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ろまんくらぶ「仮面の天使」35

茉莉の実家では週末はまるでお通夜のようになっていた。彼女の弟の真二は事情を両親から詳しく聞く。姉のその話は、大学ではまだ噂にもなっていなかった。専攻も学年も違うので、姉が引っ越して以来、たまに廊下や学食ですれ違いうくらいで、真二は姉の化粧が少し濃くなったことと、髪を切ったことくらいしか知らなかった。茉莉はだいいち真二に悟られないように、極力普通に接していた。 「気づかなかったのか?」 父の問いかけに真二は首を縦にふる。 「うん。特に、髪を切ったことくらいしか」 「それ、いつ頃?」 「えっと、、、半年前くらいかな、たぶん」 「何で、それ言わなかった?」 「だって、別にたいしたことじゃないと思ったし、別に綺麗になって、それでいいかなって。俺には優しいし、、。大体、俺、姉ちゃんの見張りじゃないから。もう、いい加減にほっといたら?」 「何だ、お前まで」 「悪いけど、怒るんなら、俺もう話したくない」 父は少し引く。 「分かった。言いたいことがあるなら言ってくれ」 「だから、そうやって2人があんまり介入するから、姉ちゃん息苦しいんじゃないかって」 母はそれに同意する。 「多分そうかもね」 父は少し反論する。 「でも、でもそうだとしても、あの20万円もの料理は?」 「え!?ええ!20万円!?」 真二は流石に絶句する。ただごとじゃない。 「それに健くんと別れたって言っていた」 「えー!?まじ?」 「お前、何も知らなかったのか」 「俺、おれ」 「母さんもお前ものんびりしてるし、、。それと、その、大学教授と、その、何だ、付き合ってるって」 3人はさすがにどっと落ち込む。 「じゃ、そのお金、、、もしかして」 父は下を向くと涙ぐむ。絶対涙を見せることのなかった父の顔、、。真二は沈黙する。母は黙って沈んでいる。 「とにかく、こんなことになって、、、健くんのご両親にも連絡しないと」 ことがここに至って表沙汰になったので、2つの家族は集まる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」34

茉莉は毅然としていたが心の中で泣いていた。両親にはすまないと思っていたものの、もうあのかつての彼女はどこにもいないと自分で以前の自己像を振り払おうとしていた。 レストランに残された両親は唖然とする。彼等はおぼつかない足取りで店を出るとそのまま帰宅する。あまりに突然のことで何が何だかわからなかった。 今度は健が仕事中で家にはいない時間を見計らって、彼の家の電話の留守電にメッセージを残す。 「あ、私。両親には言ったから。じゃあ、バイバイ」 電話を切ると彼女は床に泣き崩れる。 これで、これであの私はもう死んだんだ。 そう思いながら、以前の茉莉が今の彼女の背後から覆い被さってくる。 「違うよ、、。私、まだ、いるよ、、」 そんなふうに彼女に言っているような気がした。

ろまんくらぶ「仮面の天使」33

 両親は、茉莉が大学の学業で忙しいとかで、電話ではしょっちゅう話してはいたものの、会うことがなかった。彼女の豹変ぶりに父と母はどうしたのかとオロオロし始める。そんな両親をよそに茉莉はとんでもなく高いコース料理を注文し始める。 これが、両親との最後の晩餐だから、と彼女は思っていた。 彼女は両親が女々しく大騒ぎするのがわかっていたので、これ以降会う気もなかった。彼女はうんざりしていた。健にも両親にも。幸せそうな人々。彼女は、 「私はもうそっち側の人間じゃない」 と勝手に決めていた。そう思いながら彼女はなかば両親を馬鹿にしたような態度を取り始める。 「私はいい子ちゃんじゃない」 父は娘のあまりの変貌ぶりに声が出てこなくなる。娘の姿をただ黙って凝視する。母はオロオロするだけだった。そんな彼等を茉莉は鼻先で笑う。笑いながら心の中では泣いていた。 食事が終わると彼女はタバコをふかし始め、トドメを刺す。 「私さ、大学のセンセと付き合ってるからさ」 まるではすっぱ女のような口をきき始める。 「でさ、あいつと、健と別れたからさ」 娘の突然の言葉に父は更なるショックを受ける。 「どうして、そんな、そんな何をいったい言い出すんだ」 「いいでしょ。 ば〜か」 父の頭に血が昇ってくる。 「何だその口のきき方は」 「だから、ば〜かっつってんの。ほっといてよもう」 父の両手は震えてくる。 「親に、親に向かって」 母は驚いて今にも椅子から転げ落ちそうな感じで怯えている。 「ちょっと前まで、あんなに可愛らしかったこの子が、いったいどうしちゃったの?」 彼女は混乱を隠せずに目をキョロキョロさせる。 父は今にも娘を殴りそうになる。それに気づいた母は必死で父を押さえる。両親のそんな様子をチラッと見ると茉莉は突然立ち上がる。 「じゃ、さよなら、チャオ!」 冷たい一瞥を投げるとそのままさっさと行ってしまう。レシートを手に取ると20万円近い食事代を払い、一度も振り向くことなく店を出て行く。

ろまんくらぶ「仮面の天使」32

引っ越したと連絡のあった日を境に、茉莉は全く連絡をしてこなくなった。健は、スタジオから恐る恐る連絡してみるが、家族は不在なのか誰も電話に出ない。考えると、彼は今となっては彼女の実家の電話しか知らない。彼女は彼に新しい住所も新しいスマホの番号も教えなかった。彼女の実家の留守電にメッセージを残しておいたが、健が仕事中で忙しい時間に、折り返し連絡があって、 「会いたくもないし、電話もしてこないで」 とかなりきっぱりとしたメッセージが彼の留守電サービスに残っていた。彼はそれを当然だと考え一旦は引き下がる。とにかく今回はどうしようもなくこじれそうだと予感する。とにかく会って直接説明しようと、健はまず茉莉に会う手段を模索する。 その週末に、茉莉は両親を呼び出す。彼女は店を決めて彼等を食事に招待する。2人は彼女に呼ばれていそいそと出かけて行ったが、彼女の姿を一目見て仰天する。2人は彼女が何故そんなに変わってしまったのか理由を必死で探ろうとする。髪が短くなっていただけではなく、以前のふわふわとしたレースの飾りのついたワンピースではなく、まるで父親の若い頃のようなイタリアブランドのスーツに身を包んでいた。それだけではなく化粧は相当キツく濃くなっていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」31

「でもお、この人文無し。私、一生養うの?こんなの」 「う〜んと、彼さえ良ければ仕事紹介するから」 言われて修二は急に表情が明るくなる。 「で、2度としないでよ、こんなこと。約束できる?」 「俺、約束する。絶対彼女にもうこんなことさせないから」 「で?君は?」 健の真剣な問いかけに渋々ながらも亜紀も約束する。 「わかったわ」 2人に有無を言わせないように健は2人をすぐ役所に連れて行き、入籍させる。修二は喜んで舞い上がっているが、亜紀はブツクサ言っている。健は亜紀には今まで通り仕事を続けてもらうことにした。ただ必要以上に遅く残らないようにさせた。修二にはシナリオ制作を依頼する。他にも声をかけてシナリオの関係者に紹介すると修二の収入の安定につなげる。 亜紀は、その日のごくごく遅くになって本心から本当に謝罪する。詫びられながらも健は相手をそれ以上責められないと感じている。健はただ単に茉莉への自分の愛情が不十分だったと痛感する。 皆が退社し、健は会社に1人残る。茉莉に対し、誤解していたことをすまないと思う。彼女にすぐに謝罪して、、。でもただ彼女はこの頃本当に全く連絡してこなくなった。その消息さえ、彼女が自宅を出た以上、よくわからなくなっていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」30

あの時、健は、茉莉が子供っぽくて嫉妬深くて仕事の邪魔になると、一方的に婚約を取り消したいと告げた。対して彼女は何も言わず、ただ黙ってしばらくひとりにしてくれとだけ告げると、居間で泣いていた。そのことを思うと、彼は彼女がそんなに子供ではないのはわかってきてはいた。未だにどちらの両親も何も知らないらしい。あの時、彼女は必死に気持ちを抑えていたのがわかる。見かけは子供っぽいが下手すると彼よりも実際は大人なのではないか。 「で?私どうなるの?」 亜紀の言葉に健は我に帰る。 「君は、この男のこと好きなのか?」 「え?え?私、、」 亜紀は修二をちらっと見る。男は下を向いている。 「私、私は、、。まあ、こいつだけだから、こんな悪い私にずっと付き合ってくれているのは。そりゃ、ちょっとは」 「じゃあ、君さ、俺の言う条件に同意してくれたら今後のこと考えてみるよ」 「条件ったって」 「じゃなきゃ、俺、詐欺で訴えちゃおうかな」 「そんな、大袈裟な」 「大袈裟じゃないよ。俺、茉莉とは正式に婚約していたから」 修二はビクッとなる。 「で、条件って?」 「君がこいつとすぐ結婚すること」 「えー!?こいつと?」 「そうしたら、俺は君の仕事、今のままにしておくよ。それとこういう事は2度とやらないこと。じゃなきゃ」 健は少し脅かすような声音になる。修二は顔色が悪くなる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」29

健の言葉に亜紀は一言も何も言えなかった。 「で?君はどうしたいの?君たちは」 「、、、」 亜紀は修二をじろりと睨む。 「ま、そこに座ってよ、2人とも」 「、、、」 「俺と茉莉は馬鹿だって?」 「、、、」 亜紀はまた修二を睨む。 「コーヒーでも飲む?」 スタジオの隅にあるドリンクコーナーで健は3人分のコーヒーをいれる。 「俺としては話を聞いてから処分を決めるよ。話さなければわかるでしょ、どうなるか。こういうことは仕事の邪魔になるから」 「バレてんなら話すわよ」 一旦こうなると亜紀はまたペラペラと話し出す。いい条件で結婚したかったし、健の持っている将来性のありそうな、ネットテレビの世界で、それなりの地位が欲しかったし、おまけに家もある。だから茉莉を適当に追い払うために挑発したり小細工したり、、、思惑通り、健は茉莉を嫉妬深い女として、子供扱いして遠ざけた。茉莉みたいな箱入り娘はたいしたことはないと亜紀は臆面もなく言い放つ。 聞いていた健は呆れて、こんな女をこの修二とかいう男は愛しているのかとため息を吐く。修二はちょっと恥ずかしいのか下を向いている。 「で?」 亜紀もため息を吐く。 「だから、あんたと関係した朝も、ちゃんとあの茉莉にわかるようにしたのよ。彼女が来てこっち見るまでベランダにいたよ。私、あんたの電話、盗み聞きして、彼女が来るってわかってたから。彼女はだから知ってる。あんたと私が寝たんじゃないかって」 茉莉が一言もそんなことは言わなかったのを健は思い出す。彼女がかすかに震えていたことも。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」28

