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ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」20

「何かお取りしましょうか」 「赤ワインを」 「少々お待ちください」 レストランのケータリングのテーブルに、グラスを取りに行く彼女の後ろ姿を見ながら、自分に一体何が起こったのかと、冷静になろうと剛は努めていた。 「どうぞ」 「ありがとう」 「先ほどは失礼いたしました」 「いえ、こちらこそ」 「ブレイク氏のお知り合いですか」 「ええ」 「お名刺だとアメリカの会社では重要なポストについておられて、経営に携わっているとか」 「まあ、そうです。でも」 「でも?」 言いながら、その女性は剛の方に真っ直ぐ大きな目を向ける。外国にいたのだろうか、そんな視線の持っていき方は確かに日本人らしくはない。先ほど、他の従業員が変わった女性だと言っていたが、この国の基準から見ればそうだろう。 「外国にいらっしゃったのですか?」 「ええ」 「どちらに」 「フランスです。パリに」 「どうりで」 「どうりで?」 「いえ、外国人と一緒にいても平気そうだと」 「彼等も同じ人間ですよ」 「まあ、そうですね」 「あなたは、アメリカからいらしたのですか?」 「そうです。今週の始めに。着いたばかりで」 「アメリカは、私、よくわからないけれど」 「行けばわかりますよ。それより、あなた、いえ、宇津木さんはこの店には長いのですか?」 「え?どうしてですか?」 「見ていると随分、上役の事を気にしているみたいでしたから」 「それは、その、私、ここには長くいる訳ではないですし、それに、変わってるって、会社では思われているみたいだし」 「でも外国語担当だから、重要なお仕事ですよね」 「まあ、そうですけれどね」 この時、剛は会社を探るのに、この女性が内部の人間として適当だと判断した。少なくとも、捜査に何らかの情報をもたらしてくれそうだと思った。おまけに近づきやすく、かつ業務が会社の中心に近く、かといって中心ではない。さらに海外との通信が担当らしいので、それもかつて欧米で失われた作品を探すという目的には好都合だった。 「理沙さんって呼んでいいですか?」 「え?あ、それは構いませんけれど」 「剛、でいいですよ」 「は?」 「いや、アメリカ人だから、私は。堅苦しいのは面倒なので」 「でも、お客様ですから」 「いや、滞在中に、たまにデートでもと思って」 「え?」 「いや、時々、お付き合い願えれば」 「はあ、、」 「作品を買う時は、周防...

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」19

 それから剛はその場を離れ、招待客をさらに観察することにした。状況から見れば、まず作家、そしてもちろん批評家、愛好家達、政治家、財界人、ビジネスマン、などありとあらゆる層から特別に選ばれた人々が招待されているらしい。あとは接客している従業員と、常に直立している補佐的な従業員たち。彼等は常に腕を前方で組んでいた。 そのため、従業員の顔と表情を区別し、理解し、記憶するのは容易いことだった。パーティーの2時間の間、誰がなんという人物なのか、名前と顔を一致させることに努めた。さらに各々の従業員の役割と関係に注意する必要があった。その中の誰が、あの35年前の事件に関わっているのか。 「35年?」 35歳の剛は、その時、この「35」が自分の年齢と同じであると、初めて何かの意味を持って認識した。 「35、ただの偶然だろうか、、?」 その35の年月が急に何か重要な意味を持って彼に重くのしかかってきた。長い間、特に考えたこともなかった。自分の年齢が何故、急激に自分の中で主張し始めたのか。それを意識した途端に、まるで時限爆弾が爆発した時のように、一瞬頭の中で強烈な光が走った。光の向こうに手を伸ばそうとすると、同時に恐怖が襲ってくる。恐怖は原始的で、理性など木っ端微塵になりそうだった。 「大丈夫ですか?何かお飲み物でも、、」 先程の通訳の女性、宇津木理沙が仕事を一通り終えたのか、いつの間にか側に立っていた。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」18

「あの女性はどういった社員なので」 通りがかった従業員に剛はそれとなく尋ねてみる。 「ああ、彼女は主に翻訳や海外との通信業務を行なっております」 先程のデスクを剛は思い浮かべる。 「通訳もおこなっているのでしょうか」 「そうですね。よろしければご紹介しましょうか?」 「いえ。本に、あれはサインをもらってるのでしょうか」 「ええ、今夜は海外の作家も来日しているので。彼女が通訳をしています」 「カタログですか、積んである書籍は」 「ええ。サインもご入用ですか。もらってきましょうか」  「いえ、並んでみますので、お構いなく」 外国とのやりとりに関係のある従業員だと分かった時から、彼女に近づく目的はただ一つだった。 その女性の前には、作家にサインを頼むために列が出来ていた。剛もその列になんでもないことの様に並んでいた。しばらくすると彼の番がやってくる。 「カタログを一部いただきたいのですが、私の名前、剛を書くようにお願いできますか?」 「苗字はいかがいたしましょうか」 「いえ、苗字は結構です」 「綴は、T,A,K...Oui, et date?」 「ええ。日付もお願いいたします」 剛は作家と目的の女性それぞれに名刺を渡す。 「私に?」 「ええ。彼の作品にちょっと興味があるものですから、後で、ご連絡を差し上げようと思っております。お値段とか知りたいので」 「伝言は周防夫人に伝えておきます。よろしいですか。彼女が海外作家の作品の販売を主に担当しているものですから。私は単なる通訳兼翻訳者なので」 「でもまだ買うとかそういう段階でもないので、少しあなたの話も聞きたいですし」 「そうおっしゃられても、周防夫人は私が販売に関与することを快く思わないので、夫人に紹介もかねて、、」 「夫人は私のことは知っていますから、紹介などは無用です。それと、あなたに頼みたいこともあるので」 「私にですか?」 「Quoi?」 突然、作家は大きな声を出す。 「Non, non, ce n'est rien, et..T, A, K...」 「もし、あなたに書類の翻訳を頼むのでしたらどうしたら」 「あの、すみません。無料で、ですか?その」 「お支払いはいたします」 「分かりました。でも、あまり多くのものは、、。いずれにしてもあなたは周防夫人のお客様なのですね?」 「ええ、それにブレイク氏の友人でもあ...

