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ろまんくらぶ「仮面の天使」35

茉莉の実家では週末はまるでお通夜のようになっていた。彼女の弟の真二は事情を両親から詳しく聞く。姉のその話は、大学ではまだ噂にもなっていなかった。専攻も学年も違うので、姉が引っ越して以来、たまに廊下や学食ですれ違いうくらいで、真二は姉の化粧が少し濃くなったことと、髪を切ったことくらいしか知らなかった。茉莉はだいいち真二に悟られないように、極力普通に接していた。 「気づかなかったのか?」 父の問いかけに真二は首を縦にふる。 「うん。特に、髪を切ったことくらいしか」 「それ、いつ頃?」 「えっと、、、半年前くらいかな、たぶん」 「何で、それ言わなかった?」 「だって、別にたいしたことじゃないと思ったし、別に綺麗になって、それでいいかなって。俺には優しいし、、。大体、俺、姉ちゃんの見張りじゃないから。もう、いい加減にほっといたら?」 「何だ、お前まで」 「悪いけど、怒るんなら、俺もう話したくない」 父は少し引く。 「分かった。言いたいことがあるなら言ってくれ」 「だから、そうやって2人があんまり介入するから、姉ちゃん息苦しいんじゃないかって」 母はそれに同意する。 「多分そうかもね」 父は少し反論する。 「でも、でもそうだとしても、あの20万円もの料理は?」 「え!?ええ!20万円!?」 真二は流石に絶句する。ただごとじゃない。 「それに健くんと別れたって言っていた」 「えー!?まじ?」 「お前、何も知らなかったのか」 「俺、おれ」 「母さんもお前ものんびりしてるし、、。それと、その、大学教授と、その、何だ、付き合ってるって」 3人はさすがにどっと落ち込む。 「じゃ、そのお金、、、もしかして」 父は下を向くと涙ぐむ。絶対涙を見せることのなかった父の顔、、。真二は沈黙する。母は黙って沈んでいる。 「とにかく、こんなことになって、、、健くんのご両親にも連絡しないと」 ことがここに至って表沙汰になったので、2つの家族は集まる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」34

茉莉は毅然としていたが心の中で泣いていた。両親にはすまないと思っていたものの、もうあのかつての彼女はどこにもいないと自分で以前の自己像を振り払おうとしていた。 レストランに残された両親は唖然とする。彼等はおぼつかない足取りで店を出るとそのまま帰宅する。あまりに突然のことで何が何だかわからなかった。 今度は健が仕事中で家にはいない時間を見計らって、彼の家の電話の留守電にメッセージを残す。 「あ、私。両親には言ったから。じゃあ、バイバイ」 電話を切ると彼女は床に泣き崩れる。 これで、これであの私はもう死んだんだ。 そう思いながら、以前の茉莉が今の彼女の背後から覆い被さってくる。 「違うよ、、。私、まだ、いるよ、、」 そんなふうに彼女に言っているような気がした。