「俺?俺は今ドラマってーか演技やってるけど、あとはバイトかなあ」 健は修二をそんなに嫌なやつではないと感じる。 「ちょっとさ、俺と来てくんない?」 「あ、でも俺、もしあんたと会ってこんな話してたこと亜紀にバレるとめっちゃやばいから」 「いいから。そうならない方法があるから」 健は修二をスタジオへ案内する。 「君さ、ドラマとか書ける?」 「俺?あ、まあ、基礎は習得してあるから少しなら」 「今どのくらい反響あるのかな。というか人気ある?」 「う〜んとまあぼちぼちかな。アングラだから。若い奴には結構気に入られているけど生々しくっていいって」 話を聞いて健は考え込む。 亜紀は健と修二が一緒にスタジオに入ってきたので仰天する。健は彼女に向かって冷たく強い口調で言い放つ。 「バレてるよ、全部」

ろまんくらぶ「仮面の天使」27

 修二は話を続ける。 「亜紀ってさ、そういう手管が上手いから。だいたいやつってちょっとボーイッシュで、さっぱりしてそうだから、俺も含めて男ってやつはすぐ彼女のこと信じてさ。だから大抵の彼氏って自分の付き合っている彼女のことやきもち焼きって勘違いする。実際には、亜紀が割り込んできて男取っちゃうんだけどね。でさ、割り込まれた女は大抵泣き寝入りでひどい目にあうんだよ」 「なんでそこまですんの?」 「ま、亜紀はすんげーエゴイストだから。そうやって彼氏乗り換えながら利用してのしあがってきたから」 健はそこでツッコミを入れる。 「で?君は?」 修二は知らず知らずの内に表情がちょっと真剣になる。 「俺は、、、俺は単なるチンピラ。だけど、その俺だけだよ、ずっと、その」 彼は少し頬を紅潮させる。 「その、、、ずっと愛してるからさ、俺は。何があってもやつがどんなにひどい人間でも、、、俺は側にいるから」 それを聞いて健は急に自分がこの目の前の男よりも下になった気がする。一見チンピラ風の修二は健よりもよっぽど女性の愛し方を知っているようだった。健は、茉莉をふって振り回し、婚約してたにも関わらず、またふって、、。彼は自分の愛がいかにも薄っぺらに感じてくる。 「で?君はどうしたいのこれから」 健は自分がこれからどう問題を解決するのかもはっきりしないまま、ただ修二が本当に望んでいることを探り出そうとする。

ろまんくらぶ「仮面の天使」26

そうこうしている内に、健は亜紀の周辺に以前見かけた、彼女の前の男、修二がうろついているのに気づく。一回は健と亜紀が帰ろうとしていた時にやってくる。亜紀は悪態をつき 「ほっといて行きましょ」 と冷たくあしらう。その修二を健は別の時に、スタジオの外で見かけると捕まえる。最初、修二は逃げようとしたが、どうやら健が自分を敵視しているわけではないことに気づき、健の目配せに応じる。2人はスタジオから少し離れたところにあるカフェに入る。飲み物を頼むと健は修二に尋ねる。 「あのさ、あんたなんでウロウロしてんの?亜紀と付き合っていたけれど別れたって聞いたけれど、ぶっちゃけどうなの?」 「え〜。そ〜だけどさ。亜紀のやつまた俺に電話してきたし、それに」 修二は亜紀に対して半分腹が立っていたので彼女の意思を無視して喋り始める。 「彼女、あんたと結婚したら、また俺とより戻すって言ってたからさ」 「え?より戻すって、、」 「だから、あんたは亜紀に利用されてんの。家持ってるし、経営者だし。ほら、俺とは遊び仲間だし」 「つまり?」 「騙されてんの最初から。だからその」 実際、修二は亜紀にかなり入れ込んでいたので健と彼女の関係を壊しにかかる。健にはだいぶ事情がわかってきていた。わかると同時にすぐ茉莉に合わないとと強く感じる。でないと彼女に完全に逃げられる。 「あんたのその茉莉っていう婚約者」 「彼女が何か?」 「だからさ、彼女、亜紀に挑発でもされたんじゃないの?わざと」 「一体、、、いつ?」 「え?あんた気づいてないんだ」 「、、、」 「だからさ、亜紀のいつもの手だよ。目的の男には友人っぽいフリをして近づき、その男に女がいたら、その女にだけわかるように嫌がらせしたり、見せつけたり、、、女の前でその男の体触ったり、意味ありげににやにやしたり、わざと一緒に仕事で遅くなったり 、、、もっと色々あるよ」 口を開き始めると修二は、我慢していたのか亜紀の手口をペラペラと喋り始める。彼の話を聞いていた健はそんなことがあっただろうかと記憶を必死になってたぐる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」25

健は会話の一部始終を聞いていた。彼は自分の耳を疑い、飲み物の缶を思わず落としそうになる。 ただ亜紀の今の言葉がまだ信じられないので、わざとドアをノックしてスタジオに入る。普通なら押せば開くのだからノックはしていない。 亜紀は少しびくつくと、わざとらしくフレンドリーな感じで 「じゃあね〜」 と言って電話を切る。健は頭の中がぐらぐらしてきていたものの、なるべく何気なさを装う。亜紀は仕事に戻り、彼は彼女に気づかれないように外部へ繋がるマイクのスイッチを肘で切る。彼女はまさか彼に全部聞かれたとは思っていない。彼は冷静さを取り戻し状況を判断する。ホントなのなら、この女はきっと尻尾を出す。 健は茉莉に対していきなり後悔の念が噴き出してくる。そうなると茉莉が健と離れようとしていることが意識に強く昇ってきて動揺する。 それから彼はじっくりと亜紀を観察し始める。確かに彼女は表面的には彼にとても親切だった。彼は 「じゃあ、俺はこの女にまんまと騙されて、、」 それで茉莉を結局誤解から遠ざけたというわけかと理解する。茉莉からはこの頃電話も全くかかって来なくなった。もう少しすれば離れてから1年経つ。確か彼女は1年待ってくれと言っていた。茉莉は健から本当に離れる心づもりだと彼は深く受け止める。 一方の茉莉はだんだんと荒れてきていた。彼女の父親がなんとなく荒れていた時期と感じが重なってきた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」24

「で?結婚できそう?」 「う〜ん。まあね。でもこの人いつも忙しくて、ちょっと退屈」 「え〜?暇な時に、元カレと遊んでいればいいんじゃない?ばれっこないよ」 「まあね。そうだけど」 「でもさ、その茉莉って女どうなったの?」 「アレ?あの女、私の作戦にまんまと引っかかっちゃって、ホント、見せたかった。やっぱ、おっとりした箱入り娘だから」 「へ〜。でさ、あんたのその男、あんたのこと信じてるの?マジで」 「私?うん。すんげ、信用されちゃってさ。私大人だってさ。んで、君は優しい、とか言うの。ばっかみたい」 「いいな〜、結構いい男なんでしょ?」 「まあねえ。あ、オトートいるよ。紹介しよっか?」 「え〜紹介してよ。そいつ、マスコミ?」 「それがさあ、テレビ局勤めだってさ、ばっちし」 「え?まじ?やったあ」 亜紀は、でも肘で思わず外部に繋がるマイクのスイッチを押したのには気づかなかい。健は飲み物などを買って外から戻ってきていた。亜紀の電話の声が外へ漏れていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」23

でも茉莉は家へ戻ると結構ワーワーと大声で泣く。強がっていても涙が勝手に出てくる。彼女はほとんど毎晩泣き続ける。夜の内に泣けるだけ泣いて、昼には大学の研究室に閉じこもっていた。 そのうちに彼女は、かなり年配の大学教授と付き合い始める。彼は以前から彼女をとても気に入っていた。教授と付き合うことになった翌日、彼女は腰まであった長く美しい髪を バッサリと切り落とす。やっと肩に届く位まで短くした。その頃くらいから彼女は感覚が徐々におかしくなっていく。 健は、茉莉に会うこともなくなったので、何も知らなかった。亜紀と上手くいっていると思い込んでいた。一方で、茉莉に対する気持ちが再び燻り始める。彼は自分自身で茉莉を2度も遠ざけたのに、彼女が彼から完全に離れようとしているのを意識すると今度は落ち着かなくなってくる。 彼はまた亜紀と仕事で遅くまでスタジオに残る。彼がちょっと外へ飲み物を買いに出た時、亜紀はスタジオの中から友人に電話する。 「え〜?上手くいったよ。ほんと、ばっかみたい」 亜紀は上機嫌だった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」22

 帰りがけに彼女は 「もうしばらく1年くらい嘘を吐いてくれ」 と告げる。 健は躊躇いがちに尋ねる。 「ひとり暮らししてるの?」 「うん。先月から。家には顔を出しているけれど。ずっと一緒だと煩わしいから」 「あの、、」 「うん?あ、そのうちに、彼氏でも作るから。そしたら、いいんでしょ?それから私はっきり両親に言うから」 「え?」 茉莉のその言葉に健は自分の中で燻り出すものを感じる。彼氏作るって、、。 「じゃね」 彼女は行こうとする。彼は彼女の腕を思わず掴む。彼女はその腕を外すと、足早に行ってしまう。 その内に、茉莉は車の免許も取った。母親に似てのんびりしていたはずの娘が、だんだんと父親の性格も見せ始める。2度の婚約破棄。2度も振られたことで、彼女はなかばやけになってきていた。顔は相変わらず童顔で微笑んでいたものの、心の中では荒れ狂っていた。 健は彼女の腕を振り払われて、少し驚くと同時に、彼女の言葉が気になりだす。 「他の彼氏、、」 おまけに茉莉は家を出てしまっていた。これからは彼女を見ている人間は側に居なくなる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」21

