で指し示す。 「いや、ここにいるよ」 「そう。わかった」 茉莉は眠っている。汗が少しずつ出てくる。 「あまり良くなさそうだ」 「う、、、ん、、、苦しい。水、、、水ちょうだい」 彼女はまるで寒気を感じているかのように鳥肌を立てる。吐き気を感じ青白い顔をしている。 「もしかして吐くかも。ベッドだとまずいでしょ」 「洗面所へ連れて行くよ」 「気付かれるよ」 2人がごちゃごちゃ言っている間も彼女は胃の辺りをさすっている。彼女ははっきりと目を覚ますと苦しそうにもがき始める。健はサングラスを外すと彼女の視線にまともにぶつかる。彼女は目をカッと見開くと明らかに険しい目で健と真二を睨みつける。 「なんでいるのよ!」 2人を罵倒しベッドの上で暴れ始める。 「ばかー、なんでいるのよ!」 興奮した彼女はあちこちに体をぶつける。怪我をすると危ないと真二は鎮静剤を彼女に処方しようとする。 「ちょっとおさえてて」 真二は健に指示する。健は恐る恐る茉莉に近づくと彼女の体をおさえる。彼女は抵抗して激しく動く。真二は鎮静剤を注射する。彼女は気分が少し冷静になってきた代わりに、健に食ってかかり、乱暴な口をきく。 「ばかー!出ていってよ!むかつく!」 健は彼女の乱暴な言葉に驚くと同時にそれがナイフのように刺さってくる。それでも彼は彼女が何を言っても彼女の体を動かさないようにする。彼女は足で彼の足を蹴り始める。彼女はまた興奮してきて泣き喚く。その内に喉が痛くなったのかだんだんと声が小さくなる。抵抗する力も弱くなる。それでも健が少し力を緩めた途端に、彼を蹴飛ばすと居間へ逃げる。居間のガラスの花瓶をひっくり返す。居間は結構めちゃくちゃになる。物を投げると 「ばかー」 を繰り返す。健が触ろうとすると、両手を振り回して、 「触んないで」 を連発する。真二はこんな様子の姉を見たことがなかったので、ねーちゃんスゲーと思った。

ろまんくらぶ「仮面の天使」48

 家へ着くと健は茉莉を車から降ろす。彼女が目覚めないのでそっと車の外へ出すと鍵を閉める。彼女を抱き上げてマンションへ入る。エレベーターでそのまま彼女を運ぶ。 彼女は痩せてかなり軽くなっている。手首が以前よりも細くなっていて、抱えるのに苦労はなかった。彼は彼女の体が弱ってきていることを意識すると、一刻の猶予もないと感じる。下手をすると彼女は心身共に崩壊してしまうかもしれないという考えが彼の頭の中にチラつく。彼は彼女をベッドに寝かせると急いで下へ戻り、車を車庫に入れる。 急いでまた家まで戻ると、自分の弟と茉莉の弟の真二へ連絡する。彼女はずっと眠っている。真二は急いでやってくる。健は茉莉のジャケットを脱がせると、布団をかける。彼女は首のところも痩せている。健は自分自身に向かって腹を立てる。彼女を今はとにかく起こさないように気を付ける。青白い顔に、その真っ赤な口紅は痛々しくて本当は拭い去りたかった。以前、レストランで彼女がフランスへ出かける前にしていた、あの赤い口紅と、とても同じ色とも思えない。あの時の彼女は、うっすらとパウダーをはたき、肌はその下でピンク色に上気していて、そこへ赤い唇が柔らかな薔薇の花びらのように咲いていた。今は、、、まるで、亡霊の顔に赤い毒々しい花びらが張り付いているように見える。 茉莉は額に汗をかいている。健は真二をじっと待つ。30分ほどするとエレベーターが動く音が聞こえた気がした。玄関のベルが鳴る。健は急いでドアを開ける。

