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ろまんくらぶ「仮面の天使」92

そう、踊ろう。踊って踊って何もかも忘れたい。茉莉はグラスを一気に空けるとフロアへ飛び出していく。激しいビートに体を乗せながらキラキラくるくる回り続ける。ピンク色のフレアのミニスカートがまるで桜の花びらのように強い光の中で浮き上がって見える。健のことも教授のこともきらめきの中に飛び散っていく。京子の赤いドレスは光を反射し華やかにスイングする。智子のミニドレスは強いスポットライトの下で太陽のように輝く。トライアングルの美しい彼女たちはどうしたって目立つ。3人の姿は物憂げな若い先ほどの男の目にも留まる。彼は少し離れたところで女と踊りながら、視線を茉莉たちへと向けていた。茉莉は男と目が合う。2〜3秒見つめ合った後、彼女はわざと興味なさそうに視線を逸らす。男はそのままバーカウンターに向かい、バーテンダーにテキーラを頼む。店員は彼の目の前にボトルとショットグラスを置き、ライムを添える。彼はボトルを手に取るとVIP席へ移動する。茉莉は見るともなく視線を泳がせ、彼を目でちょっと追う。男は手前の席に消えていく。カーテンで仕切られていて、外から中ははっきりとは見えない。 「茉莉、ねえ、茉莉ったら」 智子が声をかける。 「あ、うん」 「何か上の空、どした?」 「うん、ちょっとね」 「男でしょ」 京子は鋭い。 「茉莉ったら、さっきっから、ホラ、VIP席チラチラ見てる。なんかイケてる男が入っていったでしょ」 「え?そうなの、茉莉」 「あー、うん、ちょっと見てたけど」 「彼、結構いい線いってるじゃん」 「でも彼女がいるみたい」 茉莉は軽くため息を吐く。 京子と智子が思っているほど、茉莉はその男に興味があるわけでは実際はなかった。カッコイイのは認めるし、少し見ていたのは事実でも、それ以上の関心は今はなかった。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」91

その若い男は踊っていてもどこかだるそうで、でも、リズム感は良かった。華奢な体をしなやかに動かすと、時折情熱的な仕草を見せる。どうも一緒にいる女が彼にご執心なようで、ボディタッチを仕掛けながら熱い視線を送っている。彼はといえば、その女性の指先をひらひらと躱しながら、音に身を任せている。茉莉はそこに彼と彼女の隙間を見つけると、皮肉っぽく笑う。 健に夢中で安心しきっていた頃の自分をふと思い出し、メランコリーが襲ってくる。 「茉莉、どうしたの?なんか憂鬱そう」 「あ、ううん、何でも」 「もしかして元彼のこと?」 彼女の友人達は本当に恋愛のことには鋭い。 「うん、まあね」 茉莉も別に隠し立てはしない。 「忘れなよ。どうにもならないじゃん」 まさか、今、その元彼がよりを戻そうとして、ましてや一緒に住んでるなんて、そこまでは打ち明けられない。 「うん、忘れたい。てか、もう忘れた。ちょっと思い出しただけ」 以前の自分を忘れたいのに、彼に目の前をうろちょろされると困るから、茉莉はマンションへは帰りたくない。できるだけ顔を見たくないし、一緒にいたくなかった。 「ねえ、踊ろうよ」 京子が席を立つ。少しアンティークになったユーロビートにフロアが沸き立っている。

ろまんくらぶ「仮面の天使」90

茉莉はまたボンベイのソーダ割りを頼むとバーからフロアを少し眺める。 先ほどの金髪の男はもう他の女性に声をかけて一緒に踊っている。それを見ると茉莉はため息を吐く。 「誰でもいいんだ」 断ったけれど、何だかがっかりする。 「要するに好きとかではないんだよね」 少しふてくされる。 グラスに気をつけながら、茉莉はフロアの脇の通路をゆっくりと歩き、席へ戻る。友人2人は腰掛けていて、だるそうにしている。 「何飲んでんの?ともちん」 茉莉に言われて友人の智子はボブをかき上げる。細めの少し長いピアスが光る。 「ジャックダニエル。さっきとおんなじ」 「京子は?綺麗な色」 「テキーラサンライズだよ。甘いの飲みたくなったから」 京子は長いストレートの黒髪を揺らす。赤いドレスに艶めきが映える。 透明な液体のグラスをテーブルに置くと、茉莉はゆるくウェーブのかかったミディアムヘアを片手で後ろへたらす。 「でさー、見たよ。さっきの金髪」 「ああ、アレ?」 「結構イケメンじゃん」 「でももう他の女と踊ってる」 「あ、ホントだ。かっるー」 「ね。軽いよ。関わると面倒」 「だよねー。めんどくさ。女いっぱいいそう」 茉莉は面倒な恋愛に巻き込まれるのはごめんだった。ソファにもたれ友人と話している方が何倍も良かった。恋愛を面倒くさいとは思っていなかったけれど、面倒ごとに首を突っ込むのは嫌だった。お酒が回ってきて、踊る男女を眺めていると、さっきのバーカウンターにいた若い男がステップを踏んでいる。よく見るとその脇で彼に寄りかかりそうになっているミニスカートの女が見える。 「なんだ。彼女いるんだ」 茉莉はポツリとつぶやく。

ろまんくらぶ「仮面の天使」89

その若い男は少し長めの髪を明るく染め、目元は涼しげだった。ただどこかものうげでフロアをチラとも見ずにグラスを傾けていた。茉莉は遠慮なく、かなり不躾に彼を観察することができた。ダンスフロアを間に挟んでいて、彼の姿が踊る男女で時々見えなくなる。ふと彼女が飲み物を手に取ろうとしてテーブルに視線を落として再び顔を上げた時、もうバーに彼の姿はなかった。一瞬のことで少し夢を見ているようでもあった。 「また会えるといいな」 彼女はつぶやく。 「さてっと」 「踊ろう、ね」 「そうね」 3人は飲みかけのグラスをテーブルに置くと、次々とフロアに出ていく。ゆるいリズムの曲からアップテンポの曲に変わり、3人は輝きながらステップを踏む。熱気と赤いライトが混ざり合い、汗で肌が光って見えた。突然ライトが暗くなると、メロウで静かな曲が流れ始める。いつの間にか2人はテーブルに戻っていたのか、気づくと茉莉はフロアにひとり。そこへ少しシャープな印象の金髪の男が滑り込んでくる。 「踊らない?」 言われて茉莉は少し躊躇い、首を横に振るとフロアを離れ、バーへ向かう。彼女は押しつけられるのは嫌なのだ。 「自分で決めたい」 そう思うと寄ってくる男性を避けようとする。健も今は近づこうとしているけれど、それが彼女には煩わしかった。一度つけられた傷はそう簡単には消えない。