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ろまんくらぶ「仮面の天使」43

茉莉をやっとそのうちの1軒で見つける。そこは確かいろんな噂が裏では出ているところだった。気をつけないといけない場所だったため、健はとにかくごく普通の客を装う。クラブには最近行っていなかったが、それらしく見えるような格好をする。顔を晒したくはなかったので、あまり凝ったデザインではないサングラスをかけ、革のジャケットを着込み、なんとなくちょっとマスコミ関係者に見えるようにしてみる。店側は健をひと目見てすんなりと中へ入れる。健は目をつけられなように如才なく振る舞う。 彼はそこで確かに見つけた茉莉の様子が、あまりに以前と変わってしまっているので彼女を凝視する。顔は相変わらず童顔だが、化粧がキツくなり、派手なスーツを身につけている。髪はバッサリと切ってあり、肩よりも少し出るくらいの長さで、守が言っていたようにちょっと目には最初は茉莉とはわからなかった。おまけに確かに噂通り、男数人と一緒にいる。どうやら取り巻きらしい。彼女に気づかれないように健は様子を伺う。彼女は確かに深酒しているようで、ぼんやりしている。でも周囲にいる男性達をよく見ると、ほとんどの男性が茉莉よりも男達に興味を示しているのに気づく。彼等の服装は男っぽいというよりも華やかだ。その内のひとりが健の視線に気づき、よりにもよって健にウィンクする。茉莉は健に全く気づかない。よく見ると1人の男性が彼女の体に触れたりしているが、酒に酔っているせいなのか、彼女はそれには全く構っていない。 そのひとりを除いて、他の男性達はゲイなのではないかと健は悟り、少しほっとする。ただ、茉莉のその様子から、彼女がいわばちょっとキレたのがわかる。あんなにおとなしかった彼女は、まるでどこかへ行ってしまって、以前の雰囲気がどこにもないように見える。彼女のその荒れ方を見ると、全ては自身が引き起こしたことだと健は思い至る。

ろまんくらぶ「仮面の天使」42

真二は茉莉の同級生達とも顔見知りだったので、なんらかの話を聞くことができた。彼は彼等から聞いたクラブの名前をひとつひとつメモする。とにかく細部を聞き漏らさないように注意する。どうもその内の2〜3軒に茉莉は頻繁に出入りしているらしかった。それとどうもほとんど毎晩のようにクラブ通いをしているようだった。真二は疑問に思う。それじゃあ、いったいいつ、その教授と過ごしているんだろうか。彼は大きなため息を吐く。 健は真二から聞いたクラブのいくつかは知っていた。20代の頃はたまに出入りしていた。2〜3軒の内にどうも結構名前の通った悪名高いクラブが混じっていて不安な感じがする。 一方、健の弟の守は、最近できた彼女とクラブへ行くこともあった。偶然、行ったクラブで茉莉を見かける。初めは彼女とは気づかなかった。化粧は異様に濃いし、服装がまるで彼女らしくなかった。彼女はどうも、お酒を多量に飲んでいるらしかった。守はそれを見ると驚いて健に連絡する。でも健が店に来る頃には、彼女はもういなかった。守は見たことをとにかく話す。流石に心配になってくる。健、真二、守は協力して、とにかく茉莉を見かけたら、連絡を取り合うことにする。 茉莉が頻繁に出入りしているという3軒のクラブの内、2軒には守も真二もあまり近づきたくなかった。残りの1軒には何回か行ってみるが茉莉は見つからなかった。健は茉莉が出入りしている店をひとつひとつしらみつぶしに調べてみたが、彼女は捕まらない。仕方がないので、避けていた残りの2軒へ出向く。彼女をそこで見たくはなかった。彼女をそこで見かけなければいいと逃げていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」41

