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ろまんくらぶ「仮面の天使」83

ランチを済ませてからの午後の授業は眠いものだった。それでも茉莉は必死になって授業を聞いていた。せめて成績だけでもどうにかしないと、恋愛がうまくいっていないので、悲しすぎると感じていた。明日は教授と食事だけれど、世の中の風潮だとそれもおおっぴらにはできなかった。何だかそんな関係も彼女にとっては窮屈な面もあった。それにしても教授のことをどう思っているのかと彼女は自問自答する。 午後一番の授業が終わると次の授業は休講だったので、茉莉は大学のカフェにまた立ち寄る。窓際の静かな席でひとり、読書に専念しようと思っていた。それにしてもカフェは賑やかで、学生達が無邪気に笑い声をあげていた。独り茉莉は変わってしまった自分を寂しく感じていた。あんなに何も考えずに笑えたら幸せだと、以前の自分はそうだったと思う。今はややこしい恋愛関係に手を染め、自分を傷つけた相手に近くに来られて、どうしたらいいのかわからなかった。 そんな茉莉の悩みを健はどうやって解決して、また彼女の気持ちをほぐしていくのか。彼女の方が愛情問題で先へ進んでしまったことに彼は気づいていなかった。 午後の柔らかな光が茉莉の背中を温めると、彼女はうとうととし始める。本を開いたまま、いつの間にかカフェのテーブルで眠ってしまった。彼女の後ろにはまだ天使がいるようで、仮面の下の純粋な彼女を見守っているようだった。 「茉莉、、、茉莉」 呼ばれて彼女ははっと目を覚ます。 「あ、私、、、今何時?」 「もう5時だよ」 「2時間も寝ちゃった」 「渋谷行く?」 「だね。まずご飯」 「お腹空いたね」 ふたりがおしゃべりしていると、もうひとりがやってくる。 「まったあ?」 「大丈夫。今来たとこ。茉莉ったら寝ちゃってた」 「何だかうとうとしてた」 「じゃ、いこ」 3人は連れ立ってカフェを出ていく。暮れかかった光が彼女達に夜の匂いを運んでくる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」82

そうは言うものの狭い研究室に茉莉と2人きりになると、教授の気持ちは揺らいでくる。何も無理して今別れることはないのではないかと悪魔がこっそりと耳打ちしてくる。彼女の甘い香りがその想いに拍車をかける。こんなに可愛い女子学生と未だ悪くない状況なのだから、健と真二が何を言おうと構わないのではないかと心がぐらつく。 またぼんやりしていたのだろう。教授の夢想を破るように茉莉が声をかける。 「ねえねえ、ほんっと今日変だよ。ぼーっとしすぎ」 「悪かったね。じゃあ、人が来るといけないから」 「はーい。じゃ、明日ね。きっとね」 「じゃ、6時に喫茶店で」 彼と彼女は行きつけの店で待ち合わせする約束をする。 茉莉が部屋を出ていくと、教授はほっとする。彼女を好きな気持ちがむくむくと頭をもたげてきて、息が詰まりそうだった。別れる約束をあの2人としたことで、心臓がどうにかなりそうだった。切ない気持ちと辛い気持ちが彼が仕事に向かうのを邪魔する。 教授の部屋を出ると茉莉は鼻歌を歌っている。今夜のクラブや明日のレストラン、2つの楽しみができて彼女はご機嫌なのだった。彼女の頭の中はできたら健とのことは保留にして考えたくないという思いでいっぱいだった。健との関係を修復する気は今はさらさらなかったから、後はどうやって彼をかわすかが当面の問題だった。とにかく夜一緒になることは避けたかった。 そんな彼女の気持ちを健はよく分かっておらず、相変わらず能天気に晩ご飯のことを考えていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」81