健はでもその内に、茉莉の両親から何も言ってこないため不思議に感じる。土曜日になるがまだ何も言ってこない。少し気になるので、茉莉の家へ電話をかける。彼女の母親は愛想がいいのでおかしいと思う。どうもまだ向こうの両親は何も知らないらしい。茉莉が電話に出る。元気なふりをしているのか、喫茶店へ来てくれと呼び出される。2人は新宿で会うことにする。 指定された店には彼女が先に待っていて、彼が席に座ると、開口一番に彼を驚かせる。 「しばらく黙っていて欲しいから」 そう彼女は言い出す。 「でも」 「私、大騒ぎしたくないし、口出しされるのはもう嫌だから」 運ばれてきたコーヒーに口をつけると、彼女は自分の分の代金をテーブルに置く。彼は以前とは違う彼女の様子に驚き、彼女がひどく大人びて見える。騒がないし、黙ってコーヒーを飲んでいる。目は少し腫れていて、泣いたのがわかる。 「しょうがないよ、私がいけないんだし」 コーヒーを飲み終わると彼女は続ける。 「じゃ、そんだけ。あともうしばらくフリしててよ。うちの両親心配するから。時々電話してよ、それらしく。そのうちに私から話すから。今はまだ知られたくないから」 彼女は一旦黙ってから続ける。 「 もう会わなくていいから、私、フリくらいできるから。じゃ」 そう告げると茉莉は健を残してさっと店を出る。 彼は思わず立ち上がる。彼女は振り向かないで人混みの中に消えていった。彼はおかしいと思い始める。茉莉はどうしようもない子供ではなかったのか。 茉莉はひとりで新宿をふらふらと歩く。早く帰ると両親に怪しまれる。法子に電話をかけると事情を知っているので、彼女は茉莉を家へ誘う。そこで茉莉は少しの慰めを見出す。友人は頼りになると茉莉は初めて両親を蚊帳の外へ置いて考え始める。 一方の亜紀は付き合っていた男と別れるとほのめかす。健は慰めながら、亜紀と付き合いたいと告白する。2人は付き合い始めるが、健は自分の家には彼女をまだ頻繁に連れてくるのは避けていた。 茉莉は全てを忘れようと学問にしゃかりきになる。そのうちに一人暮らしがしたいと言い始める。初め、父親は反対したが、母親は寛容だった。婚約しているのだから、自立心を養うためにも結婚前に1〜2年はいいのではないかと話す。父親はそれから渋々承諾する。健の両親に向かってぶつぶつと言うが、息子も家を出ているのだから、いいのではないかと...

ろまんくらぶ「仮面の天使」20

「わかった。あなたがそう言うのなら。でも、少しあっちの部屋へ行ってて。そこの扉、閉めておいて」 ひとりになると茉莉はあまり声を出さすに泣き始める。書斎にいながら、彼女が泣いているが健に聞こえる。彼女は堪えるように泣いている。彼は机に肘をついて、頭を抱えていた。 俺は2度も、彼女を、それも今度はひどいやり方で振ることになる。彼女はかなり長いこと居間に閉じこもり泣きながらじっとしていた。ひとしきり泣いて、涙が乾いてくると彼女は彼に 「帰るから」 一言告げ、そのままマンションを出て行こうとする。彼は書斎から出てくる。彼女は彼に背中を向けたまま弱々しく言う。 「あなたが別れたいなら、私」 彼は何も言えなくなる。 「じゃ」 彼女はそのまま帰って行く。彼は扉を閉める。扉の後ろで自分の取った行動に悩み始める。悩みながら今はこれでいいんだと思い始める。 茉莉は家へ戻る。とにかく騒いだり人前で泣いたりしたくなかった。また両親が色々と言ってくるに決まっているから、内緒にしておこうと思った。健は健で、どうせまた彼女の両親が何か言ってくるに違いないと思っていた。彼女が全部ぶちまけて、俺が悪者になるに決まっていると予測していた。 家へ帰ると茉莉は両親の前でにこにこする。食事をきちんととって、夜中みんなが寝静まると、ひとりで泣いていた。朝になると、一生懸命、蒸しタオルでまぶたの腫れをとった。とにかく家族に心配をかけたくないし、健を周りから責められるのは嫌だった。茉莉はもうかなり大人で、このことはひとりで処理しようと決めていた。健は、月曜日も、火曜日も、茉莉には電話しなかったし、話をしたくなかった。しばらくすれば、彼女の父親や母親が怒鳴り込んできて、自分の両親や弟も騒ぐと思っていた。 会社ではあんなことがあったにも関わらず、亜紀が親切で、何も気にしていないので、健は本当に亜紀に惹かれていった。彼は彼女と付き合いたいと思い始める。

ろまんくらぶ「仮面の天使」19

茉莉は今度は実際にあったことをまるでなかったことのように思おうとして苦しむ。玄関のベルが鳴り、彼女が来たことが健にわかる。ドアを開けると彼女が立っている。不安げな彼女の瞳の色に彼は気づかない。 「入ったら?」 黙って彼女は彼のマンションに入る。彼は少し意地悪い視線で彼女をまじまじと見て亜紀と比べる。身体も細いしよく見ると子供っぽい。おまけに性格も子供、、。健は茉莉と婚約したことを後悔し始める。 彼女が居間に入ると彼は紅茶をいれに行く。そうしながら亜紀のことをまた考える。さっぱりしていて、優しくて、大人で、、、何よりも仕事のことをよくわかってくれる。仕事はよくできるし、、、と茉莉と亜紀のことを頭の中でぐるぐると比べる。 お茶を運んでくると、彼は彼女をジロジロと見る。彼の目つきがまるで蔑んでいるような感じなのに彼女は気づく。それでも、あんな焼きもちを焼いたからと彼女は自分を責め始める。彼は彼女が黙っているのでまだ嫉妬しているのかと疑う。めそめそぐずぐずしているように見える。彼ははっきりと亜紀のことを考え始める。昨日一晩で物事が変わってしまったように錯覚する。彼も黙っている。茉莉に対する気持ちが揺らいできて自信が持てなくなってくる。 「あの、、」 茉莉が口を開く。健はため息を吐く。はっきり言ったほうがいいのだろうか、、。 「あの」 「俺、ちょっと、、、君とのこと考え直したい。その」 突然のことに茉莉は驚いてまた推し黙る。 「悪いけれど、君が、あんなに嫉妬深いとは知らなかった正直言って」 彼女は絶句する。彼は続ける。 「あんなこと気にされたら、俺、仕事できなくなるから」 茉莉は目が赤くなってくる。そんな、、、なんで? 「少し考えたいなら、もし、君が望むなら、、、婚約、解消したい。無理することないから」 私?私がどうして、、?君が望むって、私が?茉莉は狼狽する。彼女は泣くまいと我慢する。今泣いたらまた子供だと思われると感じて必死に堪える。彼女の瞳に涙が溜まってくるのは健はよくわかっていたが、嘘を吐きたくなかった。彼女は若いからと彼は思っていた。他にも相手が見つかるだろうと思っていた。 「ごめん。でも今回本当に俺困っちゃって」 健はあくまで仕事のことを考えようと努める。 彼は彼女がこの後泣き喚くと思っていたが、彼女は意外な反応を見せる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」18

亜紀がまさか電話を盗み聞きしていたとは健は思わない。とにかく亜紀と茉莉を鉢合わせさせるわけにはいかない。亜紀はわざとのんびりする。健は亜紀に少し気持ちが傾いてきていて、彼女につっけんどんにできないので、わざと「彼にすまない」と言い訳を始める。 早くしないと、茉莉が来る。亜紀はぐずぐずする。亜紀はわざと窓際にいると、茉莉がやって来るのが見えないかとマンションの建物の前の道の両端をじっと観察する。マンションのベランダから見ると、どちらの方角から茉莉が来るのかわかるはずだった。亜紀は、茉莉の姿が見えるまで、そこを動かなかった。健もベランダに出てくるが、まさか亜紀がそんなことに注意しているとは考えなかった。それにだいたい茉莉が来ようが来るまいがどうでもよくなってくる。 そこへ茉莉がやって来る。彼女はベランダを見るともなく見てしまった。一目で亜紀を見つける。 亜紀は目の端で茉莉を認める。 「私、帰るね」 茉莉は遠目に亜紀と健の様子を見つめる。2人は何やら話している。 「うん、ごめん。ほんとに」 「いいって、気にしないで、、。明日は仕事でしょ」 「だね」 健から亜紀の背中を抱くようにするのを茉莉ははっきりと見る。まさか、でも、日曜の昼間だし、、。でも、また今疑ったら、、。そう必死に疑うまいとする。彼女は思わず隠れる。健の亜紀への接し方が気になる。 亜紀に見られたくないので、茉莉はそのまま隠れている。亜紀はマンションから出て来ると、茉莉がいる方角とはわざと反対へ向かう。茉莉は、どうしようと動揺し、逃げ出したくなる。健は怒っているし、彼と亜紀がまさかと思うと、胸が潰れそうに苦しくなる。でも、友人の言葉を思い出す。それと健が言っていたことも思い出す。亜紀は資料を届けに来たりするから、、。茉莉は同じ過ちを繰り返さないようにと自分に言い聞かせ、気を取り直すとマンションへ向かう。

ろまんくらぶ「仮面の天使」17

健は、亜紀に送らせると「水をくれ」とか色々と言って、彼女を引き止めようとする。茉莉のために買ったこのマンションのことを考えると何だか情けないし、悲しくなってくる。 「どうしたのちょっと」 亜紀が側にくると健は思わず抱きつく。 「あ、ちょっと、やだ」 「いいから、じっとしていて」 やけになった弱さから健は亜紀の身体を強く抱きしめる。事が思惑通りに運んだ彼女は少しだけ抵抗するふりをする。茉莉とは違う女を抱きながら彼はますます情けない気分になってくる。その一方で茉莉とは違う亜紀の感触とその反応に一時癒される。 そのまま朝を迎え、昼頃、健は目を覚ます。亜紀は遅い朝食の支度を始める。本当はこんなことは苦手だったが、あざとく家庭的なふりをする。 「ごめん、君にこんなことさせちゃって」 「いいわよ。私こそ、勝手に台所使っちゃって」 健は亜紀にすまないと思う。成り行きとは言え、彼氏のいる女性に手を出してしまった。 「あの、昨日はすまない」 「いいわよ、あんなこと、たいしたことじゃないし 。私もちょっと油断していたから。仕方ないわ」 ちょっと上目遣いで漬け込む感じ。 亜紀が寛容なので健はほっとすると同時に、彼女に気持ちが傾いてくる。亜紀はほんとに明るくてさっぱりしていて、、、と、彼女の芝居を見抜けない。健の目には、何もかも茉莉が悪いように見えてくる。 法子に勧められ、チェックアウトを済ませると、茉莉は急いで帰る。自宅には戻らずに、健のところ行って、直接謝ろうと思っていた。彼に電話をかけると、コール音が続いた後、彼が出る。茉莉の声に彼は思わずギクリとする。まだ亜紀が側にいる。 「あの」 「何?連絡も寄越さないで、いきなりいなくなっちゃって」 「あの、私、その亜紀さんのこと」 「またその話?いいからさ、もう。で?何の用?」 健の冷たい態度に茉莉はショックを受けると、言いたいことも言えなくなる。 「あの、ごめんなさい、私」 弱々しい声の彼女に、彼は意地悪く応える。 「ごめんなさいって、いったい、何のこと?」 「あの、今から行っていい?そっちに」 「え?何のため?」 腹立ちまぎれな健は不快そうな態度を崩さない。それに、亜紀がいることを気づかれたくはなかった。日曜の昼に一緒となれば、茉莉がまた神経質になるし、実際、そうなってしまったので、できたら茉莉と今話したくはなかった。 少し沈黙した後、健...