「俺は、、、俺は」 「ねえちゃんと連絡とってんのかよ」 「彼女は電話に出ない。週に何回もかけてるけど」 「バカヤロー。どうにかしてくれよ。俺、俺あんなねえちゃん見てらんないよ」 たまりかねた真二は酔った勢いで健に殴りかかる。健は茉莉の父親に殴られているつもりで、黙ってそうされている。真二は健が抵抗しないので、殴るのをやめる。健は床に座り込む。真二も床にぐったりする。またビールを飲む。健は唇を軽く切ったのか少し血が出ている。 「で、どうすんだよ。で?俺、このままじゃ何するかわからないよ?あんたも、その女も、俺のねえちゃん酷い目にあわせて」 健は真二の目を真っ直ぐに見る。 「俺、彼女と、、、婚約解消したけど、別れる気はないから、、。電話じゃ埒あかないんで、会いたいんだ」 「ねえちゃんの今住んでるとこ知ってんの?」 「いや、住所は全く知らない。教えてくれない」 真二はため息を吐く。流石に姉の居所は知っていた。 「恵比寿のマンションだよ。それも結構広い」 「そんな高いとこ?」 「だろ?そこ管理費だけでも相当するらしいから」 「そんな、彼女どうやって」 「たぶん、その例の教授が払ってるんじゃないかと」 「、、、」 「これ、結構面倒くさいよ。多分、この恵比寿のここ、俺は入りにくいよ」 「じゃ、どうしたら」 「、、、」 「あのさ、彼女どっか出入りしているとことか、ないの?」 「多分、噂じゃ、クラブとか出入りしているって、結構派手な、、。かなり、メチャクチャやってるって、、。俺、実をいうと知りたくない、何も」 「そのクラブの名前だけでもわかんないかな」 「調べてみるよ。噂は出てるから色々と。たぶん、一緒に行った友達とかいるらしいし」 「頼むよ。俺、捕まえるから」 「できんの?あんたに」 「俺、今回は別れる気はないよ」 「婚約解消したのに?」 「それは俺の親とか彼女の親とか、もうこれ以上介入させたくなかっただけだから。わかる?」 「うん、それはなんとなく」 「だから、どうしても調べてくれ」 「わかった。じゃ、必ずねえちゃんを捕まえるって約束してくれ」 「必ず」 「よし、約束だよ」

ろまんくらぶ「仮面の天使」40

「でもどうして誤解だってわかったのかな。姉ちゃんが正しいって」 「偶然その女の昔の男、っていうか、そいつが出てきて、俺にバレた。わざと茉莉に嫌がらせやってたって」 「何ソレ」 「つまり、俺と、その、ただ単にその女は金のために結婚したかったんで、茉莉が邪魔で、つまり」 「えー!?2人して、じゃあ、はめられたってわけ?えー!?なんで?」 「うるさいなあ、そんなに、怒鳴るなよ」 「えー!トロすぎるよ。ねーちゃん、また!?」 「俺も気づかなかった」 「えー!?あんたまで?うっそー、信じられない!ゲー」 真二はビールを飲んで、つまみを食べながら、スタジオで喚く。防音だから幸い外には聞こえない。 「ばっかじゃねーのお!?あんた達、一体いくつ!?」 健はいたたまれなくなる。 「で、ねえちゃんはぐれてるわけ?やっぱ、ちょっとおばかだ」 「やめてくれよ喚くのは」 健は頭をかく。 「俺は怒ってんの。ねえちゃんホントおバカだから。ちくしょう」 もう一本ビールの栓を開けると真二は一気飲みする。健は真二がいつになく激しく興奮するので呆気にとられる。 「で、あんたも何してんの?ねえちゃんとどうすんだよ、こんなことになって。どうしてくれるんだよ、ねえちゃんおかしくなっちゃったよ」 真二はじとっと健と睨む。