ろまんくらぶ「仮面の天使」33

 両親は、茉莉が大学の学業で忙しいとかで、電話ではしょっちゅう話してはいたものの、会うことがなかった。彼女の豹変ぶりに父と母はどうしたのかとオロオロし始める。そんな両親をよそに茉莉はとんでもなく高いコース料理を注文し始める。 これが、両親との最後の晩餐だから、と彼女は思っていた。 彼女は両親が女々しく大騒ぎするのがわかっていたので、これ以降会う気もなかった。彼女はうんざりしていた。健にも両親にも。幸せそうな人々。彼女は、 「私はもうそっち側の人間じゃない」 と勝手に決めていた。そう思いながら彼女はなかば両親を馬鹿にしたような態度を取り始める。 「私はいい子ちゃんじゃない」 父は娘のあまりの変貌ぶりに声が出てこなくなる。娘の姿をただ黙って凝視する。母はオロオロするだけだった。そんな彼等を茉莉は鼻先で笑う。笑いながら心の中では泣いていた。 食事が終わると彼女はタバコをふかし始め、トドメを刺す。 「私さ、大学のセンセと付き合ってるからさ」 まるではすっぱ女のような口をきき始める。 「でさ、あいつと、健と別れたからさ」 娘の突然の言葉に父は更なるショックを受ける。 「どうして、そんな、そんな何をいったい言い出すんだ」 「いいでしょ。 ば〜か」 父の頭に血が昇ってくる。 「何だその口のきき方は」 「だから、ば〜かっつってんの。ほっといてよもう」 父の両手は震えてくる。 「親に、親に向かって」 母は驚いて今にも椅子から転げ落ちそうな感じで怯えている。 「ちょっと前まで、あんなに可愛らしかったこの子が、いったいどうしちゃったの?」 彼女は混乱を隠せずに目をキョロキョロさせる。 父は今にも娘を殴りそうになる。それに気づいた母は必死で父を押さえる。両親のそんな様子をチラッと見ると茉莉は突然立ち上がる。 「じゃ、さよなら、チャオ!」 冷たい一瞥を投げるとそのままさっさと行ってしまう。レシートを手に取ると20万円近い食事代を払い、一度も振り向くことなく店を出て行く。

ろまんくらぶ「仮面の天使」32

引っ越したと連絡のあった日を境に、茉莉は全く連絡をしてこなくなった。健は、スタジオから恐る恐る連絡してみるが、家族は不在なのか誰も電話に出ない。考えると、彼は今となっては彼女の実家の電話しか知らない。彼女は彼に新しい住所も新しいスマホの番号も教えなかった。彼女の実家の留守電にメッセージを残しておいたが、健が仕事中で忙しい時間に、折り返し連絡があって、 「会いたくもないし、電話もしてこないで」 とかなりきっぱりとしたメッセージが彼の留守電サービスに残っていた。彼はそれを当然だと考え一旦は引き下がる。とにかく今回はどうしようもなくこじれそうだと予感する。とにかく会って直接説明しようと、健はまず茉莉に会う手段を模索する。 その週末に、茉莉は両親を呼び出す。彼女は店を決めて彼等を食事に招待する。2人は彼女に呼ばれていそいそと出かけて行ったが、彼女の姿を一目見て仰天する。2人は彼女が何故そんなに変わってしまったのか理由を必死で探ろうとする。髪が短くなっていただけではなく、以前のふわふわとしたレースの飾りのついたワンピースではなく、まるで父親の若い頃のようなイタリアブランドのスーツに身を包んでいた。それだけではなく化粧は相当キツく濃くなっていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」31

「でもお、この人文無し。私、一生養うの?こんなの」 「う〜んと、彼さえ良ければ仕事紹介するから」 言われて修二は急に表情が明るくなる。 「で、2度としないでよ、こんなこと。約束できる?」 「俺、約束する。絶対彼女にもうこんなことさせないから」 「で?君は?」 健の真剣な問いかけに渋々ながらも亜紀も約束する。 「わかったわ」 2人に有無を言わせないように健は2人をすぐ役所に連れて行き、入籍させる。修二は喜んで舞い上がっているが、亜紀はブツクサ言っている。健は亜紀には今まで通り仕事を続けてもらうことにした。ただ必要以上に遅く残らないようにさせた。修二にはシナリオ制作を依頼する。他にも声をかけてシナリオの関係者に紹介すると修二の収入の安定につなげる。 亜紀は、その日のごくごく遅くになって本心から本当に謝罪する。詫びられながらも健は相手をそれ以上責められないと感じている。健はただ単に茉莉への自分の愛情が不十分だったと痛感する。 皆が退社し、健は会社に1人残る。茉莉に対し、誤解していたことをすまないと思う。彼女にすぐに謝罪して、、。でもただ彼女はこの頃本当に全く連絡してこなくなった。その消息さえ、彼女が自宅を出た以上、よくわからなくなっていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」30