ろまんくらぶ「仮面の天使」16

「君はいくつ?」 「え?わたし?23だけど。履歴書読んだんでしょ?」 「まあね。でもあまり俺は年齢とか注意していなかったから」 心の中で健はまた亜紀と茉莉を比べる。2つ3つ違うだけで、こんなにも差があるのかと。 彼は、気分がさらに落ち込んでくると、もっと飲み出す。俺、早まったのか、と思うと何だか自分自身にむかついてくる。こんな、亜紀みたいな理解のある女にすれば良かったと、テキーラをがぶ飲みする。亜紀はやめさせるような素振りをする。 「ちょっと、もうやめたら?」 「うるせー、飲ませろ」 そのうちに健はべろべろになって、気分が悪くなり、トイレへ行って勢いよくリバースする。スッキリしたけれど、だんだん惨めになってくる。よく考えたらいくら親同士が知り合いだからって、婚約したからって、何も結婚しなくてもいいんだと思い始める。 いっそのこと、別れちまおうか、、、あの焼きもち女、、。ちくしょう、俺の気も知らないで、、。 鏡に映った疲れた顔をじっと見つめながら健はつぶやく。 深いため息を吐き、席に戻ると亜紀は優しい。 「大丈夫?車でしょ?こんなに飲んで」 「ん〜、あ〜君、運転できる?」 「できるけれど、もう少し時間おかないと」 「さっきっから全然飲んでないね。もしかして帰りのこと気にして?」 言われて亜紀はちょっとドキッとする。飲んだから事が冷静に運べないから。 「だって、飲めないよ。相方がこんなべろべろじゃ。それこそ、帰り、まずいじゃない?」 「あ〜、そ。じゃあさ、俺んちまで送ってよ。君、もう醒めてるでしょ?」 「え?でも私帰れなくなったらやだよ。まじ」 作戦が成功しそうで亜紀は実のところほくそ笑んでいる。 「いいからさ、車貸すから。ね。明日、取りに行くから」 「え〜?」 「いいじゃん、ね」 「わかったわよ。いいけど、少し待ってから行こう。夜中過ぎてるからどうせ」 「は〜いよ」 健の車に乗ると、酔っている彼の代わりに亜紀は運転する。遅らせながら健は亜紀の香水の匂いに刺激される。そうだ、茉莉はいないし、どうせ避けられている。スマホに連絡しても繋がらない。いちいちホテルにかけなくちゃいけない。それならちょっと亜紀と、、、なんて、やけくそ気味に思っていた。茉莉の焼きもちに健は疲れていた。 一方の茉莉は、夜、何回か健に電話をかけるが出ないので諦める。健からの連絡を避けたくて、旅行に出た最...

ろまんくらぶ「仮面の天使」15

 亜紀はまるで健の心の中を読み取っているかのように、痛いところをついてくる。 「あの、茉莉さんは?今日は」 「え?ああ、彼女、旅行」 「最近スタジオにも来ないじゃない?」 「え、ああ彼女は焼きもちやきだからさ。ほんと、子供で参っちゃうよ」 「え〜?彼女いくつ?」 「大学生」 「う〜ん、まだ子供かもね」 話しながら亜紀は、その時着ていたジャケットを脱ぐ。 「あ〜なんか、あつくなっちゃった」 彼女は下に、谷間が見えるくらいの、ぴっちりとした大きく胸の開いたタンクトップを着ている。酔っ払ってきていた健の目は思わずそこに釘付けになる。彼は飲み過ぎだったが、大抵の男性よりもお酒が強い亜紀は平然としていた。 本当は茉莉に会いたいけれど、腹を立てていて意地になっていて、会えない健はやけくそな気分。茉莉がまだ怒っていて連絡が来ないのだと気分はダウンしっぱなしだった。 こうして見ると亜紀は茉莉よりも肉付きがかなり良かった。下には生地の薄いジーンズを履いていたので、太ももの肉付きもわかる。ついいけない考えを健は起こしそうになってくる。茉莉に対して、半分、「ちくしょう」という気持ちになる。俺が我慢しているのに、あいつは、こんなこともわからないのかと、今度はイライラが募ってくる。 「ちょっと、あの、飲み過ぎなんじゃないの?」 亜紀は健の背中を撫でるようにして、体を近づけてくる。彼女のその胸が彼の鼻先にくる。健は自分の中で欲望が頭をもたげてくる。茉莉を大切にするあまり、いつも押さえてきた肉体の欲求が起こってくる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」14

友人と出てきているから、食事でもしないかと亜紀は誘ってくる。健は「ほら、亜紀はさっぱりとした女性じゃないか。なんなんだ茉莉は」とぶつくさ言い始める。 呼び出されて待ち合わせの場所へ行くと、亜紀は友人と先に着いていた。結局、健、亜紀、彼女の友人の久美の3人で焼肉を食べることになる。景気づけに生ビールで乾杯し、みんなでカルビをぱくつく。別に色気っていう訳でもないじゃないかと、健は茉莉が勘違いしていると、また彼女を子供っぽいと思う。ちょっと大人になったのは見かけだけかと少しがっかりする。 お腹がいっぱいで、いい気分になった後は、バーへ行き、そこで健はついテキーラをぐいっとあおる。それから3人でクラブへ向かう。 そこで久美は亜紀と打ち合わせたとおり、こっそりと抜け出す。出る時に、亜紀に目配せしながら、 「うまくやりなよ」 と耳打ちをする。亜紀は健と薄暗い場所で2人っきりになる。24時も過ぎるとお酒が相当まわってくる。 「あれ?彼女は?」 久美がいなくなったことに健が気づく。 「さっき帰ったよ。彼氏に呼び出されたって」 亜紀はしらばっくれる。 「そう?ま、しょうがないよ。で?君はどうするの?彼氏心配するんじゃない?」 聞かれて彼女は少し口ごもる。うまく誤魔化さないと計画がおじゃんになる。 「私?あー、うん。彼、仕事だから。しょうがないよ。理解してあげないと」 彼女のその言葉に、大人だなと健はまた茉莉と比べる。心の中で、「あ〜あ、この位、茉莉が解ってくれたらと、がっかりにちょっと幻滅が加わる。茉莉の焼きもちがだんだんうざったくなってくる。何よりも、茉莉が、健が彼女のために仕事も頑張って、マンションまで買ったのを理解していないのかと思うと、無性にイライラして腹が立ってくる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」13

道すがら茉莉は法子に悩みを打ち明ける。聞きながら友人は諭すように話し始める。 「茉莉は昔のことと混同してないかな?もっとよく確かめた方がいいよ」 「そうなのかな、、」 「多分、その亜紀って人がその気があるのは、もう間違いないと思うけど、健さんはそうなのかなあ」 法子の冷静なアドバイスに茉莉の気持ちは少しずつ落ち着いてくる。 「もしかして、茉莉ってのんびりしているから、ひょっとするとひょっとして、その亜紀って人に、ほら、はめられたとか」 「まさか、そんな。でも、でも彼は私を子供だと思っていて、何を言っても信じてもらえない」 「男って、そういうトコちょっとわかってないというか詰めが甘いというか」 法子はため息を吐く。 その朝、健は茉莉に電話するが、彼女の母親に旅行に出たと告げられる。 「健さん、お仕事だって言ってたわ」 どうも茉莉は親に嘘をついているので彼は言い淀む。余計な詮索をされたくなかったので、喧嘩のことは伏せて嘘の説明をする。 「いや、あの急にキャンセルになって、、、で、泊まってる場所を知りたいのですが、できたら連絡先も」 「えっと、ちょっと待っててね。確か、ホテルの番号メモしてあるから」 「お願いします」 健は、茉莉が彼の言葉をそのまままに受けて怒っているらしいのを感じているため、彼女のスマホに連絡しずらい。 「はい、えっと番号は」 「あの、彼女ひとりなのでしょうか」 「いえ、高校生時代の同級生と一緒で、もちろん女性ですけど」 「わかりました。すみません」 とりあえず、健はもらった番号に電話をかけてみる。 「お電話ありがとうございます。ガーデンホテルでございます」 「あの、宿泊している菅原茉莉さんをお願いしたいのですが」 「かしこまりました。少々お待ちください、、。あいにく、ただいま、外出されてるようですが、メッセージをお残しになりますか?」 「はい。お願いします。私、藤原と申します。戻ったら連絡が欲しいと伝えてください」 「かしこまりました。藤原様ですね」 説明しながら、健はがっかりして少し苛立つ。こういう時に待っているのはあまり得意ではなかった。 その夜、茉莉と法子は観光を終えてから夕食前に戻ってくる。メッセージの事を知ると、法子の後押しもあって茉莉は電話をかけてみる。すぐに留守電になってしまい、茉莉はメッセージを残す気になれなかった。本当を言えば、今考え...

