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ろまんくらぶ「仮面の天使」88

食事を終えると茉莉達はそれぞれ化粧室へと立っていく。メイクを念入りに直し、リップをくっきりはっきりとさせて唇をとんがらせる。 「さてっと」 「行きますか」 「いえい」 「お勘定お願いします」 「いつもありがとうございます」 「ごちそうさまあ」 「ごちっ」 「ごちそうさま」 3人はそれぞれキラキラした鮮やかなファッションに身を包み、高いヒールの音を響かせて、勢いよく店を出ていく。渋谷の少しくぐもったようなネオンが彼女達を包む。センター街の奥を右へ曲がり、ずっと道なりに行く。小さな路地を入ると右手にクラブが見えてくる。黒い壁にショッキングピンクとパープルカラーがロゴを形作っている。 入り口でIDチェックを済ませ、3人は店のカードを申し込み、チェックインを済ませる。少し大人っぽい雰囲気に早くもワクワク感が止まらない。店に入ると茉莉の頭の中からは健のカケラがどこかへ吹っ飛んでいってしまった。少々だらけた感じのリズムに体の動きがスムーズに溶け込んでいく。 彼女達は早速バーへ向かい、煌めくボトルの群れに迎えられる。 「何にする?」 「あたしテキーラ、ソーダ割り」 「じゃ、あたしはバーボン。えーっとジャックダニエル、水割り」 「それからジン。ボンベイのソーダ割り」 「かしこまりました」 3人は注文を済ませるとバーのカウンターから離れ、席を探す。店員が彼女達を見て、気を効かせて案内してくれる。 「ありがと」 「やったね。いい席」 3人はソファー席のテーブルに飲み物を置き、体をクッションに沈ませる。夜は長い。何も焦ることはない。茉莉はフロアーで酔って踊っている男女を見るともなく見ている。ふと、また、健のコト、教授のコトを思う。そうだ、何も彼らに決めなくてもいいんだ。そう思うとフロアーの向こうのバーカウンターで肘をついているソフトな雰囲気の男性に目をやる。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」87

だいたい教授のことを自分がどう思っているのか茉莉は実際よくわからなかった。甘えたり、お小遣いをもらったり、色々と相談にのってもらったり、、。そんなに深くない関係で、2人がずっと一緒にいることもなかった。こういう関係をなんて言うんだろうなあ、と茉莉はぼんやりと考える。 「ねえねえ、茉莉ったら」 「何だかぼうっとしてるね」 「あ、ごめんごめん、ちょっとね」 「悩み事?」 「ううん、そんなんじゃないの」 「なら良かった。まさか勉強疲れとか?」 「まっさかあ」 茉莉が友人達ときゃらきゃらご飯を食べている頃、彼女が待っているのではないかと、健は足取りも軽くマンションの扉を開く。 「茉莉、ま〜りちゃん」 ちょっとふざけた口調で彼女のことを呼ぶ。マンションは静まりかえっていて物音ひとつしない。 「まさか、寝てるのかな?」 彼はあんまり足音を立てないように廊下を歩いて彼女の部屋へ行く。嬉しそうにドアを開けるけれど、彼女の姿がないので、がっかりする。どうやら彼女はまだ帰っていないようだと彼は悟る。 「ま、いっか。きっともうすぐ玄関の音がするだろうから」 鞄を居間に放り出すと、さっと着替えて、早速彼は調理にかかる。茉莉が帰ってきてから揚げればいいけれど、下ごしらえはしておこうと、キッチンでゴソゴソ始める。 まず揚げ物を準備しようと、ステンレスのバットにパン粉を広げる。それから小麦粉と溶き卵を準備すると、買ってきた豚肉をまな板の上に乗せる。少し叩いて塩胡椒をすると、小麦粉をはたき卵に潜らせる。パン粉を丁寧につけるとバットに並べ冷蔵庫にねかせる。それからキャベツを刻み、トマトを添え、にんじんを散らす。味噌汁も作ろうとワカメを水につけ、豆腐とネギも切っておく。作り立てが美味しいだろうと材料をバットに並べこれにもラップをかける。あとはお漬物を切って小皿に盛り付ける。 「さてっと」 気づくと時刻は8時近くになっている。 「遅いなあ」 健はだんだん心配になってくる。 時計の音がコチコチ響いてそれが耳につき始める。

ろまんくらぶ「仮面の天使」86

 健のことをふと思ったその気持ちを打ち消そうと、茉莉はビールを追加する。 「もう一杯、同じもの」 「かしこまりました」 「茉莉ったら飛ばし過ぎじゃない?」 「いいのいいの」 運ばれて来たグラスに口をつけ、茉莉は勢いよく飲み始める。そのうちに頼んだ料理が運ばれてきてテーブルは一気に賑やかになる。 「美味しいね、このクラゲの前菜」 「ちょっとピリ辛ね」 「ピータンもいける」 「ねえねえ、紹興酒頼む?」 「いいねいいね」 「ボトルで?」 「いっちゃえ」 3人は紹興酒をボトルで頼む。 「カンパーイ」 「カンパイ」 「ぐいっと」 そのうちに肉料理も魚介料理も運ばれて来て、3人はかなりの勢いで食べ続ける。 「ねね。茉莉って教授とできてるの?」 「え?」 「噂になってるみたい」 「まっさかあ」 茉莉は否定する。2人の仲はあくまで非公式だった。大学の教授と学生の恋愛なんて聞く人によっては眉をひそめる。 「どんな噂?」 「何だか2人が喫茶店で親しそうに話してたって」 「ああ、それ。だって先生が教授室じゃなくて、ちょっと息抜きに外でコーヒー飲みたいって言ったから。論文の相談だよ」 「なんだあ」 「それ以上はナイナイ」 茉莉はうそぶく。あんまり大学で2人が付き合っていることを大っぴらにする気はなかった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」85