コンコンっと茉莉はドアをノックする。 「どうぞ」 教授の声がする。不用心にも彼は即答してしまった。まさか彼女が部屋に来るとは思っていなかった。 「やっほー」 彼女は悪びれずにすたすたと入室する。さすがにドアを閉め、ちょっとだけ教授の様子をうかがう。 「誰もいないよね」 思いがけず彼女が来たことで彼は激しく動揺する。彼女にはもう2度と会ってはいけないと思っていたから、メールにも返信はしなかった。 「ねえねえ、どうして返事くれなかったの?」 彼女に問い詰められると彼は答えに窮する。 「いや、その、ちょっと調子が悪くて」 「だと思った。だから来ちゃった。具合でも悪いのかなって」 健と真二が教授に茉莉と会わないように頼みに来ていたことをどうやら彼女は知らないらしい。 「ねえねえ」 彼女のねえねえに彼はたじろぐ。また何かどこかへ連れて行けとかそういうことだろう。 「ねえねえ、今度フランス料理行こうよ」 ホラ来た。もう2人でどこかへ行ってはいけないと彼女にどうやって説明したらいいのだろう。健くんとやらが本命の彼なのだろう。引き際を考えないとならないと教授は思う。ぼんやりしていると茉莉がはっぱをかける。 「どうしたの?ぼんやりしちゃって。具合ってどこが悪いの?」 「いや、そのあちこち色々」 「あんまり無理しないでね。研究もほどほどに」 優しい言葉をかけられると彼の決心は揺らいでくる。 「じゃ、明日はどう?今夜はちょっと他に用事あるから」 可愛い彼女にねだられると彼は嫌とは言えない。 「分かった。明日だね」 「どこ行くの?」 「そうだなあ。恵比寿あたりでも」 「嬉しいな。美味しいとこ連れて行ってね」 その食事の後にでもちゃんと話さないとと彼は思う。

ろまんくらぶ「仮面の天使」80

授業は第2外国語のドイツ語だった。仮にも医学部だったから外国語は必須だった。英語はもちろんのことドイツ語すらできないと学会で困ることになる。学会に出られなくなると仕事上でも大幅な遅れをとってしまうから情報ソースが狭まるのを避けるため、ドイツ語にも一生懸命だった。成績がどうかというとこれがなかなか難しいところがある様だったが。 「ふう」 授業が終わると何だか疲れたなあとノートと教科書を手早く片付け、学食へ向かう。友達はまだ来ていないから4人掛けの席を探す。派手な服装の茉莉を見て、ひそひそと噂話をする学生もいる。茉莉はそんなことは気に留めず、すたすたと学食の中を歩く。窓際に空いているテーブルがあったので、そこに腰掛ける。 「何にしようかなあ。今日の定食はハンバーグか。他のものにしようかな」 友達が来るまで彼女はぼんやりとしている。 「やっほー、茉莉、早いじゃん」 「お腹空いてるもん」 「だね。今日の定食って?」 「ハンバーグ」 「じゃあ、あたしそれ、茉莉は?」 「焼き魚定食にしようかな」 「めずらしいね。いつも洋食なのに」 「たまにはね」 2人は他の友人を待ちきれずに、早速列に並ぶ。ひさしぶりの焼き魚定食は何だか美味しそうだった。2人が席に戻るともう1人の友人がやって来る。 「何にする?」 「私もハンバーグにしよっかな。茉莉は焼き魚なんだ」 「そ。たまにはね」 「先に食べてて。冷めちゃうから」 そう言い残すと友達も列に並びに行く。 焼き魚に箸をつけると茉莉は教授のことを思い出す。お昼が終わったら教授室を訪ねてみようと考える。