ろまんくらぶ「仮面の天使」12

たまりかねた茉莉は、ある日、約束をすっぽかす。さすがに健は怒り出す。本当はそんな気はなかったのに勢いで電話する。 「婚約解消する!?」 口をついて出た健の言葉に、茉莉も今までの不満から勢い返事をする。 「そうしよっか」 言い終わると彼女は派手に電話を切る。彼女はさすがに腹が立っていた。乱暴な言葉を繰り出す。 「どいつも、こいつも、ふざけんな!」 その日の晩はでも、家族と食事をしながら、茉莉は平静を装っていた。表面を取り繕いながらも、もう、わたしダメだ、と実際は投げやりな気分だった。なかばやけくそで食事をぱくついていたので、それを見て家族は、やれやれ元気が出たかと勘違いする。 電話を切った後、健は茉莉がかなり腹を立てていた事を心配した。でも彼女は子供だから、その内に機嫌も直るだろうと思っていた。約束をすっぽかされた健は、急に暇になったので、亜紀や他のスタッフに連絡して外で騒ぐことにした。 その夜、茉莉は親友の法子に悩みを打ち明ける。 「どっか行く?」 誘われてふたりで週末ちょっとした旅に出ることにする。出かける事を茉莉は母に話す。 「あら、健さんとの約束は?」 「うん。何か仕事が入ったんだって。それに、いつもいつも彼とだけっていうのもね」 「まあ、そうね」 いつも健にべったりな娘の言葉に母親は不思議そうな表情を浮かべる。 「少し機運転換したいの」 念押しのように茉莉は言葉を続ける。 次の朝早く、茉莉は法子と旅行に出かける。そう遠くはない山間部へ向かう。

ろまんくらぶ「仮面の天使」11

茉莉は健に何も聞かずに苦しむ。彼女はだんだんと彼に対してイライラした様子を見せ始める。どうしたんだろうと、まるで身に覚えがないので、健もだんだんと腹が立ってくる。この頃の茉莉はどうもあたりがきつい。 そんな状態がひと月も続いただろうか。 「俺と一緒にいるのが嫌なのか?」 彼はつい彼女にきついことを言ってしまった。彼女は落ち込みがひどくなってきていて、彼の言葉に強いショックを受ける。そんな彼女に 「わけを話してくれ」 と彼は詰め寄る。 「君のその態度は俺には全く理解できない」 と少し突き放すような言い方になる。 最初、黙っていた茉莉は少しずつ話し始める。スタジオで見たことを説明すれば良かったのに、混乱して上手く言葉が出てこない。イライラしてくる健に、亜紀さんとのことを疑っていると話すと、彼はやれやれという呆れた態度を示す。 「何言ってんの?馬鹿馬鹿しい。君ってそんなことにまで焼くの?彼女とは仕事上の付き合いで、何もないのに」 何もわかっていない健は、茉莉は単なる子供じゃあないかと、まるで年下のわがまま娘を扱うような言い方をする。 「あのね〜、そんなことで、こんなになられても、困るんだよ。仕事は仕事。君は君でしょ。もうちょっと大人になってよ、頼むから」 その言葉を茉莉はなかば侮辱と受け取る。じゃあ、あの女の、あのにやにや笑いは何なのよ、と思うが、それを上手く説明できない。 「彼女、あなたの家に来たことあるの?」 「え〜?あるよ。そりゃ。俺、スタッフ呼んで宴会するし、書類とか届けに来ることもあるよ。そんなこと気にされても困るよ、俺は」 健は茉莉に対して、まるで焼きもちやきの子供に言い聞かせるような口調になる。彼は、でも逆に、この時まだ自分というものをよく理解できてはいなかった。茉莉はますます怒りがたまってくる。でも、これ以上、子供だと思われたくないので、黙っている。表面を取り繕う。 その日以来、健はまた焼かれたら困るので、茉莉をあまりスタジオに呼ばなくなる。彼女に対して相変わらず優しかったが、どうにも扱いかねるという態度をする時もあった。茉莉はそれがだんだん我慢できなくなってくる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」10

その時以来、茉莉は健と亜紀の関係を疑いだす。全ての健の何気なさが、まるでわざとらしい嘘のように思えてくる。茉莉は、そのことを友人に話せばいいのに、誰にも言わずに胸の中に溜め込んでいた。家族は彼女の食欲がなくなってくるので心配し始める。健とは上手くいっているはずだし、何が原因だろうかと周囲はいぶかる。 茉莉は、健と亜紀を観察する内に、亜紀が彼の電話番号やメールアドレスはもちろんのこと、住所や趣味や食事の好みなどもよく知っていることに気がつく。 「じゃ、もしかして、彼が私を送った後にでも、会っているのかもしれない。彼はたいてい自分を遅くとも10時くらいまでには家へ送る。その後、待ち合わせをしてどこかのバーででも飲んでいるのかもしれない。その後で、もしかして、、」 そんな考えが茉莉の心を掻き乱す。 健はだんだん茉莉が少しずつ痩せてくるので、さすがにどうしたんだろうと思い始める。どこか体の具合でも悪いのではないかと考える。それを彼は何気なく自身の親に話し、それが茉莉の親に伝わる。周囲は茉莉がどうも何かに悩んでいるのを理解する。その内に彼女は健からの誘いを何回か気分が悪いと言って断るようになる。 さすがに健はだんだんと不安になってくる。一体茉莉はどうしてしまったんだろうか。

ろまんくらぶ「仮面の天使」9

 仕事を終わらせると健は、車で茉莉をどこかに連れて行こうと考える。食事は彼女の差し入れで済ませたので、バーとか映画とか色々と思い浮かべる。 「どこか行きたいところあるかな。バーとか映画とかその他何か。どっちがいい?」 「どっちでも」 「じゃあ、映画にしてみる?」 「うん、、」 健は疲れているので、茉莉が沈んでいるのには気づかなかった。映画館に入ると彼女はさっきのことしか頭になくなる。そのうちに健はうとうととし始める。こうなると映画のストーリーはあやふやになる。 帰りの車の中で茉莉はやっと少し不安を口にする。 「あの、さっきの亜紀さんって」 「あ、彼女?スタッフだよ。よく仕事してくれてるし、助かってるよ。彼女が何か?」 「ううん。別になんでもないけど」 それ以上はなんだか説明しずらい。 「あー、今日はまじ疲れちゃったよ」 「あの、いつも、あんなに遅くまで、その、彼女」 「う〜ん。結構ややこしい仕事してもらってるから。ま、週2〜3回は」 「そう」 「何で?さっきっから」 「いや、あの、大変だなって」 誤魔化そうとして茉莉は嘘を吐く。疲れているせいで健は彼女の微妙な心の動きにまで気が回らない。もし、健がもっとよく亜紀と茉莉を見ていたら、状況が飲み込めたはずだったが、とにかくその日は帰って眠りたかった。 茉莉を家まで送ると、いつものように健は彼女にちょっとキスをする。無理をしたくなかったので、あんまり彼女を引き止めなかった。茉莉にとって、そんな健の態度が、逆に彼女に対する関心が薄れたかのように見える。だんだん女らしくなってきた茉莉には、それが疑いの種になってくる。 もしかして、あの亜紀さんと、、。 茉莉はそうやって疑いの泥沼に、少しずつ、少しずつ、落ち込んでいく。 健は、茉莉におやすみを言うと、帰っていく。疑いに取り憑かれたまま、茉莉はぼんやりと家の前で彼の車を見送る。彼女は、生まれて初めてと言っていいくらい、苦しい嫉妬の気持ちを覚える。あの婚約者の時は、事がすぐばれて、苦しんでいる時間はなかった。でも、今回は、ただ、疑いの気持ちが覆いかぶさってきた。そんな茉莉の思いを健は何もわかっていなかった。 家へ入ると茉莉は、ゆっくりとお風呂に入り、気分を変えようと努める。でも、ベッドの中で、天井を見つめると、もやもやした気分を持て余し始める。 車を車庫に入れると、健は足早に...

ろまんくらぶ「仮面の天使」8

 「まさか」と思うものの、茉莉には疑惑が生じてくる。彼女はまじまじと亜紀を見る。亜紀は健にわからないように、わざと嘲るように茉莉を見返す。茉莉は研究室の女性と同じ目つきだと、かっての婚約者が彼女を裏切った時と現在が重なる。茉莉は健と亜紀の仲を完全に誤解する。2人が関係があるのではないかと疑い始める。茉莉は、彼女自身がトロくて気づかないことが多いのは、もう承知していたので、逆に必要以上に気になってくる。もっとよく健を見ていればわかることも、見えなくなってくる。茉莉は健の気持ちを疑い始める。彼が女性の扱いに慣れているので、かってのあの婚約者以上に彼女を馬鹿にしているのではないかと茉莉は意識する。 亜紀は、茉莉の表情から作戦が成功したのを察すると、お茶を飲み、さっさと帰り支度をする。 「お先に失礼します」 「お疲れさま」 亜紀に向かって一旦振り向いたものの、健はすぐにパソコンの画面に向かう。 茉莉は「お疲れさま」と口では言うものの、目は笑っていなかった。その彼女に向かって亜紀は馬鹿にするような薄笑いを浮かべる。茉莉は、ありもしないことを確信するとその場に凍りつく。 「また?また、、、同じこと?」 彼女は黙り込む。健は茉莉の変化に全く気づかなかった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」7

亜紀はなるべくさりげなくしていた。健の経営しているスタジオに面接を受けて潜り込み一緒に働くようになった。チャンスはいくらでもある。いつも周囲にいながら、彼の隙をうかがっていた。わざと他にボーイフレンドを作り、スタジオに迎えに来させたりして、気づかれないように色々と手を回していた。亜紀は観察を続け、そのうちに、健が遅くまで残る日を細かく把握する。「とにかく、茉莉にまず疑いを起こさせればいい」と思っていた。「あんなトロそうな女、私の敵ではない」などと亜紀は考えていた。 週末には健は茉莉をよくスタジオに呼ぶ。それを知った亜紀は、その日も遅くまでわざと残っていた。 「それ、終わんないのかな?」 「あ、はい。もう少し」 「あんまり、遅くなりそうなら先に帰ってもいいよ」 「はい。でも、やりかけなので」 茉莉と2人きりになりたいのか、健は亜紀を帰そうとする。彼の目には亜紀は仕事熱心な、ごくさっぱりとした女性としか見えなかった。それなりに仕事は出来るので、大切なことも任せるようになった。 そうやって、亜紀と健は9時をまわる頃まで仕事を続けていた。他のスタッフがいなくなり、そこへ茉莉がやって来る。差し入れを持って、何も知らずに近付いてくる。 「お疲れさま。お腹空いてない?」 「あ、助かる。わるい、もう少ししたら終わるから」 気をきかせて茉莉はお茶をいれに行く。亜紀は手伝いには行かず、わざと健の後ろへとまわる。スタジオの外からは中が見えている。茉莉はお茶を持って戻ってくる。亜紀はそれを認めると 「あ、ゴミですよ」 と言って、わざと茉莉に見えるように健の髪に触れる。手の動きが茉莉からはっきりわかるようにする。茉莉はそれを注視する羽目に陥る。彼女の目は亜紀の指先に釘付けになる。そんなことには健は気づかない。亜紀は茉莉にしっかりと見られたことを確認すると、今度はわざと、「あ、見られちゃった」という感じの仕草をする。 茉莉は、何かいけないものを見てしまったと思い込む。

ろまんくらぶ「仮面の天使」6

双方の家族が集まり、茉莉の実家でちょっとしたパーティーを開くことになる。健は「俺が行く」とひとりで彼女を成田まで迎えに行く。周囲は2人の邪魔をしないようにと何かと気遣う。 彼の車が見えると彼女は大きく手を振る。お土産を両手に持ちちょこちょこと歩いてくる。少し疲れているけれど、花柄のワンピースに三つ編みは可愛かった。彼女のスーツケースを受け取る手に力が籠り、本当は抱きしめたいのを彼は我慢した。茉莉も抱きつきたいと思っていたが、恥ずかしそうに、ただ微笑んでいた。2人は荷物をトランクに入れ、すぐに成田を出発する。助手席で彼女はこっくりこっくりしている。そんな茉莉を見て健は「俺に甘えちゃって」と、まだちょっと妹みたいだと感じる。 ふと彼は初めて彼女が自分の家へ来た時のことを思い出す。彼は小学生で彼女はまだ生まれたばかりだった。その時は、妹ができたみたいで嬉しかった。「妹」じゃなくなった彼女を、「俺は守れるのかな」と彼は少し不安になる。でも彼は、例の女性、近付いて来る亜紀の邪心には、全く気付いていなかった。 自然の成り行きで、茉莉と健は正式に結納を交わす。 ただ亜紀は、2人の邪魔をしようと、じっくり機会をうかがっていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」5