ろまんくらぶ「仮面の天使」39

真二は健と連絡を取るとスタジオに向かう。健はスタジオでの仕事を片付けると、ビールと食べるものを買ってくる。真二と話す必要があった。しばらくすると茉莉の弟がやってくるので食べ物をレンジで温める。テーブルに着くなり真二は話し始める。 「俺、ねーちゃんがおかしくなったって聞いたから大学で」 「ご両親は知ってる?」 「このことは知らない。とても言えない。言える内容じゃない」 「噂って?」 「ねーちゃん、大学の教授と付き合ってるって。それだけじゃなくて、今じゃ、他にも数人おかしな取り巻きがいるとか、それに」 「それに?」 「それに、なんだか酒の量がハンパないって」 「そんなに」 「そう。なんだか荒れてるって」 真二は少し黙ってから改めて口を開く。 「でさ、いったい何があったのさ、あんたとねえちゃんの間で」 「それは、今は言えない。言いたくない」 「そう。でも」 「俺が悪いんだ。俺が」 「あんたがどうして?」 「俺のせいだ。俺の」 「言ってくんなきゃ、俺、何もできないよ」 「秘密にしてくれるか?親達には」 「約束するよ」 「最初は単なる行き違いだった。でも」 「、、、」 「覚えてる?彼女が食欲がなかった時のこと」 「なんとなく覚えてるよ」 「彼女、何も言ってなかった?」 「特に何も」 「そう、、。あの時、俺に他の女がしつこくちょっかい出してきてて、、。俺は気づかなかったし、そんな気全くなかったのに、茉莉が、、。君の姉さんがどうも、その女に嫌がらせされていたらしくて、、。俺、全然知らなくて、、。で、茉莉はすごい焼きもちをやいて。少なくとも、俺の目にはそう映ったから」 「で、疲れた?」 「ちょっとね。だって、俺には、その、、、俺にちょっかい出してきてる女ってのは、俺にとって単なるスタッフだったし、なんで、茉莉がそこまで焼いて食事もしなくなるのか全くわかってなかった」 「で、煩わしくなった」 「ちょっとね。俺、ホントその女のこと分かってなかったから。で、それ以来少しずつ行き違いが酷くなっていって」 健の話に真二は理解を示す。 「いいよ。俺そういうの経験あるもん。そういうので一回別れたことあるし。勉強になんなかったから。他の女子学生とかと、論文の話してても、割り込んでくるし」 「でも、全部、誤解だったんだ」 健は深いため息を吐く。

ろまんくらぶ「仮面の天使」38

健は次の日、朝早くマンションへ戻ると、シャワーを浴びて着替えを済ませ、すぐスタジオへ向かう。途中ファストフード店で軽食をとり、とにかく今やっている仕事をしないといけないとスタジオへ閉じこもる。それにとにかく茉莉と話をしないとならない。茉莉のスマホへ、ほとんど週に2〜3回は連絡する。彼女はいつも不在で、すぐに留守電になるからメッセージを吹き込むしかない。彼女から返事が来ることはなく全く応じる気配もない。 茉莉は婚約を解消した時を境に荒れまくる。あまり飲めないお酒を潰れるまで週末に飲むようになる。付き合い始めた教授以外の男性とも関係を結ぼうとする。その内に安定剤が必要になり気分が定まらなくなる。どうせあの茉莉はもういないと、自分で過去の自己像を壊すように、いくところまでいってやれとメチャクチャやり出す。 彼は何遍も彼女に電話するが、相変わらず留守電になっている。たまにどうやら間違って電話に出掛かって、健と分かるとすぐに切る。彼は何か言うことも出来ない。 姉の噂が流れ始めて、弟の真二は狼狽える。真二の立場に今のところ影響はなかったが、流石に恥ずかしくなってくる。他の教授は彼女と付き合っている教授を揶揄して 「井上君にも困ったもんだね。君のお姉さんに手を出して」 とか 「君はお姉さんと違って大人しいねえ」 などと言われたりする。 真二はとにかく姉が心配になってくる。なんでこんなことになったのか、一体健との間に何があって、いつからあの2人の関係がおかしくなったのか、見当もつかない。真二は、あの大人しい姉が大学で噂になる程の悪女に豹変したのを知る。彼はその内に、他の学生から、 「お前の姉ちゃん、結構ヤバいことしてるってさ」 と聞かされる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」37

健はいつの間にか、相手の父親のそういう気持ちが分かるようになってきていたので、見ているのがつらかった。でもこれ以上2人の関係に親を介入させたくはなかった。 「私が娘をおっとりと育て過ぎたから、多分」 茉莉の母も自身を責める。 健の母はお酒と食事を運んでくる。 「飲みましょう、今夜は」 「うん、、」 「そうだね」 健の父は立ち上がると息子を手招きする。書斎に2人で閉じこもる。父は今の話に全く納得していない。 「お前、何か隠してないか今回」 「隠してるよ、いっぱい。でも話す気ないよ今は」 「そうか」 「これは、俺と茉莉の問題だから。もう、親にあれこれ言われたくない。親父には悪いし、あっちには悪いけど。母さんにも、彼女の母親にも、ホント悪いけど」 「お前、婚約は、解消するんだな?」 「ああ。俺は全部一旦ゼロにしたい」 「彼女のこと、、」 「俺、彼女への気持ちがなくなったわけじゃない。でも、とにかく、今以降、あまりこの問題に周りが関わって欲しくない」 「わかった」 健の父は了承する。 2人が書斎から出てくると他の家族は既に酔っている。その晩は、みんなぐったりするまで飲み続ける。

