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ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」24

 剛が選んだそのフランス料理店へ、昼間から行くのは多少抵抗があった。赤っぽいベルベットの内装で、ビジネスランチというよりは、何か密会でもしているようだった。その店の一番奥の、まるで、逃げるのを妨げるような席に案内される。おまけに彼女は壁側に座らされて、身動きが取れない。何か、そんなふうに有無を言わさずに追い詰めてくるこの男性に対し、理沙は少し恐怖を覚えた。剛はそれを素早く察知して、言葉で相手の緊張を緩和させようとする。 「怖がらなくていいよ、別に」 「あの、いえ、そのような」 「真面目な話があったので、わざわざこういう店に来たんだから」 「は、はあ」 その時、しっかりした動作のウェイターがテーブルに近づいてくる。 「ご注文はお決まりでしょうか」 「そうだね。この、鴨料理のAコースをふたつ。それと、そうだな、このワイン、シャンベルタンのこちらを」 理沙はワインの銘柄と年代を聞くと、少々気まずくなる。何でビジネスランチに、そんな高いものを頼むのか理解できない。相手は、そんな彼女の視線に気づく。 「どうした?」 「いえ、別に」 彼女は相手が店の重要な顧客で、ブレイク氏の知人だと思うと、下手なことは言えないと口を噤む。それがわかると剛は、割合、単刀直入に馴れ馴れしい口調で質問してくる。設定された立場を利用しない手はない。 「彼氏、いるの?」 「え?あの、いませんけど、今は」 「いないんなら俺と付き合わない?」 「あなたと?えっと何で?」 「何でも」 「釣り合わないです。どう見たって、富豪のご子息が、こんな貧乏くさい通訳と」 「まあ、ちょっと興味持ったから」 「興味ったって、、、私は、その、あなたにそういう関心はないですし」 そう言ってしまって、彼女はしまったと口を閉じる。自分に割と自信のあった剛は、そう言われると逆にひっかかった。 「付き合ってみればいいんじゃない?」 「そんな、私、今はそんな暇ないです」 「ちょっとくらい、いいんじゃないのかな」 「だって、、、めんどくさい」 「めんどくさいって」 「すみません。その」 「どうして?」 「男性と付き合うと世話がやけるし、、、もう、いいかなって」 「何かあったわけ?過去に」 「あの、そんなこと、あなたに言いたくはないです、とにかく」 「わかったよ。じゃあ、たまに食事ってのはどうかな」 「その位なら、いいですけれど」 「...

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」23

しかし、会社もリストラが進み、残った者も辞めさせられた人々の分のつけを払わなければならない。いくら早く仕上げても、どうせ賃金は平行線だと思うと、今ひとつ理沙のやる気も失せる。所詮身内優先の会社で、全くの外部の人間にはたいした支払いはないのだから。先日も、まるで仕事をしている様子もないアルバイトよりも賃金が安いことを知ったばかりだった。ただその人物は周防瑠璃の友人なのだった。  おまけに妙な客からのアプローチのことを考えると頭痛がしてくる。あんなイタリアのブランド物で全身を固めた感じの男性とは住む世界が違うと、彼女は最初から線を引いていた。トラブルはごめんだと、忙しすぎるせいか、気持ちのゆとりは全くといっていい程なくなっていた。反動で、昼休みになると、全身から力が抜けてしまうような虚脱感に襲われる。それにたとえいくら良さそうに思えたとしても、客は客だった。 時計を見るともう12時を回っている。あと30分で、どの位こなせるだろうか。そう計算しながら、彼女は必死にパソコンのキーを叩く。 サザンテラスビルの一階ロビーに着いた頃には、もう一時を十分も過ぎていた。慌ててそこへ駆けつけると、野上剛はすでにそこで待っていて、時計をしきりと気にしていた。その姿が目に飛び込んでくると、理沙は急いで、ドアを押す。 「申し訳ございません、お待たせしてしまって」 「いえいえ、こちらこそ、お呼びたてしてしまって」 意外にも待たされていた彼は、彼女が遅れたことを気にしながらも、怒っているという風でもなかった。それはでも、彼女には奇妙なことに思われた。普通、店のひょっとして将来のお得意様になるかもしれない、資産の有りそうなこういった人物は、待たされることが嫌いな場合が多かった。ましてや国際的な忙しいビジネスマンはなおさらそうだった。 彼女がすまなさそうな気持ちでいるのを見抜くと、剛はそこへつけ込むことにした。彼女の背中に半ば強引に手を回すと、さっさと自分の考えている店へ連れて行く。 「予約してあるから」 「え?あの」 「時間がないので」 「すみません」 彼が彼女を連れて行った店は、どこか薄暗かった。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」22