あの時、健は、茉莉が子供っぽくて嫉妬深くて仕事の邪魔になると、一方的に婚約を取り消したいと告げた。対して彼女は何も言わず、ただ黙ってしばらくひとりにしてくれとだけ告げると、居間で泣いていた。そのことを思うと、彼は彼女がそんなに子供ではないのはわかってきてはいた。未だにどちらの両親も何も知らないらしい。あの時、彼女は必死に気持ちを抑えていたのがわかる。見かけは子供っぽいが下手すると彼よりも実際は大人なのではないか。 「で?私どうなるの?」 亜紀の言葉に健は我に帰る。 「君は、この男のこと好きなのか?」 「え?え?私、、」 亜紀は修二をちらっと見る。男は下を向いている。 「私、私は、、。まあ、こいつだけだから、こんな悪い私にずっと付き合ってくれているのは。そりゃ、ちょっとは」 「じゃあ、君さ、俺の言う条件に同意してくれたら今後のこと考えてみるよ」 「条件ったって」 「じゃなきゃ、俺、詐欺で訴えちゃおうかな」 「そんな、大袈裟な」 「大袈裟じゃないよ。俺、茉莉とは正式に婚約していたから」 修二はビクッとなる。 「で、条件って?」 「君がこいつとすぐ結婚すること」 「えー!?こいつと?」 「そうしたら、俺は君の仕事、今のままにしておくよ。それとこういう事は2度とやらないこと。じゃなきゃ」 健は少し脅かすような声音になる。修二は顔色が悪くなる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」29

健の言葉に亜紀は一言も何も言えなかった。 「で?君はどうしたいの?君たちは」 「、、、」 亜紀は修二をじろりと睨む。 「ま、そこに座ってよ、2人とも」 「、、、」 「俺と茉莉は馬鹿だって?」 「、、、」 亜紀はまた修二を睨む。 「コーヒーでも飲む?」 スタジオの隅にあるドリンクコーナーで健は3人分のコーヒーをいれる。 「俺としては話を聞いてから処分を決めるよ。話さなければわかるでしょ、どうなるか。こういうことは仕事の邪魔になるから」 「バレてんなら話すわよ」 一旦こうなると亜紀はまたペラペラと話し出す。いい条件で結婚したかったし、健の持っている将来性のありそうな、ネットテレビの世界で、それなりの地位が欲しかったし、おまけに家もある。だから茉莉を適当に追い払うために挑発したり小細工したり、、、思惑通り、健は茉莉を嫉妬深い女として、子供扱いして遠ざけた。茉莉みたいな箱入り娘はたいしたことはないと亜紀は臆面もなく言い放つ。 聞いていた健は呆れて、こんな女をこの修二とかいう男は愛しているのかとため息を吐く。修二はちょっと恥ずかしいのか下を向いている。 「で?」 亜紀もため息を吐く。 「だから、あんたと関係した朝も、ちゃんとあの茉莉にわかるようにしたのよ。彼女が来てこっち見るまでベランダにいたよ。私、あんたの電話、盗み聞きして、彼女が来るってわかってたから。彼女はだから知ってる。あんたと私が寝たんじゃないかって」 茉莉が一言もそんなことは言わなかったのを健は思い出す。彼女がかすかに震えていたことも。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」28

「俺?俺は今ドラマってーか演技やってるけど、あとはバイトかなあ」 健は修二をそんなに嫌なやつではないと感じる。 「ちょっとさ、俺と来てくんない?」 「あ、でも俺、もしあんたと会ってこんな話してたこと亜紀にバレるとめっちゃやばいから」 「いいから。そうならない方法があるから」 健は修二をスタジオへ案内する。 「君さ、ドラマとか書ける?」 「俺?あ、まあ、基礎は習得してあるから少しなら」 「今どのくらい反響あるのかな。というか人気ある?」 「う〜んとまあぼちぼちかな。アングラだから。若い奴には結構気に入られているけど生々しくっていいって」 話を聞いて健は考え込む。 亜紀は健と修二が一緒にスタジオに入ってきたので仰天する。健は彼女に向かって冷たく強い口調で言い放つ。 「バレてるよ、全部」

