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ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」33

 そんな状況の中、ある日、剛はさらに近づくために彼女を自分の家へ誘う。最初、彼女は躊躇していた。それは彼の周囲に漂う、秘密めいた、ある種ミステリアスな雰囲気のせいだった。パッと見のアメリカ人らしい陽気さとはどこかかけ離れていた。店で外国客を見慣れていた理沙にとって、それは少し奇妙なことでもあった。剛はオープンであり、秘密主義だった。そして、何かが彼女に軽い恐怖を感じさせていた。説明できない恐怖であり、男の、まるで何も恐れてはいないという態度によって引き起こされていた。そのため、彼女は、最初、おまけに相手が店の重要な顧客であることも手伝って、距離を取ろうとしていた。それを彼は、巧妙な、少し少年を思わせる手立てで、しかし強引に彼女を自分の思惑に巻き込んでいった。 そして彼女はその週末の翌朝、自身の家へ戻った。事は計画通りに運んだ。 アパートに戻ったその日の昼、理沙は剛の生活の状況が彼女に与えた奇妙な印象を思い返す。自身の、狭くてごちゃごちゃしているアパートの部屋と比べると、それはさらに際立って感じられた。日本に戻ってから、ある種の警戒心から観察ばかりしていたせいだろうか、彼女は様々な状況に敏感になっていた。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」32

 経営者が自ら気づく時には、それは心臓にまで達している。あるいは脳髄か。 ふと、こんな場所に理沙は不似合いだと余計なことを考える。彼女はこの会社のトーンとは異質で、悪く言えば浮いている。 そのうちに怒鳴るのも飽きたのか、夫人は秘書をせっついてジムの予約を確認する。 「はい、十一時です」 「じゃ、行ってくるわ。ついでに買い物して、食事してくるから、戻るのは四時位ね」 「かしこまりました。お車どういたしましょうか。あの」 「夜のこと?」 「はい」 「正面に、そうね、六時に」 「かしこまりました」 秘書はまるで米つきバッタのように一定の間隔で返事をする。その裏で経営者達がいなくなると手のひらを返したように、悪口三昧を他の社員と始める。 「っとに、自分達で何も出来ないんだから、うざったい」 「まあまあ、出て行ってくれてホッとしてるよ」 「ほーんと、よかった、あの程度で済んで」 先ほど怒鳴られていた女子社員がため息を吐く。 「ほんとにさー」 秘書がそれに同調する。 「お嬢さんだろ?」 「そ。昨日もさー、爪が割れちゃうだのなんだのって大騒ぎして、ばっかみたーい」 秘書はさも忌々しそうに息を吐く。 「あんたもさ、どうなってんだ?やつと」 「えー?なんのこと?」 彼女はしらばっくれる。 「この間もやつとずっと外出していたじゃないか」 「そうだっけかなあ」 「どこ行ってたんだ?」 「うるさいなあ。そんなことを口に出すと、いい?わかってると思うけど、私は社長のお気に入りだから、どうなるか」 「わるいわるい、ついね」 「言っとくけど、私は恐いんだからね」 「わかった、わかったよ」 よくある現代版お局様と言ったところかと、剛は苦笑いする。それにしても理沙の声はいつも殆ど聞こえない。彼女のいる方向からはパソコンのキーボードの音が微かに響いてくるだけだった。どうやら彼女はおしゃべりしている暇はないらしい。 その女性、理沙と剛は少しずつ親しくなっていく。食事の回数を重ね、彼女がフリーであることから次の段階に進みやすかった。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」31

その声は二つ。周防社長とその娘、、。剛はあの上品な仮面の裏に隠された狂気と残忍さの片鱗に触れる。彼らはなんら容赦すべき相手でもないのだ。この時、剛はそう感じた。そして、その怒鳴り声の合間に、明らかに怯えて縮み上がる社員達のひたすら謝っている掠れ声が混じっている。 「すみません、すみません。それはその、私の考えではないので。それはその、彼女の考えで」 どうやらその社員は自分のミスを他の人間になすりつけようとしている。そうされた他の社員は必死に抵抗している。 「いえ、私は関係ないです。そんなことは知りません、それは」 彼女も又スケープゴートを探しているようだ。それもそこに居ない人間にミスを転嫁しようとしている。 「用事で外出していますが、それは」 説明を聞くか聞かないかのうちに周防夫人の金切り声が響く。 「なんだっていいのよ!そんなことは!何回言ったらわかんのよ、あんた達は!余計なことはしなくていいって言ったはずよ!聞いてなかったの!?私に相談せずにふざけんじゃないわよ!勝手な考えで判断しないでちょうだい!わかってんの!?」 「は、はい!!」 「っとに」 どうやら周防夫人はストレスでも溜まっているのか、些細なミスを口実に怒鳴り続けている。まだ、奥底の怒りを吐き出し切ってはいないらしく、憤懣やるかたないといった調子で社員の謝罪を聞き入れる様子もない。状況を小耳にはさんだ剛は、これが噂に高い「日本式」の従業員操縦法かと皮肉まじりに鼻を鳴らす。こんなやり方では社員の能力を伸ばすどころではないだろう。逆に萎縮して本当のことなど口には出せまい。まるで口だけ「思ったことは何でも言っていいのだ」という革新派の仮面を被った田舎者の経営者のようだ。インターナショナルは粉飾だったのか。 こうやって仕事を続けている間に癌は確実に進行するのだ。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」30

 そうかと言えば、顧客と営業マンの投げやりな調子の会話が聞こえてくる。 「土地だって、株だって下がってんだからさ」 「まあ、ええ」 「だからどうにもなんないんですよ」 従業員の中には、どうやら美術品の作品を補修するための薬品を吸引しているらしい人物もいる。その人物がぶつぶつと独り言を言いながらフロアを行ったり来たりしている音が耳に入る。 「ったく、、、どうすればいいってんだよ、、、真面目に」 すれ違う他の社員がそれを耳にする。 「あの、何か言いました?」 「あ、いや、独り言独り言、気にしないでよ」 「はあ、まあ」 それらを象徴するように、空気が澱んでいるのか、時々、理沙の咳き込む音が聞こえてくる。どうやら、彼女は、タバコや薬品の匂いに対するアレルギーでもあるらしい。 そんな空気の濁った社内の雰囲気を引っ掻き回すような怒鳴り声が、時折響いてくる。 「おらー!何やってんだよう、さっさとしろよ!うすのろ!」 どうやら年配の社員が若い者をどやしつけているらしかった。 「こうすんだよ!この野郎!くそったれ!」 さしずめ英語で言えば、blockhead、ass、shit、fuck、、、フランス語だとmerde、cochon、con、、、いずれ劣らず下品な言葉使いをしている。日本の老舗ではこういう教育をするという見本の様なものだ。それらの言葉を抵抗無く受容すれば、やがて彼等もそれを自然だと思い、いずれ新たな社員にそれを適用するのだろう。伝統はこうして受け継がれるのだ。 それらの罵声に混じって、社長室からも時々耳をつんざく様ながなり声が聞こえてくる。