「はい、お電話かわりました。宇津木です。先日は、お越しいただきありがとうございます」 「いえいえ、それより、今日、ランチでもいかがでしょうか」 「今日ですか。あの、1時くらいでしたら」 「忙しいのかな」 馴れ馴れしい口調に理沙は面食らう。 「ええ、仕事が立て込んでいて」 「じゃあ、1時に。何処で待ち合わせしますか?」 「サザンテラスとかでしたら、レストランも色々ございますので」 「じゃあ、一階のロビーで」 「ええ」 「何か食べたいものはある?」 「ええと、その時に決めるのは駄目でしょうか。その」 急なことなのでという言葉を理沙は飲み込む。 「いいですよ、それでも」 「それでは、一階で」 「待ってるよ」 「はい、、、それでは」 電話を切りながら、理沙は結構大きなため息を吐く。横に座っている上司が何事かと不審な顔をする。 「さてっと、、、仕事仕事」 彼女はさらにため息を吐く。 「どうかしたんですか?」 「いえ、別に」 「ため息ばかりですね」 「まあ、その、今週疲れていまして、すみません」 「気をつけないといけないですね」 「はい」 まさか、上司に、店の大切な顧客から食事に誘われたなどと、ペラペラ喋るわけにもいかない。上層部の耳にでも入ったら、ただ睨まれるだけだからだ。このクラスの客に、まだ入ったばかりの従業員が近づくのを、周防家の人々は好まない。 目の前に山積みになっている書類を見ると、なるべく早く処理しなくてはとパソコンのキーを叩く指を理沙は忙しなく動かす。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」21

 人いきれから抜け出し、裏の玄関口の側でスマホを取り出すと、先ほどの従業員が近づいてくる。 「おかえりですか?」 「ええ、やはり時差のせいでしょうか。少々疲れました」 「夫人に挨拶なさいますか?」 「いえ、まだブレイク氏がおりますし、他のお客様の相手でお忙しいでしょうから、今日はこれで」 「お車ですか?」 「ええ、運転手を呼びますので」 そう言うと、剛はすぐに来てくれるよう連絡する。 「今晩は少し冷えるようですね」 「そうですね」 「お迎えがすぐ来るとよろしいのですが」 そう、言い終わらない内に、会社の裏口に黒いベンツが横付けされ、運転席のウィンドウが下がった。中では眼鏡をかけ、白い手袋をした年輩の男性がハンドルを握っている。 「お待ちになりましたか?」 「いや、早かったね」 「今晩はお戻りになられますか?」 「そうしてくれ」 「かしこまりました」 後部座席のドアが開くと剛は乗り込む。店の従業員ひとりと軽く挨拶を交わす。ウィンドウが音も無く閉じると、黒光りのする重い車体はゆっくりと滑り出す。 車を見送りに出てきていた従業員は、剛が相当な地位の人間であると、身なりや、運転手の様子から判断する。それに、アメリカの匂いのする外見や身のこなしとはどこか違う、ある種の重厚な、底知れない雰囲気が周囲を威圧していた。どこか売買の世界からかけ離れたものだった。 その夜から二週間経っても、理沙から電話がかかってくることはなかった。彼女はどうやら剛に全く興味が無いようだった。女性に対してそれなりに自信があったため、そのことがなんとなく気に入らなかったものの、調査上そんなことを考える暇は剛にはなかった。彼女にはどうにか接近する必要があった。いずれ周防家に近づくにしても、外国語関係の情報を全て読み取っていく必要性があった。 それに、まさかとは思うものの、彼女が今回の作品の消失に関係がないかと言うと、断定はできなかった。何らかのことを知っている可能性も否定できなかった。 それを知るためには、彼女のプライベートに入り込む必要があったため、とにかく剛は自分から美術商に電話をかける。相手を警戒させないために、なるべく何気なさを装い、とにかく昼食に誘い出すことをまず考えた。 「はい、周防美術でございます。はい、宇津木ですね。少々お待ち下さい」 机の上の内線が鳴ると、ちょうど、理沙は次の書類の...