ろまんくらぶ「仮面の天使」47

茉莉はだるそうに助手席に乗り込む。シートベルトをするのも面倒くさそうで、以前の彼女とはまるで人が変わってしまったようだった。健は両方のドアをしっかりとロックする。 「あのシートベルトを」 「いーよお、どーせいつか死ぬンだし」 「でも」 「うるさいなあ、バーカ」 さっきからの茉莉の言葉使いに健はかなりショックを受けていた。彼女は渋々シートベルトをしめる。彼はやっと車を出すと、ここから一刻も早く離れようとする。とにかく彼女をこの状況から引き摺り出さないと、彼女は確実に堕ちていく。 彼はしかし、その教授の借りた家へ行くわけにはいかない。彼女の家へは今は入れない。 「でも、おかしいなあ、、、教授、出張じゃなかったっけ?」 言われて健はぎくりとする。 「だから、急に倒れられて」 例の教授に対して敬語を使ったのを健は苦々しく思う。 「そーう?」 それから茉莉はふっつりと口をきかなくなる。健はほっとする。その内に見ると彼女は横で眠っている。睡眠不足なのか、遊びのせいなのか、あんなに綺麗だった肌も荒れて、厚化粧が彼女の傷口を隠すように、マスクのように彼女の顔を覆っている。 とにかく彼は今の内に、とりあえず、自分の家へ彼女を運ぼうと考える。とにかく彼女が目を覚さない内に、、。

ろまんくらぶ「仮面の天使」46

ええい、ままよ、と健は意を決する。 茉莉の当たりはきつかった。 「えー、なんで?彼、こんな場所、知らないハズだよ。どーして、あんた知ってんの?」 そんな彼女の言い草に心を痛めながら彼はまた出まかせを告げる。 「教授は全て知ってるから、だから迎えに行ってくれって」 そう言った後、彼は苦々しさを感じる。 「えー?そうなの?えーと、えーと、じゃあ、車出してもらうから。ちょっと待っててよ。店の中に運転手いるから」 「いや、彼等には言ってある。それに私は、車で来ているから」 「そうなの?」 茉莉はふらふらしている。とにかく健は嘘を吐き通す。下手に彼女に騒がれたら全てがおじゃんだ。 「うーんと、じゃあ、コート取ってくるから」 彼はコートを差し出す。 「えーと、じゃ、行く?」 彼女は足取りもおぼつかず、ビルの外へ出て行く。通行人がぶつくさ言いながら絡んでくる。健はふらついている茉莉の腕を捕まえると、自分の車の場所へ引っ張っていく。彼女はふと彼をじっと見る。 「アレ?ホント、あんた似てるよー」 彼女は呂律が回っていない。彼はぎくりとするとわざと少し声を変える。 「それは、ないですよ。今日初めてあなたに会いましたから」 わざとらしい他人行儀な演技。今気付かれたら彼女が騒ぎ出して逃げると思ったので、とにかく彼女を車に乗せようと警戒する。茉莉はじーっと彼を見る。 「そーお?あの」 「とにかく急がないと教授が」 「そうだねー」 投げやりな茉莉の言葉が健の心臓にグサリと突き刺さる。とにかく彼女をここから遠ざけようと努める。

ろまんくらぶ「仮面の天使」45

噂がほとんど現実とは違うかもしれないことに健はほっとする。ほっとすると同時に自分に向かって「バカ」を連発する。 茉莉はトイレに向かうと、気持ち悪くなっくる。お酒の飲み過ぎで悪酔いしていた。しばらくすると気分が回復してくる。前よりもお酒に強くなっている。とにかく、以前の自分は死んだんだと、時々戻ってくる昔の姿や心情を自分自身で踏みつけようとする。そうしながら自分自身を馬鹿にする。気分が少し回復するとまた店に戻ろうとする。健が化粧室の入り口で立ち塞がる。 あれ、このひと、えっと、とお酒で朦朧としているので茉莉はうまく認識できない。えーっと、えーっとと頭の中でぐるぐる考える。相手はサングラスをかけているし、真っ黒の服で少し気味悪い。酔っているのと健の変装のせいで、茉莉は彼の顔がよくわからない。にしてもえーっと、このひとは何で入り口を塞いでいるんだろう、と考えがまとまらない。茉莉には世界が歪んで見えている。健は茉莉がこちらの姿もわからなくなる程、お酒を飲んでいるのがわかる。彼女はぼんやりと彼を見ながら、トイレの奥の洗面台と壁のところを背にしてもたれている。えーっと、、、わたし、そうだ、戻らなくちゃと茉莉は意識をしっかりしようと努める。昔の彼女ならまず着たりすることのなかった赤いミニのスーツに体を包まれている。高めのピンヒールのパンプスをはいてふらふらしている。彼女は明らかに以前よりも痩せていた。 その内に他の客が化粧室に入ってくる。健はどかざるをえない。何だか気分が悪そうな様子の一群だった。健は茉莉の状態を理解する。彼女は下手するといつもこんなに泥酔しているのだろうか。まさかそこまできていないことを彼は祈る。彼女はよろよろと出口に向かう。彼は彼女の腕を掴む。掴みながら、彼女が弱々しくて、痩せて体に力が入らないのが分かってしまう。 「え?なにあんた誰?」 健は嘘を吐く。咄嗟に出まかせを思いつく。 「あの、教授が急用で、実は倒れてしまって」 言ってからどうしようかと彼はびくびくする。