ろまんくらぶ「仮面の天使」36

健と茉莉の兄弟は話には加わらないことにする。余計なことを言えばただややこしくなるだけだった。健は自身の父に呼び出される。健は婚約を解消したことをとりあえず告げる。茉莉の父は 「娘がとんでもないことをした」 と泣いて詫びる。健は 「そうじゃないんです」 とまだ説明できる状況ではないためそれだけ言う。 「2人とも気持ちが離れてしまって」 とさしさわりのない嘘を吐く。 茉莉の父は詳しい説明を求めてくる。 「いつ頃から」 「えっと半年以上も前からで」 「どうして、何も言ってくれなかったんだ」 「その、、、彼女に、親が心配するから黙っていてくれって言われて」 健の父は黙っている。 「それで、俺も周りに迷惑かけたくなかったから」 健は付け加える。 2組の両親はいつの間にか健と茉莉の世界から、自分達が外されたのを知る。それは相手から疎外されたというより、茉莉と健が大人になったということだった。 「で、お前婚約解消したいのか」 健の父は尋ねる。 「もし彼女がそうしたいのなから、俺もその方がいいと思う」 茉莉の父は沈黙している。これで娘は2度も婚約破棄、、。どうして、育て方が悪かったのかと自身を責め始める。

ろまんくらぶ「仮面の天使」35

茉莉の実家では週末はまるでお通夜のようになっていた。彼女の弟の真二は事情を両親から詳しく聞く。姉のその話は、大学ではまだ噂にもなっていなかった。専攻も学年も違うので、姉が引っ越して以来、たまに廊下や学食ですれ違いうくらいで、真二は姉の化粧が少し濃くなったことと、髪を切ったことくらいしか知らなかった。茉莉はだいいち真二に悟られないように、極力普通に接していた。 「気づかなかったのか?」 父の問いかけに真二は首を縦にふる。 「うん。特に、髪を切ったことくらいしか」 「それ、いつ頃?」 「えっと、、、半年前くらいかな、たぶん」 「何で、それ言わなかった?」 「だって、別にたいしたことじゃないと思ったし、別に綺麗になって、それでいいかなって。俺には優しいし、、。大体、俺、姉ちゃんの見張りじゃないから。もう、いい加減にほっといたら?」 「何だ、お前まで」 「悪いけど、怒るんなら、俺もう話したくない」 父は少し引く。 「分かった。言いたいことがあるなら言ってくれ」 「だから、そうやって2人があんまり介入するから、姉ちゃん息苦しいんじゃないかって」 母はそれに同意する。 「多分そうかもね」 父は少し反論する。 「でも、でもそうだとしても、あの20万円もの料理は?」 「え!?ええ!20万円!?」 真二は流石に絶句する。ただごとじゃない。 「それに健くんと別れたって言っていた」 「えー!?まじ?」 「お前、何も知らなかったのか」 「俺、おれ」 「母さんもお前ものんびりしてるし、、。それと、その、大学教授と、その、何だ、付き合ってるって」 3人はさすがにどっと落ち込む。 「じゃ、そのお金、、、もしかして」 父は下を向くと涙ぐむ。絶対涙を見せることのなかった父の顔、、。真二は沈黙する。母は黙って沈んでいる。 「とにかく、こんなことになって、、、健くんのご両親にも連絡しないと」 ことがここに至って表沙汰になったので、2つの家族は集まる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」34

茉莉は毅然としていたが心の中で泣いていた。両親にはすまないと思っていたものの、もうあのかつての彼女はどこにもいないと自分で以前の自己像を振り払おうとしていた。 レストランに残された両親は唖然とする。彼等はおぼつかない足取りで店を出るとそのまま帰宅する。あまりに突然のことで何が何だかわからなかった。 今度は健が仕事中で家にはいない時間を見計らって、彼の家の電話の留守電にメッセージを残す。 「あ、私。両親には言ったから。じゃあ、バイバイ」 電話を切ると彼女は床に泣き崩れる。 これで、これであの私はもう死んだんだ。 そう思いながら、以前の茉莉が今の彼女の背後から覆い被さってくる。 「違うよ、、。私、まだ、いるよ、、」 そんなふうに彼女に言っているような気がした。