ただ、婚約した医学生の浮気が茉莉にバレて、結局2人の関係は、あまりに短い期間で破談となる。彼女がめずらしく 「ばかばかばかやろ〜」 と口走っていたため、母親はオロオロしていたが、それもすぐに収まった。周囲の心配をよそに、何故か茉莉はのんびりしていた。それは、まだ彼女の秘密に家族も誰も気づいていないからだった。 健は、それにだんだんと茉莉に惹かれていく自分自身を止められなかった。彼女と彼の仲は、やがて公認のものとなる。婚約を破棄したばかりの茉莉は、その年の終わりには今度は健と婚約をするまでに至った。 翌年の始めには、彼女は彼の仕事を理解したいと語学学習のためにフランスへ短期の予定で出発する。 仕事が軌道に乗り始めた彼は、将来は彼女のためにと新居に引っ越したが、途端に、様々な女性からの誘惑を受けるようになる。中には、しつこく言い寄ってくる女性もいる。最初から、愛情よりも安定した結婚のためだけに男を探しているような女性達だった。健は結構はっきりと彼女達を追い払う。 その中に、ただ1人頭の切れる女性がいて、彼に婚約者がいるのを知っていても、どうにか割り込もうとする。それには、その、茉莉を追い払えばいいのだと心に隠しながら食い下がる。今、健に振り向いて貰おうとしても無理だからと、茉莉がいつ留学から戻るのかを彼からまず適当に聞き出す。彼の親切に取り入り、いざとなったら、酷いやり方で茉莉を傷つけて追い払えばいい、位に考えていた。 そんなこととはつゆ知らず、茉莉は6月の終わりに帰国する。

ろまんくらぶ「仮面の天使」4

茉莉が大学に進んでからしばらくして、健はフランスから帰国する。例の恋人とは、彼女に別の恋人ができて、結局別れてしまった。帰国した頃からインターネットでDJを始める。その内にネットTVを作ると言い出す。合間に何やら脚本を書いたりしている。 「茉莉!遅刻するわよ!学校!」 「は〜い、はい。今行く〜」 たくさんの書物を大きな鞄に詰め込み、茉莉は階段を駆け下りる。弟の真二も今年は受験だったのだが、姉がなんだかのんびりととろいので、たまにからかったりしている。彼女は相変わらずのほほんとしていて、恋人を作るでもない。毎日図書館で熱心に勉学に励んでいるので、父親はおやおや見込みがあるのかな?とほっと胸を撫で下ろす。成績はまあまあの線を行っていた。 健はネットでの事業を少しずつ軌道に乗せていく。茉莉はそんなこんなで彼のスタジオにたまに遊びに来るようになる。大学の帰りに差し入れに来たりする。妹として振る舞い、以前のようにベタベタすることもなくなる。彼女はだんだん綺麗になってくるので、逆に健はドキドキすることがある。もう妹とは見ることが出来なくて、もっと別の気持ちを抱き始めるようになる。 ただ一方の茉莉は大学で交際相手ができ始めていた。早速、同じ医学部に通っているその彼を家族にも紹介した。将来は医師になりそうな人物で、彼女の両親も相手に満足して、家族の同意のもと2人は婚約することになった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」3

意気消沈して帰国した茉莉は、一時、食事も喉を通らなくなる。淡い恋のはずがいつの間にか昇華が始まり、本物へと近づきつつあった。彼女の母は予想していたことが起きたと思いながらも、娘が何事もなく無事に帰ってきたことにとりあえずほっとする。父は当然のように怒るが、娘を取られなくて良かったと胸を撫で下ろす。 9月に入り、学期の準備が始まり、その期間に健が一旦帰国する。周囲の問いかけに対して、茉莉を傷つけたことは分かっているし申し訳ないけれど、その気がないのに思わせぶりな態度を取ることはできないとはっきり説明する。ただ、そんなことは半分は嘘だと彼は意識してはいたけれど、双方の家の親たちの手前、そう話すしかなかった。 9月の終わりには健は再びパリへ発つ。空港へ見送りに来たのは健の親族だけだった。 10月に入り、茉莉は念願の大学生になる。一時に間に感傷は収まり、久しぶりにしっかりと勉学に励む日々が始まる。父の関係で勧められるままに医学部に入ったものの、ぼんやりとしていて、まだ進路もはっきりしなかった。医学部と言っても将来の職種は多岐に渡り、何を専攻しようかな〜などと呑気に考えていた。そんな彼女の存在は周囲にある種の癒しを与えていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」2

ただそれは最初、茉莉がまだ深く意識するようなものでもない淡い恋だった。 健への強い気持ちは家族と一緒にパリに遊びに行った時に突然起きる。彼女の様子は傍目から見てもわかるほどであり、彼女の父は慌てるが、母は知らんぷりを決め込む。健の両親はあまり口出しはしなかった。それがしまいには茉莉が留学をしたいと言い出し、さすがにその時は彼女の母も困ってしまった。 当の健は茉莉と数歳も年齢が違うため、最初は兄のような気持ちしか持てなかった。茉莉の母は健の母から、息子の性格を聞かされていた。そんなにいつも優しいわけではなく、好き嫌いははっきりしていて、どうやら茉莉の片想いで終わりそうだった。 結局、とりあえず、春に一ヶ月パリに茉莉を行かせてみることになる。でも健にはもう好きな女性がいて、その彼女を守りたいという責任感まで持っていた。 まとわりつく茉莉が妹みたいで可愛いので、初め健はそのままにしておいた。付き合っている彼女にも、幼馴染として紹介した。ただ、その内にトラブルが始まった。原因は健の彼女の前で、茉莉が頻繁に日本語だけで話すことだった。日本語がわからない健の彼女は、だんだんと疎外されたような気分になってくる。心が不安定になり、不眠を訴えるようになる。もっとフランス語で話すように言っても全く聞き分けない茉莉に対し、さすがに彼も少々苛立ちを感じ、かなりきつい言い方をして茉莉が離れていくように仕向ける。 その一方では早く茉莉から離れないと、気持ちがぐらぐらしてややこしいことになりそうだとどこかで予感していた。 「君のことは恋愛の対象として見ることはできないから」 そう告げると、とりあえず、滞在を長引かせようとする茉莉を日本へ返す。言いながら健は、どこかにかすかな嘘があることを、この時感じていた。それほどに茉莉の淡いピンク色の艶やかな唇は蠱惑的な香りを放っていた。

FGOのアクアマリー戦はサーヴァントのレベルが不足しているので

9で止まっています。アイテムが集まったらレベル上げを続けようかなって。ほほほ。 (^^;) ですのでイベントで集めなくちゃ。。。 

「仮面の天使」前書きです

この小説はかなり長い間別のブログで連載していましたが、「Thirteen 13ー再生ー」の連載開始のため中断していました。せっかくですので最初から再構築書き直ししながら掲載していきたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。(^^) 

ろまんくらぶ「仮面の天使」1

 白いレースのカーテンが風に揺れている。少女の柔らかく豊な薄茶色の髪がふわふわと輝いている。 勉強机に肘をつきながら、茉莉はシャープペンシルをブラブラとさせていた。目の前の壁にはパリの地図が貼られている。彼女の両親が出会った記念すべき街だった。ロマンチックなその出会いを、娘はぼんやりと夢想していた。 「私もこんな出会いがしてみたいな」 出会いの当時、彼女の母は夢中でパソコンを叩いていた。まだ出来て間もないミッテラン大統領の記念碑とも言われる国立図書館で、茉莉の父は長い間探していた安らぎと言われるもの、それと同時に愛の純粋さと繊細さを教えてくれるかもしれない女性と出会った。茉莉はそんな菅原家の天使として命を受け、パリでのいつかあるかもしれない、両親のようなそんな出会いを夢見ていた。弟の真二はそんなどこか心もとないところのある姉をいつもヒヤヒヤしながら見ていた。 彼女の両親はといえば、古くからの親友でもある一番親しい藤原家の息子二人の内のひとりを、いつか茉莉にと、将来が楽しみだと勝手に考えていた。藤原家の長男健は、大胆で冒険好きで、優しいがちょっとしたイケメンぶりだった。次男の守はおっとりしていた。二人とも体格は似たり寄ったりだったが、兄は弟より少し背が高くスリムだった。 というわけで藤原家と菅原家は仲が良く、茉莉は小さい時から三人の男の子に囲まれて育った。みんな同じ幼稚園に通っていて、幼馴染だった。 中学にもなると、茉莉は流石に男子とは距離が出てくる。健は高校卒業後、大学に入学し、かねてから念願のヨーロッパに留学する。フランス文学と映画とのつながりを専攻し、パリ大学へ入る。 高校生になった茉莉は、同級生の守には興味を示さず、少し離れてしまった健に淡い恋心を抱き始めていた。甘酸っぱい浪漫の始まりだった。

後書き

「Thirteen 13ー再生ー」はあまり長い小説ではありませんが、実際の初校はかなり込み入った物でした。それをわかりやすく改変しました。このまま英語にしようかと思っています。Twitterにアップしようかなと。 次回からは「仮面の天使」を再構築しながら連載をしようと思っています。 ここまでお付き合いいただいた読者の皆様に感謝すると共に引き続きこのブログをお読みいただけると幸いです。 いつもありがとうございます。(^^)

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」98

剛の中で何かが生まれ変わろうとしている。ごっそりとまるで心臓を覆っていた剛毛が落ちていき、ドクドクと暖かい血が全身を巡り始める。彼を縛り付けていた嘘で塗り固められた過去がこぼれ落ちる砂のごとくに消え去る。 生きている。これが生きているということなのか。大きな声で叫び出したい衝動を抑え、彼はこちらを振り向いている刑事の元へしっかりと歩き出す。足の下の緑の絨毯がこんなにも心地良いことは生まれて初めてだった。そう。彼は今初めて本当の意味で自分を見出し、世界を見出し、泣き出したいのを必死で堪える。 明日。そう、明日が見える。自身を慈しみ、最愛の女性を慈しんでいる未来がはっきりと見える。何かが終わり、彼は少しずつ再生していく全身を痛いほど感じ始めていた。 FIN