ろまんくらぶ「仮面の天使」44

見ていると茉莉は立ち上がろうとする。彼女の体に触れていた男が、彼女の手を引っ張ると、彼女はその男に軽くキスをする。 健は少しイライラしてくる。彼女は平気そうだ。ふらふらと立ち上がると、化粧室へ向かう。健も立ち上がると男達を眺める。彼等は酒を多く飲んでいるのか、何にも注意を払っていない。さっきの男ももう茉莉を見ていない。健は彼女をつけていると思われないように、何気なく、少し距離を取って彼女の後ろを行く。サングラスとは便利なもので、人を見ないフリをしながら観察することができる。彼はとにかく、もう一刻もこの場所へ茉莉を置いておくわけにはいかないと苦々しい思いを抱く。彼女が喚こうがどうしようが、とにかく引きずり出すしかなかった。ただ、店の人間と騒ぎになることは避けたかった。黒服の中に危なそうな人物もちらほら見受けられた。 眺めていると彼女は、フロントで会員証を見せると、店の外へ出る。他のクラブと共用になっている化粧室へ向かう。彼は後をつける。彼はクラブの会員ではないため店の人間は帰るのかと感じる。 「ありがとうございました。またどうぞ〜」 と愛想よく挨拶をする。健を何か特別な人物とでも勘違いしたのか次回来店時に使える割引券を渡す。健は少し笑顔を見せながら、それとなく店員に話しかける。 「今出て行った彼女、結構いい線いってるよね」 「あ、今の人ですか?あの人、たまに来ますよ。いつも取り巻きがいて」 「誘えそうかなあ」 「う〜ん、いや、そんな簡単には。多分。何かいつもお金持ってて、ここだけの話、あそこのあの男達いるでしょ?」 店員は退屈だったのか割とペラペラとおしゃべりを続ける。 「ああ、あの人達?」 「そう、あそこの、あいつら。なんか半分ボディーガードがわりだって噂」 「は!?ボディガード?」 「そう。で、その内のひとりとは関係があるって噂あるけど、残りはゲイだって」 「あ、そう。そうなんだ」 やっぱりね、と健は安堵する。じゃあ、茉莉が複数の男性と関係を持っているというのは、ありゃ半分はデマかと思う。 「でさ、俺、ちょっと興味あってさ。実はテレビやってて、彼女にドラマにでも出てもらおうかと」 「え〜っと、そういうことなら声かけてみたら?今、トイレ行ったと思いますよ」 「そう?で、ちょっとさ、あの男性達には、彼女が気が変わって帰ったとかなんとか言っといてくんない?」 健は少しチ...

ろまんくらぶ「仮面の天使」43

茉莉をやっとそのうちの1軒で見つける。そこは確かいろんな噂が裏では出ているところだった。気をつけないといけない場所だったため、健はとにかくごく普通の客を装う。クラブには最近行っていなかったが、それらしく見えるような格好をする。顔を晒したくはなかったので、あまり凝ったデザインではないサングラスをかけ、革のジャケットを着込み、なんとなくちょっとマスコミ関係者に見えるようにしてみる。店側は健をひと目見てすんなりと中へ入れる。健は目をつけられなように如才なく振る舞う。 彼はそこで確かに見つけた茉莉の様子が、あまりに以前と変わってしまっているので彼女を凝視する。顔は相変わらず童顔だが、化粧がキツくなり、派手なスーツを身につけている。髪はバッサリと切ってあり、肩よりも少し出るくらいの長さで、守が言っていたようにちょっと目には最初は茉莉とはわからなかった。おまけに確かに噂通り、男数人と一緒にいる。どうやら取り巻きらしい。彼女に気づかれないように健は様子を伺う。彼女は確かに深酒しているようで、ぼんやりしている。でも周囲にいる男性達をよく見ると、ほとんどの男性が茉莉よりも男達に興味を示しているのに気づく。彼等の服装は男っぽいというよりも華やかだ。その内のひとりが健の視線に気づき、よりにもよって健にウィンクする。茉莉は健に全く気づかない。よく見ると1人の男性が彼女の体に触れたりしているが、酒に酔っているせいなのか、彼女はそれには全く構っていない。 そのひとりを除いて、他の男性達はゲイなのではないかと健は悟り、少しほっとする。ただ、茉莉のその様子から、彼女がいわばちょっとキレたのがわかる。あんなにおとなしかった彼女は、まるでどこかへ行ってしまって、以前の雰囲気がどこにもないように見える。彼女のその荒れ方を見ると、全ては自身が引き起こしたことだと健は思い至る。