そんな浮かれた健の気分は長くは続かないだろうなあと空で天使が難しい顔をしている。この際だから茉莉の心の痛みを彼にもしばらく味わってもらおうと杖をいじくる。 夜の闇が落ちかかってくる頃、茉莉達は渋谷に着いた。メトロで30分だから大学からそう遠くはない。渋谷に着くと百貨店の会員制のドレッシングルームへ足を運ぶ。いつものようにそれぞれ一層派手なドレスに着替えると、お化粧を念入りに直し始める。 「ねえねえ、見て、これ新色」 「いいじゃん。ケバい。ついでにラメもつけたら?」 「オッケー。ラメもいっちゃえ」 友人の1人はラメ入りの頬紅を軽くはたく。キラキラ感が彼女達の夜を楽しいものにする。 「じゃ、完了」 「ばっちしだね」 「そんではまずご飯行こう」 「うん。お腹ぺこぺこ」 教授からのお小遣いが残っている茉莉のお財布はまだあったかかったから、今夜はふたりにおごっちゃえと彼女は張り切る。 「らっしゃいませー、まいど」 行きつけの中国料理店に茉莉と友人達は勢い良く入って行く。 「生みっつ」 「はいよ」 3人はまず景気づけにビールを頼む。 「カンパーイ」 「チアーズ」 「イエイ」 ごくごくと勢いよく黄金色の液体を流し込む。 「うんまーい」 「ほんとほんと」 「最高だね、やっぱ」 「ご注文はお決まりで」 店員がやってくる。 「まずこれこれ。前菜三種盛り、え〜っとそれから小龍包6つ」 「6つ入りね」 「そうそう」 「いっぱい食べたい」 「それから焼き餃子6つ入り」 「えーっと、それから海鮮炒めでしょ、それから」 「野菜もとろうよ、これは?」 「空芯菜炒め、いいかも」 「それと牛肉と筍のこれ」 「あとピータンも」 「とりあえず以上で」 「かしこまりました」 沢山注文して3人は満足そうだった。ビールもちょっと回ってきて気分は上々だった。 ふと茉莉は健は今頃、まだ仕事だろうなあと思い、怒った自分の気持ちを打ち消すように頭を震わせる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」84

「今日は早仕舞い。もし残りたい場合は残ってもいいけど、タイムカードきちんと押してね。残業代払うので。あと鍵の管理よろしく」 「社長、何だかウキウキしてませんか?」 「ほんと。今日は様子が変だった」 「何かあったんでしょ」 スタッフは口々に健をはやしたてる。そんなに浮ついた様子だったのかと彼はどぎまぎする。茉莉が自分のもとに戻ってきたことに彼は嬉しさを隠しきれない。本当の意味で戻ってきたとは言えないはずなのに、彼は喜びのあまり彼女の悩みが理解できていない。 会社を出ると車で来ていないので健はメトロで少し行って、百貨店に立ち寄る。最近話題のエクレアを茉莉のために買って帰ろうと奮発する。 「フランボワーズふたつとショコラふたつ」 「かしこまりました」 フランボワーズの綺麗な色がかつて茉莉がつけていた可愛らしいピンク色の口紅のようだと彼は感じる。甘酸っぱい香りがふんわりと漂う。 「お待たせいたしました。フランボワーズふたつとショコラふたつですね」 「ええ」 会計をすませ、お菓子の箱を受け取ると彼の足取りも軽くなる。あとはスーパーに寄って今晩のメニューの材料を買って帰ろうと少し平静になる。途中、人にぶつかりそうになったが、素早い動きでかわし、何だか身のこなしも軽い。 メトロで家の近所まで戻ると彼はスーパーに入る。手にカゴを持ち、生肉売場の角にある店を覗く。今夜は特別だから、パックのお肉ではなく、ショーケースの中の肉を品定めする。 「これ、これください。鹿児島産の」 「かしこまりました」 健は少し高めのロース肉を頼む。今夜はヒレカツをあげて、茉莉にたくさん食べさせようとはりきる。痩せてしまっている彼女を以前のように少しふっくらとさせたかった。生肉売場を離れると次は青果売場へ行き、キャベツやトマトを選ぶ。野菜も沢山食べてもらおうと、つやのいい新鮮なものを選ぶ。 「ソースあったっけ?いいや、足りないと困るから、買おう」 色々選んでいると何だか楽しいと健はまるで新婚の夫のような気持ちになる。周囲から見ていると何だか浮かれすぎではないかと言われるかもしれない。