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」97

焼け落ち崩れていく館の別館から離れ剛とハリス夫人は後ろを振り返る。そのまま業火に包まれていく富豪の屋敷をじっと見つめる。赤い炎の中から周防夫人の笑い声と叫び声が聞こえてくるような感じがして、二人は身震いする。 屋敷の庭は広く、赤い炎を遠くに見ながら二人は緑の絨毯の上へへたり込む。全ての過去が崩れ去ろうとしている。そしてやがて何かが新しく生まれ変わろうとしていた。 遠くから消防と警察のサイレンが聞こえてくる。門扉が開かれ、刑事が剛の元へ駆けつける。剛とハリス夫人の様子を見て、この話の事情を周知している刑事は静かに剛に問いかける。 「火は、、、もしかして」 剛は頷く。 「調べればわかるけれど、あらかじめ爆発物が仕掛けられていたようだ。執事に聞けばわかるだろう、もし生きていれば」 刑事は燃え盛る屋敷をじっと見つめる。 救急隊員がたんかを運んできて、煤を吸い込んで苦しそうなハリス夫人を手当てする。彼女はそのまま救急車に乗せられる。胸には宝物をしっかりと抱えたまま。  「Thank you, thank you so much, Takeshi!」 大粒の涙がその瞳から堰を切ったように後から後から溢れていた。 彼女を見つめる彼の瞳は暖かった。 「See you, later」 離れていく救急車を見送りながら、剛は刑事と静かに庭に立っている。消防活動が迅速に行われている。炎の勢いはなかなか収まらずに別館から本館へと移っていく。全て燃えてしまうのだろうか、この歴史ある屋敷が。白い館が真っ赤に染まり、歴史の騒乱の中で血を流しているようにも見える。これから警察と消防の捜査が始まる。 そして剛は自身の中で長い間燻っていたものが消えつつあるのを感じる。捜査がひと段落したら理沙の元へ急ごう。つきものが抜け落ちた彼は生まれて初めて空気を思いっきり吸い込む。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」96

剛はその僅かな隙間を手でこじ開けようと指先に強い力をかける。するとズズッと音を立てて壁が少しずつずれていく。こんな馬鹿なことがあるだろうか。品の良さそうな執事が案内したその先は、実際にはまるで牢獄のような隠し部屋だったのだ。調度品などのしつらえからはそうは全く思えなかった。何のための部屋?まさか秘密の口外してはいけない取引の場所? 今はもはや想像の域を出ない。力を振り絞り、剛は思いっきり壁をずらす。するとそこには別の通路が広がっている。 「急いで」 ハリス夫人を外の通路に先に出すと、彼は火の手が来ないように壁を下に戻して閉鎖する。ふと周防夫人がこの先どうなるのか、ゾッとした思いを抱く。煉獄の炎にドロドロに焼かれてしまうのだろうか。剛とハリス夫人を道連れにしようと画策していたのだろうか。 なんとなく通常の廊下に出たという直感に動かされ、微かに光のする方向へ剛と夫人は走る。あった。窓が庭へ繋がっている。外には広大な敷地。左手遠景には今日入ってきた門扉が見える。その手間にいつもゲストとして彼が招かれていた屋敷がある。そうか。いつもの屋敷とこの通路がつながり、通路の途中に隠し扉があり、隠された部屋があったのだ。そして通常使用する屋敷の影になっていて、隠された別の館は見えなかったのだ。もう後がない。業火が壁の向こうで唸り声を上げ始めている。爆発するかもしれない。 窓には鍵がかかっている。手近に何かないか。そう、ちょうど廊下に置かれていた花瓶などを載せてある、小ぶりのテーブルがある。彼は急いで花瓶を床に下ろすと、テーブルを思いっきり窓に打ち付ける。窓が壊れる大きな音がしてガラスが割れる。庭の緑に満たされた爽やかな空気が入ってくる。それから剛は体当たりして窓枠を壊す。その時に身体のあちらこちらに傷が出来ると赤い血が流れてくる。生々しい痛みが全身に広がる。 「早く。ここから庭へ出ないと」 「わかったわ」 長いスカートを鷲掴みにすると夫人は急いで窓から外へ出る。彼女に続き彼も庭へ出る。 「作品は?」 「ここに」 ハリス夫人は状況にも関わらず晴れやかな笑みを浮かべる。すすに塗れながらも二人は笑顔で走り出す。長い間の氷室から解放されているかのように一心に走り出す。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」95

 剛に助けられハリス夫人はやっと作品を持ち出す。炎は瞬く間に広がり、流れてくる火の手がまるで生き物のようにうねって迫ってくる。煉獄の中には目だけがギラギラと光っている人間の黒い影が立ち尽くしている。 「早く、こちらへ」 アメリカ人にしてはあまり大柄ではないハリス夫人は息も絶え絶えに剛についてくる。こんな結末を予想したのではもちろんなかった。が、ある程度予測はついたのではないか。剛もハリス夫人も油断したのだろうか。奥からはうねる赤い光が床や天井や壁を伝って迫ってくる。長い長い廊下が続き出口が見つからない。薄暗い館の奥は天井飾りの様な赤く動く光に包まれていく。 行き止まりなのか。壕を煮やした剛は作品を持つハリス夫人を抱き上げるようにしてピッチを上げながら屋敷の出口を探す。 「ちくしょう」 つい汚い言葉が出てしまう。こんなに奥まで来るのではなかった。あたりには煙が充満してくる。どうにもならないのか。この屋敷はこんなに大きかったのか。廊下は迷宮のように続く。火の手はすぐ後ろにまで迫っている。煙を吸い込まないよう姿勢を低く、それでも急ぎながら二人は走る。目の前はいつの間にか行き止まりだ。まずい。 その時、剛は壁紙の僅かなずれを発見する。 「まさか、ここが、、」 出口なのか、、。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」94

「Father」 父さん!どこか懐かしむような悲痛なハリス夫人の声で剛は目の前の現実に意識を戻す。夫人はゆっくりと立ち上がり作品に手を伸ばす。そして抱き締めるような慈しむような所作で作品を指先で撫でる。 そのハリス夫人の姿を目にしながら周防夫人はみじろぎもせずに虚な瞳を向ける。もう失うもののない、守るものもない、蝋人形の様な表情。彼女は微動だにせず、眉ひとつ動かさず、、。指が震えることもなく、、。ただハリス夫人が持ってきた美しく柔らかな布で丁寧に作品を包むのを見るともなく見ていた。 周防夫人の唇が僅かに歪んだ直後、部屋の奥から爆発音が聞こえた。途端に夫人は笑い出す。驚いたハリス夫人は作品を急いで箱型の鞄にしまう。 周防夫人の座っているソファの奥の扉から微かに煙が漏れてくる。 「終わりだわ。これで全て」 言いながら彼女はそのままソファにまるで重石のごとく沈み込む。皮肉そうな笑いを浮かべながら。扉からは赤い炎がチロチロと染み出すように漏れてくる。熱がだんだんと部屋中に広がってくる。 「出ましょう、すぐに」 ハリス夫人を支えながら、剛は立ち上がる。 「ここが屋敷のどこだか、わかるかしら」 周防夫人は声を大きくして狂ったように笑い出す。 剛の両手は今にも周防夫人につかみかかろうとしていたが、火の勢いがそれを押しとどめる。彼は片足で閉まっていた入り口を乱暴に蹴って無理やり大きく開けるとハリス夫人と廊下に出る。煙と炎は廊下の奥から流れ込んでくる。奥からは熱でガラスが割れる音がバリバリと聞こえる。二人が慌てる様を周防夫人は薄笑いを浮かべながらじっと見つめている。煉獄の炎が容赦無く流れるように広がっていく。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」93

振り上げたノミを周防夫人はゆっくりと下ろし、目の前の作品に傷をつけていく。目の前の作品は少しずつ壊されていく。剛の心配は杞憂に終わり彼は金属から手を離す。壊された作品の中から分厚い布に包まれた塊が出てくる。中には別の作品が隠されていた。 周防夫人の動作はゆっくりと慎重なものになる。いつもの彼女のどぎつさとは別の顔を見せる。 布を丁寧に取り外すとその下に透明なフィルムに包まれた古いが美しい工芸品が出てくる。オルゴール。そう言える形をしている。古い宝石が散りばめられたどこか懐かしい形の逸品だった。 ハリス夫人の目が輝き出す。やっと手元に戻ってきた喜びと失われた時間への嗚咽が込み上げてきた様だった。そして失われた命。彼女の指先は震え、静かに作品に手を伸ばす。 禍々しい作品。美しくても血塗られた歴史を纏ってしまった宝飾。今の剛にとってそれは紛れもない事実であり心臓に何かが突き刺さってくる。彼の中で全てのカケラが記憶と共に連動し始める。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」92

青白い石像が黒い布に包まれているかのよう。周防夫人はその虚な瞳で剛とハリス夫人を見つめる。観念しているというより何もかも失い見えなくなってしまっている人間のそれの様だった。彼女の黒目には二人が反射しているだけなのかも知れなかった。 ふと気づいたかのように周防夫人は指差す。大理石で作られた暖炉の上にある包みを席を離れると運んでくる。それは以前、確かホームパーティーに招かれた時に、剛が見かけたことのある包みだった。 「この中に作品はあるわ」 そう告げると彼女は口の端を引き攣らせる。 「壊しておけばよかったのかも知れない」 しばらく彼女は沈黙し再び口を開く。 「私はただ、娘や親族、そして店を守りたかっただけ」 嘘とも本当ともつかない理由を付け加える。彼女の言葉は空虚で真実味に欠けている。 それから彼女は二人の前でゆっくりと包みを開ける。出てきた作品を見てハリス夫人は首を傾げてつぶやく。 「この作品ではないわ」 周防夫人は再び席を立つとその手にノミの様な工具を持ってくる。無意識に剛は片手をジャケットの下に入れ金属に触れる。 手にした工具を周防夫人は振り上げ、それがギラっと光る。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」91

執事が扉の取手に手をかけ、ゆっくりと開く。ギギっという金属の音がして、その部屋は長いこと使われていなかったのではないかと思われる。 「どうぞ。中へ」 案内されたハリス夫人と剛は冷たい空気の流れる室内へと躊躇いながら入っていく。冷気で満たされた部屋は手入れはされているものの、人間らしさに欠けていて、確かに長いこと誰も足を踏み入れていなかった様だった。 二人は指し示されたゴブラン織りの布張りのソファに腰掛ける。周防夫人の姿はない。しばらくするとカチャカチャと執事がお茶を運んでくる音がしてくる。彼は二人の側までくると慣れた手つきで三人分の紅茶をいれる。 「どうぞ。少しお待ちください」 目の前に出された紅茶はそのまま冷えていく。剛もハリス夫人もただただ硬直したまま周防夫人が来るのを待っていた。すると部屋の奥の扉が開くと、重々しい動きで周防夫人が現れた。黒地に金色の刺繍が施されたドレスに身を包み、まるで夜の蝶さながら。眠っていないのか目の下にはくまができているが、瞳は鋭く光っていた。ただ視線はどこかを彷徨っているようで病に犯されているようでもあった。 二人を前に石のように硬くなっている周防夫人はそれでもソファにゆっくりと腰を下ろす。そして三人の視線が交差する。 沈黙が永遠に続くかのように流れる。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」90