ろまんくらぶ「仮面の天使」42

真二は茉莉の同級生達とも顔見知りだったので、なんらかの話を聞くことができた。彼は彼等から聞いたクラブの名前をひとつひとつメモする。とにかく細部を聞き漏らさないように注意する。どうもその内の2〜3軒に茉莉は頻繁に出入りしているらしかった。それとどうもほとんど毎晩のようにクラブ通いをしているようだった。真二は疑問に思う。それじゃあ、いったいいつ、その教授と過ごしているんだろうか。彼は大きなため息を吐く。 健は真二から聞いたクラブのいくつかは知っていた。20代の頃はたまに出入りしていた。2〜3軒の内にどうも結構名前の通った悪名高いクラブが混じっていて不安な感じがする。 一方、健の弟の守は、最近できた彼女とクラブへ行くこともあった。偶然、行ったクラブで茉莉を見かける。初めは彼女とは気づかなかった。化粧は異様に濃いし、服装がまるで彼女らしくなかった。彼女はどうも、お酒を多量に飲んでいるらしかった。守はそれを見ると驚いて健に連絡する。でも健が店に来る頃には、彼女はもういなかった。守は見たことをとにかく話す。流石に心配になってくる。健、真二、守は協力して、とにかく茉莉を見かけたら、連絡を取り合うことにする。 茉莉が頻繁に出入りしているという3軒のクラブの内、2軒には守も真二もあまり近づきたくなかった。残りの1軒には何回か行ってみるが茉莉は見つからなかった。健は茉莉が出入りしている店をひとつひとつしらみつぶしに調べてみたが、彼女は捕まらない。仕方がないので、避けていた残りの2軒へ出向く。彼女をそこで見たくはなかった。彼女をそこで見かけなければいいと逃げていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」41

「俺は、、、俺は」 「ねえちゃんと連絡とってんのかよ」 「彼女は電話に出ない。週に何回もかけてるけど」 「バカヤロー。どうにかしてくれよ。俺、俺あんなねえちゃん見てらんないよ」 たまりかねた真二は酔った勢いで健に殴りかかる。健は茉莉の父親に殴られているつもりで、黙ってそうされている。真二は健が抵抗しないので、殴るのをやめる。健は床に座り込む。真二も床にぐったりする。またビールを飲む。健は唇を軽く切ったのか少し血が出ている。 「で、どうすんだよ。で?俺、このままじゃ何するかわからないよ?あんたも、その女も、俺のねえちゃん酷い目にあわせて」 健は真二の目を真っ直ぐに見る。 「俺、彼女と、、、婚約解消したけど、別れる気はないから、、。電話じゃ埒あかないんで、会いたいんだ」 「ねえちゃんの今住んでるとこ知ってんの?」 「いや、住所は全く知らない。教えてくれない」 真二はため息を吐く。流石に姉の居所は知っていた。 「恵比寿のマンションだよ。それも結構広い」 「そんな高いとこ?」 「だろ?そこ管理費だけでも相当するらしいから」 「そんな、彼女どうやって」 「たぶん、その例の教授が払ってるんじゃないかと」 「、、、」 「これ、結構面倒くさいよ。多分、この恵比寿のここ、俺は入りにくいよ」 「じゃ、どうしたら」 「、、、」 「あのさ、彼女どっか出入りしているとことか、ないの?」 「多分、噂じゃ、クラブとか出入りしているって、結構派手な、、。かなり、メチャクチャやってるって、、。俺、実をいうと知りたくない、何も」 「そのクラブの名前だけでもわかんないかな」 「調べてみるよ。噂は出てるから色々と。たぶん、一緒に行った友達とかいるらしいし」 「頼むよ。俺、捕まえるから」 「できんの?あんたに」 「俺、今回は別れる気はないよ」 「婚約解消したのに?」 「それは俺の親とか彼女の親とか、もうこれ以上介入させたくなかっただけだから。わかる?」 「うん、それはなんとなく」 「だから、どうしても調べてくれ」 「わかった。じゃ、必ずねえちゃんを捕まえるって約束してくれ」 「必ず」 「よし、約束だよ」