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」17

 美術商の内部の様子を綿密に目で計測すると、ハリス夫人から入手した図面にあった二階へ行く階段に目を留める。 「二階建てか」 剛は何気なく、階段を上ろうとして従業員らしき人物に引き止められる。 「どちらへ?」 「いえ、上にも何か展示してあるのかと」 「作品に興味がおありですか?」 「ええ」 「今日は当店は初めてですか?お見かけしたことがないようなので」 「ええ、初めてです」 「失礼ですが、どなたかのご紹介ですか?」 「ええ、ブレイク氏が当社の会長と懇意にしてまして」 「それは大変失礼いたしました」 「いえいえ、それよりも上には何か特別な作品でも?」 「そんなに多くのものは、、、よろしかったらご案内しましょうか」 「適当に見てみますので」 「どうぞご自由になさって下さい」 「今井さん、ちょっと」 「すみません。私、呼ばれたもので」 「いえ、お気になさらずに、ひとりで見ていますので」 「何かあれば遠慮なくおっしゃって下さい」 「ええ」 階段を上って行くと、上にも小振りの展示場がある。ひとり、ふたり、手にワイングラスを持った古美術の好きな客が、並んでいる作品を熱心に見つめている。他に二階に部屋はなさそうだったので、剛は下へ降りる。一階はどうやら幾つかの部屋に分かれていて、彼はスーツ姿にかこつけて、従業員の様な動きをしながら、それぞれの部屋を何気なく見て回る。 一つ目の部屋にはコピー機があり、ちょうど誰もいなかったため、資料の背表紙を調べ始めたが、人の気配がして諦める。続き部屋は、どうやら事務室のようで、より多くの資料が並んでいる。先ほどの人気を背後に感じ、ここも今日はじっくり見るのを諦める。それよりも大きな部屋は、扉にプライベイトの金文字が貼り付けてあり、部外者立ち入り禁止と明示してあった。彼はそこへも何気なく入って行く。コソコソとせずに堂々と入って行く。開けると誰もいなかった。今度は人の気配も感じられなかったので、適度に観察する。豪奢なコートが掛けてあるあたり、ここがどうやら周防家の執務の中心らしかった。 そこを素早く出ると、今度は奥を見る。予想通り、パソコンを操作する人物が二人ほど画面に向かっていた。一人はこちらに背を向けていて、剛には全く気付かず、もう一人も最初は気付いていなかった。相手の心を先読みするかのように、剛は機先を制した。 「すみません。あの、お手洗...

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」16

 「彼女はここのひとり娘だよ、後継者だ。紹介しようか?」 ブレイク氏にそう促されて、彼女に二人で近づいて行く。しかし、周辺には大勢の取り巻きがいて、話しかけるのも容易ではない。彼女がブレイク氏に気づいて近づいて来る。そのたっぷりとした上半身をダイエットでもしているのか細すぎる脚が支えている。 「Oh, Mr.Break, How are you?」 「Fine, and you?」 「I'm fine, thank you...」 笑いながら相手を見ているのか見ていないのかよくわからないような虚ろな視線を剛へ向ける。 「こちらの方は?」 「彼はハリス者の代表の親戚で、野上剛さんと言います」 「初めまして、野上です」 「初めまして、周防瑠璃です。日本へはお仕事で?」 「ええ、まあ、半年位の予定ですが」 「いいですねえ、アメリカは素敵なところですね」 「いちがいにそうとも言えませんが」 「色々とご苦労がおありで?」 「まあ、私はアメリカ生まれのアメリカ育ちですから、それほどは」 「それでは、ご安心ですね」 「野上さんには、その内にうちのパーティーに来てもらおうかしら」 「その前に私の家へ、皆さんをお招きしましょう。剛くんと瑠璃さんと」 「それは素敵ですわ、、、ぜひ」 その時、ちょうど取り巻きの一人がかなり大きな声で彼女を呼ぶ。 「わかってるわ。今行くから。ごめんなさいね。今日は、ゆっくりとお話もできなくて」 「いえいえ、あなたは今夜の主役のお一人ですから」 「すみません。今夜は、ぜひ、楽しんでらしてね」 「Hi! Mr.Break, How are you?」 「Excuse me」 知人に呼ばれたブレイク氏も周防瑠璃と共に遠ざかると、剛は周防恵里子の後ろ姿を一瞥する。 「夜の蝶に毒の華か、、」 その二人の姿を見ても、人いきれがする華麗なパーティー会場にいても、剛はものおじすることもなく、冷静な視線を投げかけていた。こういう場所はアメリカで既に慣れっこになっていた。 そして、ぐるりと辺りを見回す。