終焉。 かつて銀座でレッドカーペットを歩いていた一族の終わりにふさわしい幕引きとはどんな者なのだろう。警察でさえ介入するのを躊躇する華麗なる血族。聖なるはずの血脈にはいつの間にか悪魔のドロッとした溶液が混ざっていた。あるいは悪魔よりもより悪に近い秘密を隠匿し続けた黒い家。白い外観とは真逆の黒煙を全身に纏っている住人達。コントラストが鮮烈で近づけば目眩に襲われ昏倒しそうだ。 薄暗い廊下を案内されている剛と夫人は、奥へ奥へと進むほど暗さが増しているのを感じる。同時に全身が冷え冷えと禍々しい空気に浸食されていく。 「まだでしょうか」 恐怖心が湧き起こり夫人はつい口に出す。彼女の肩を剛がしっかりとガードする。 「もうすぐです。この先なので」 何の感情も示していない声が廊下に響く。 執事の行先に大理石で作られた装飾の施されたがっしりとした扉が見える。まるで牢獄の扉の様に冷たく艶光りしている。 扉の奥にはギラギラとした毒婦が待っているに相違ない。毒婦は刑罰の鐘の音を聞いているのだろう。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」89

豪奢なその白い邸宅の前に黒いベンツが横付けされる。長い黒のドレスに身を包んだ夫人が静かに降りてくる。助手席からは案内を任されていた剛が降りてくる。やっとここまで辿り着いた。第二次世界大戦の、ある家庭での終着点がここにあった。家に代々伝わるもの。オークションで高値がつくはずもない、ただ歴史と犠牲になった者の血だけがまとわりついている宝。 白い邸宅を背景にすると夫人と剛は黒づくめの判決を言い渡すために来訪した使者の様でもあった。 「Finally...」 一言それだけを告げると夫人は静かに歩き出す。彼女の胸の中では様々な残像が去来していた。戦火の赤い色が見え隠れするような気がしていた。 彼も彼女に続き静かに歩き出す。銃は警察に返却したとしても、もちろん丸腰ではなかった。周防夫人の狡猾さと残忍さを考えるとアメリカからきた夫人が最後まで安全に作品を受け取れるよう配慮しなければならなかった。 玄関のブザーを押す。ドアは直ぐに開かれた。中からは濃紺の制服を纏った執事らしき人間が表情もなく出てきて、剛と夫人を出迎えた。 「どうぞこちらへ」 蝋人形のような姿をした執事はひらりと身を翻すと二人を屋敷の奥へ奥へと案内する。薄暗い廊下は何かの終焉を著しているようだった。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」88

周防夫人は目をきつく閉じる。眉間に皺を寄せ、今までの人生、華麗な人生を思い浮かべる。様々な場面が煌めく走馬灯のように蘇っては彼女を過去の栄華に誘い込む。ソファを握りしめる指先に力がこもり、それから力を緩める。彼女は古い電話機に静かに手を伸ばす。覚悟を決めると剛の連絡先をダイヤルする。 「周防です。その」 「わかっています。あなたが隠しているんですね」 「そうです。作品の場所はここです。私のこの家にあります」 「わかりました。渡していただけますか」 「、、、わかりました」 「すぐにおうかがいしてもよろしいですか?」 「わかりました。お待ちしております」 不思議と剛の胸は怒りに泡立つことはなかった。スマートフォンをデスクに置く音だけがコトリとする。 彼はアメリカの夫人に連絡を取ると、彼女を伴って周防家の門を叩く。豪奢な白い屋敷がまるで凍りついているように聳え立っていた。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」87

その晩の夜中、仕掛けられた罠に落ちプライドを打ち砕かれ、報道を受け、店をも失ったと悟った周防瑠璃。彼女は高層マンションのヘリポートから飛び降りる。白いドレスに包まれたその姿は漆黒の闇の中で舞う蝶の様だった。瑠璃はそして不覚にも滝沢を愛してしまっていた。  娘の自殺を受けると、周防夫人はただただ居間のソファで数時間座り、沈黙し続けた。長い夜が深くなっていく。彼女が守ってきたものが崩壊する。こんなはずはない。「私たちは聖域の住人なのだから」と「守られて然るべきなのだ」と。 凍りついた表情。いったい何がいけなかったのか。バリケードは壊された。それも周防家の長い歴史の中に侵入してきた一見紳士のような人物に。現場にいなかった周防夫人は「彼はまるで獰猛な獣のような鋭い目つき」をしていたと報告を受けた。連絡を受けた彼女は屋敷から一歩も出なかった。続いて知らされた瑠璃の事件。 この世には神はいないのか。神?周防家の神は邪神なのであろうか。それとも呪いの楔が効力を発揮し始めたのか。 どうしたらいいのか。跡取りである瑠璃と店と同時に失った。ソファに座りながら両手をきつく握りしめる。怒りを覚えながらも同時に天からの懲罰を恐れている。引き時なのか。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」86

剛は対峙している男の手が細かく震えているのを見てとる。彼が実際に手を下したのではないだろうが、何らかの陰謀に関わっているのは明白だった。指示系統かあるいは連絡系統か、いずれかの系統に関係しているに違いない。すると現実に命を下していたのは誰なのか。 「誰の指示で?」 「そ、それは、、」 男は事実を白日の元に晒すことで彼自身が消される可能性をおそらく思い浮かべているに違いない。別の意味での恐怖を肌で感じている様だった。 「怯えなくてもいいし、起きたことはどうにもできない」 押し当てていた銃口を剛は下げると銃をホルダーにしまい、近くに構えていた刑事を目で呼ぶ。彼は近づいてくると剛から銃を受け取る。 「悪かった。先ほどは」 「いいえ。事情は本部から聞いています。この後の処理は任せてください。事情はこの目の前の男が話してくれるでしょうから」 「わかった。では」 くるりと剛はまた美術商の男に顔を向けると今度は彼を詰問する。 「誰の指図だ?」 男は観念したのか事実を話そうと試みるが上手く言葉が出てこない。 「周防夫人なのか」 男は黙って深く頷く。 何もかもがはっきりと見えてくる。戦火の中で持ち出され運び去られた夫人にとっての宝物。宝物以上の何ものか。それに関わってしまった剛の父と母の死。全てを隠蔽しようとする強大な深い闇の圧力。圧力。圧力。それが何だっていうのだろうか。 壊して見せよう。聖域の住人が泥沼の悪の巣窟に潜んだ薄汚い連中であることを公にするのだ。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」85

剛の怒りの滲んだ鋭い視線に男はみじろぎもできず、その場に氷像の如く立ち尽くす。説明しようにも喉がカラカラに乾き、上手く言葉が出てこない。目の前の、先日まではただの上客だったこの若い男性は男の前に立ち塞がる。先ほどの銃は一体どこから入手したのだろう。掌に冷や汗をかきながら過去の亡霊が見え隠れするのを止めることができない。 そうだ。確かに戦後に「あの作品」を勤め始めた美術商で見つけたのは自身だ。作品の来歴が不自然に加工されていることに気づき、当時の社長に報告した。その時の、まだ現在の社長が専務だった時のことがはっきりと蘇ってくる。彼と社長と、そして将来の後継者である現在の社長と三人で内密に相談した。その時の社長の表情が凍りついていたのをよく覚えている。戦中の亡霊。作品には二つ名がついていた。 「どこにあるんだ?」 問い詰められても上手く答えることができない。作品の行方は現在の周防社長のみが知っている。口ごもる彼。 銃口が再度、今度は彼の額に押し当てられる。 「殺したのは誰だ」 「だ、誰って、誰を」 「俺の父親を」 全てのピースが一つの絵画を描き出す。不連続だった過去が次々と繋がっていく。 「篠田、、、藤木。心当たりがあるだろう?」 男は蒼白になる。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」84

飛び出した理沙に驚いた剛は咄嗟に銃口を上に向ける。深い夜の闇に銃声が響く。動いた拍子に理沙は横転し頭に傷をおう。流れ出す血液であたりは真っ赤に染まっていく。 「大丈夫。頭は切れると流血がひどい、、、だけだから」 駆け寄った剛に彼女は安心するよう促すと意識を失う。彼の両手は彼女から流れ出す血で染まっていく。彼の中で何かが平静さを取り戻す。崩れかけていた彼自身の魂がバランスを保ち始める。彼は彼女の両手をしっかりと握ると何か永遠に失われていたように思っていた暖かさを感じ、彼女の血が彼自身に流れ込んできているように感じる。彼女の血が彼の傷口で瘡蓋のように固まっていた血を洗い流し、傷つき沈黙を守っていた柔らかな人となりを蘇らせる。 大丈夫だから、、、彼女の言葉がこだまする。 遠くから救急車のサイレンが聞こえる。理沙はそのまま病院へ運ばれる。 件の従業員は目の前で起こったことに驚いて腑抜けになり地面にへたり込む。理沙を送り出した剛の冷たい凍りつくような視線が彼に注がれる。 「どこにあるんだ?例の作品は」 その言葉に衝撃を受け、男は剛が現れた、ことの真相に気づく。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」83

入店後、剛は父を殺害した人物の特定を急いだ。周防夫人に指図さえしていたあの人物が何か知っているに違いなかった。あるいは彼が犯人なのか。ちょうど店にいた古株の人間から事情聴取する。 突然踏み込んできた警察官と調査員に店の従業員はただただ驚愕するばかりで、裏口からこっそり逃げ出した件の人物を除いて、全員怯えていた。逃げ出した人物が関係している可能性があるとの証言を受け、剛は逃げた人物の後を追う。ただならぬ状況を感じていた理沙は剛を追ってきていて、彼に続いてその人物の後を追う。街の薄暗い路地裏で剛はその男性に追いつき、何かに突き動かされるように隠し持っていた銃に手をかける。 「待って!だめだよ、そんなことでは何も変わらない」 制止する理沙の声が遠くから響くように剛の耳に入る。彼は指先をゆっくりと動かしていく。 発砲音が夜の闇を切り裂く。理沙は突然、前に飛び出す。