ろまんくらぶ「仮面の天使」40

「でもどうして誤解だってわかったのかな。姉ちゃんが正しいって」 「偶然その女の昔の男、っていうか、そいつが出てきて、俺にバレた。わざと茉莉に嫌がらせやってたって」 「何ソレ」 「つまり、俺と、その、ただ単にその女は金のために結婚したかったんで、茉莉が邪魔で、つまり」 「えー!?2人して、じゃあ、はめられたってわけ?えー!?なんで?」 「うるさいなあ、そんなに、怒鳴るなよ」 「えー!トロすぎるよ。ねーちゃん、また!?」 「俺も気づかなかった」 「えー!?あんたまで?うっそー、信じられない!ゲー」 真二はビールを飲んで、つまみを食べながら、スタジオで喚く。防音だから幸い外には聞こえない。 「ばっかじゃねーのお!?あんた達、一体いくつ!?」 健はいたたまれなくなる。 「で、ねえちゃんはぐれてるわけ?やっぱ、ちょっとおばかだ」 「やめてくれよ喚くのは」 健は頭をかく。 「俺は怒ってんの。ねえちゃんホントおバカだから。ちくしょう」 もう一本ビールの栓を開けると真二は一気飲みする。健は真二がいつになく激しく興奮するので呆気にとられる。 「で、あんたも何してんの?ねえちゃんとどうすんだよ、こんなことになって。どうしてくれるんだよ、ねえちゃんおかしくなっちゃったよ」 真二はじとっと健と睨む。

ろまんくらぶ「仮面の天使」39

真二は健と連絡を取るとスタジオに向かう。健はスタジオでの仕事を片付けると、ビールと食べるものを買ってくる。真二と話す必要があった。しばらくすると茉莉の弟がやってくるので食べ物をレンジで温める。テーブルに着くなり真二は話し始める。 「俺、ねーちゃんがおかしくなったって聞いたから大学で」 「ご両親は知ってる?」 「このことは知らない。とても言えない。言える内容じゃない」 「噂って?」 「ねーちゃん、大学の教授と付き合ってるって。それだけじゃなくて、今じゃ、他にも数人おかしな取り巻きがいるとか、それに」 「それに?」 「それに、なんだか酒の量がハンパないって」 「そんなに」 「そう。なんだか荒れてるって」 真二は少し黙ってから改めて口を開く。 「でさ、いったい何があったのさ、あんたとねえちゃんの間で」 「それは、今は言えない。言いたくない」 「そう。でも」 「俺が悪いんだ。俺が」 「あんたがどうして?」 「俺のせいだ。俺の」 「言ってくんなきゃ、俺、何もできないよ」 「秘密にしてくれるか?親達には」 「約束するよ」 「最初は単なる行き違いだった。でも」 「、、、」 「覚えてる?彼女が食欲がなかった時のこと」 「なんとなく覚えてるよ」 「彼女、何も言ってなかった?」 「特に何も」 「そう、、。あの時、俺に他の女がしつこくちょっかい出してきてて、、。俺は気づかなかったし、そんな気全くなかったのに、茉莉が、、。君の姉さんがどうも、その女に嫌がらせされていたらしくて、、。俺、全然知らなくて、、。で、茉莉はすごい焼きもちをやいて。少なくとも、俺の目にはそう映ったから」 「で、疲れた?」 「ちょっとね。だって、俺には、その、、、俺にちょっかい出してきてる女ってのは、俺にとって単なるスタッフだったし、なんで、茉莉がそこまで焼いて食事もしなくなるのか全くわかってなかった」 「で、煩わしくなった」 「ちょっとね。俺、ホントその女のこと分かってなかったから。で、それ以来少しずつ行き違いが酷くなっていって」 健の話に真二は理解を示す。 「いいよ。俺そういうの経験あるもん。そういうので一回別れたことあるし。勉強になんなかったから。他の女子学生とかと、論文の話してても、割り込んでくるし」 「でも、全部、誤解だったんだ」 健は深いため息を吐く。