ろまんくらぶ「仮面の天使」27

 修二は話を続ける。 「亜紀ってさ、そういう手管が上手いから。だいたいやつってちょっとボーイッシュで、さっぱりしてそうだから、俺も含めて男ってやつはすぐ彼女のこと信じてさ。だから大抵の彼氏って自分の付き合っている彼女のことやきもち焼きって勘違いする。実際には、亜紀が割り込んできて男取っちゃうんだけどね。でさ、割り込まれた女は大抵泣き寝入りでひどい目にあうんだよ」 「なんでそこまですんの?」 「ま、亜紀はすんげーエゴイストだから。そうやって彼氏乗り換えながら利用してのしあがってきたから」 健はそこでツッコミを入れる。 「で?君は?」 修二は知らず知らずの内に表情がちょっと真剣になる。 「俺は、、、俺は単なるチンピラ。だけど、その俺だけだよ、ずっと、その」 彼は少し頬を紅潮させる。 「その、、、ずっと愛してるからさ、俺は。何があってもやつがどんなにひどい人間でも、、、俺は側にいるから」 それを聞いて健は急に自分がこの目の前の男よりも下になった気がする。一見チンピラ風の修二は健よりもよっぽど女性の愛し方を知っているようだった。健は、茉莉をふって振り回し、婚約してたにも関わらず、またふって、、。彼は自分の愛がいかにも薄っぺらに感じてくる。 「で?君はどうしたいのこれから」 健は自分がこれからどう問題を解決するのかもはっきりしないまま、ただ修二が本当に望んでいることを探り出そうとする。

ろまんくらぶ「仮面の天使」26

そうこうしている内に、健は亜紀の周辺に以前見かけた、彼女の前の男、修二がうろついているのに気づく。一回は健と亜紀が帰ろうとしていた時にやってくる。亜紀は悪態をつき 「ほっといて行きましょ」 と冷たくあしらう。その修二を健は別の時に、スタジオの外で見かけると捕まえる。最初、修二は逃げようとしたが、どうやら健が自分を敵視しているわけではないことに気づき、健の目配せに応じる。2人はスタジオから少し離れたところにあるカフェに入る。飲み物を頼むと健は修二に尋ねる。 「あのさ、あんたなんでウロウロしてんの?亜紀と付き合っていたけれど別れたって聞いたけれど、ぶっちゃけどうなの?」 「え〜。そ〜だけどさ。亜紀のやつまた俺に電話してきたし、それに」 修二は亜紀に対して半分腹が立っていたので彼女の意思を無視して喋り始める。 「彼女、あんたと結婚したら、また俺とより戻すって言ってたからさ」 「え?より戻すって、、」 「だから、あんたは亜紀に利用されてんの。家持ってるし、経営者だし。ほら、俺とは遊び仲間だし」 「つまり?」 「騙されてんの最初から。だからその」 実際、修二は亜紀にかなり入れ込んでいたので健と彼女の関係を壊しにかかる。健にはだいぶ事情がわかってきていた。わかると同時にすぐ茉莉に合わないとと強く感じる。でないと彼女に完全に逃げられる。 「あんたのその茉莉っていう婚約者」 「彼女が何か?」 「だからさ、彼女、亜紀に挑発でもされたんじゃないの?わざと」 「一体、、、いつ?」 「え?あんた気づいてないんだ」 「、、、」 「だからさ、亜紀のいつもの手だよ。目的の男には友人っぽいフリをして近づき、その男に女がいたら、その女にだけわかるように嫌がらせしたり、見せつけたり、、、女の前でその男の体触ったり、意味ありげににやにやしたり、わざと一緒に仕事で遅くなったり 、、、もっと色々あるよ」 口を開き始めると修二は、我慢していたのか亜紀の手口をペラペラと喋り始める。彼の話を聞いていた健はそんなことがあっただろうかと記憶を必死になってたぐる。