ろまんくらぶ「仮面の天使」38

健は次の日、朝早くマンションへ戻ると、シャワーを浴びて着替えを済ませ、すぐスタジオへ向かう。途中ファストフード店で軽食をとり、とにかく今やっている仕事をしないといけないとスタジオへ閉じこもる。それにとにかく茉莉と話をしないとならない。茉莉のスマホへ、ほとんど週に2〜3回は連絡する。彼女はいつも不在で、すぐに留守電になるからメッセージを吹き込むしかない。彼女から返事が来ることはなく全く応じる気配もない。 茉莉は婚約を解消した時を境に荒れまくる。あまり飲めないお酒を潰れるまで週末に飲むようになる。付き合い始めた教授以外の男性とも関係を結ぼうとする。その内に安定剤が必要になり気分が定まらなくなる。どうせあの茉莉はもういないと、自分で過去の自己像を壊すように、いくところまでいってやれとメチャクチャやり出す。 彼は何遍も彼女に電話するが、相変わらず留守電になっている。たまにどうやら間違って電話に出掛かって、健と分かるとすぐに切る。彼は何か言うことも出来ない。 姉の噂が流れ始めて、弟の真二は狼狽える。真二の立場に今のところ影響はなかったが、流石に恥ずかしくなってくる。他の教授は彼女と付き合っている教授を揶揄して 「井上君にも困ったもんだね。君のお姉さんに手を出して」 とか 「君はお姉さんと違って大人しいねえ」 などと言われたりする。 真二はとにかく姉が心配になってくる。なんでこんなことになったのか、一体健との間に何があって、いつからあの2人の関係がおかしくなったのか、見当もつかない。真二は、あの大人しい姉が大学で噂になる程の悪女に豹変したのを知る。彼はその内に、他の学生から、 「お前の姉ちゃん、結構ヤバいことしてるってさ」 と聞かされる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」37

健はいつの間にか、相手の父親のそういう気持ちが分かるようになってきていたので、見ているのがつらかった。でもこれ以上2人の関係に親を介入させたくはなかった。 「私が娘をおっとりと育て過ぎたから、多分」 茉莉の母も自身を責める。 健の母はお酒と食事を運んでくる。 「飲みましょう、今夜は」 「うん、、」 「そうだね」 健の父は立ち上がると息子を手招きする。書斎に2人で閉じこもる。父は今の話に全く納得していない。 「お前、何か隠してないか今回」 「隠してるよ、いっぱい。でも話す気ないよ今は」 「そうか」 「これは、俺と茉莉の問題だから。もう、親にあれこれ言われたくない。親父には悪いし、あっちには悪いけど。母さんにも、彼女の母親にも、ホント悪いけど」 「お前、婚約は、解消するんだな?」 「ああ。俺は全部一旦ゼロにしたい」 「彼女のこと、、」 「俺、彼女への気持ちがなくなったわけじゃない。でも、とにかく、今以降、あまりこの問題に周りが関わって欲しくない」 「わかった」 健の父は了承する。 2人が書斎から出てくると他の家族は既に酔っている。その晩は、みんなぐったりするまで飲み続ける。

ろまんくらぶ「仮面の天使」36

健と茉莉の兄弟は話には加わらないことにする。余計なことを言えばただややこしくなるだけだった。健は自身の父に呼び出される。健は婚約を解消したことをとりあえず告げる。茉莉の父は 「娘がとんでもないことをした」 と泣いて詫びる。健は 「そうじゃないんです」 とまだ説明できる状況ではないためそれだけ言う。 「2人とも気持ちが離れてしまって」 とさしさわりのない嘘を吐く。 茉莉の父は詳しい説明を求めてくる。 「いつ頃から」 「えっと半年以上も前からで」 「どうして、何も言ってくれなかったんだ」 「その、、、彼女に、親が心配するから黙っていてくれって言われて」 健の父は黙っている。 「それで、俺も周りに迷惑かけたくなかったから」 健は付け加える。 2組の両親はいつの間にか健と茉莉の世界から、自分達が外されたのを知る。それは相手から疎外されたというより、茉莉と健が大人になったということだった。 「で、お前婚約解消したいのか」 健の父は尋ねる。 「もし彼女がそうしたいのなから、俺もその方がいいと思う」 茉莉の父は沈黙している。これで娘は2度も婚約破棄、、。どうして、育て方が悪かったのかと自身を責め始める。