ろまんくらぶ「仮面の天使」79

「何だか変ですよ?」 よほどにやけていたのか健はスタッフに注意される。 「いや、何でもない」 平静を装うと彼は仕事に取り掛かる。プログラミングを外部のエンジニアに頼むかどうか検討しないとならない。しばらく書類を精査するとコーヒーをいれに行く。今夜はなるべく早めに仕事をしまって茉莉のために買い物に行こう。そんなことばかり考えているとつい手元がお留守になり、危うくコーヒーをこぼしそうになる。 カフェでのおしゃべりを終えると、茉莉と友人達は次の授業に出るために移動する。みんなバラバラの授業だった。 「また後でね」 「うん、学食で」 「今日のランチは何かなあ」 今から食事のことが楽しみなのだった。 授業中の茉莉は真剣なのだった。素行がどうでも単位を落としたりすると面倒なので、学業に手抜きすることはあまりなかった。授業が終わると彼女はまた教授にメールしてみる。 「元気なのかな。連絡ちょうだいな」 この間のメールにも返信がなかったので、茉莉は教授の健康状態も心配なのだった。 「そうだ、教授の部屋へ行こう」 2人が付き合っていたことは秘密だったから、茉莉が教授の部屋を訪れることはまずなかった。彼女はランチの後に教授の部屋へ行くことにする。

ろまんくらぶ「仮面の天使」78

授業が終わると茉莉は仲間と一緒に学食の横のカフェに移動する。相変わらず派手な服装の彼女は何だか目立つのか、男子学生がチラチラと視線を送ってくる。席を確保すると彼女達は飲み物を取りに行く。 「何にしよっかな」 「えっとわたしカフェオレ」 「じゃわたしは今日はブラック」 「茉莉がブラックなんてめずらしい」 「何となく甘い気分じゃないの」 「え〜、やっぱ何かあったんでしょ」 「秘密だもん」 「ずる〜い、聞かせてよ」 「だあめ。また今度ね」 「けちっ」 お会計を済ませると彼女達は席につき、コーヒーのいい香りにほっとする。 「でさ、クラブ、どこにすんの?」 「六本木は?」 「ええ〜、渋谷がいいよ」 「渋谷のどこにすんの?」 「ホラ、ちょっと大人めなあそこは?」 「ああ、例のとこね。茉莉、前から行ってみたいって言ってたもんね」 「そこカッコいいの?」 「みたい。紫と黒のインテリアがシックだって」 「じゃ、そこね」 こうしてはたで聞いていると3人がごちゃごちゃ話していて、何となく誰が何を話しているのかよくわからない印象を受ける。側を通るとちょっと香水のいい匂いがする。 茉莉達のそんな会話はもちろん健の心には届かない。彼は今夜早く帰ろうと少しだけにやけていたりする。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」77

「今夜は何を作ろうか」 メニューを考え始めると健は何だかウキウキしてきた。とにかく茉莉に栄養をつけさせないとならないから、何かボリュームのあるものにしようと思う。 「そうだ。とんかつなんていいかもしれない」 一人暮らしが長い彼は料理は何となくできるのだった。材料を考え、冷蔵庫のストックを見る。 「小麦粉、卵、、、パン粉はないかな」 今日は会社は早めに終わらせてしまおうと考える。揚げ物は結構手間と時間がかかるし、丁寧に作らないと失敗するからだ。自分の会社だと融通が効くのが便利だとこんな時は思う。とにかく1ヶ月くらいは少なくとも彼女の食事の面倒を見てっと、、、そう思うとしっかりしなくちゃならないと感じる。 大学に着くと茉莉は広い講堂の後ろに席を見つける。彼女が座ると早速ちょっと世の中斜めに見ていそうな仲間達が集まってくる。 「ねえねえ、ひさしぶり〜。1週間以上も休むなんて珍しいね、茉莉」 「まあね。ちょっと野暮用」 「なんかあったの?」 「たいしたことじゃないけど」 「男関係?」 友人は親指をちらつかせる。 「想像にまかせる〜」 「ふうん」 「それより、今夜、遊ばない?」 「いいよ。ひまこいてるし」 「じゃ、渋谷あたりどう?」 「いいよ。ご飯どうする?」 「中華屋さんは?いつもの」 「いいよ。あそこちょー美味しいから」 「じゃ、決まり。ご飯したらクラブね」 「おけ」 2人がおしゃべりしていると授業が始める。茉莉は学問だけはしっかりと行っていた。健とのことがどうであれ、勉強だけは怠けることは意外にもなかった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」76

玄関を出て勢い良く歩き始めた茉莉は、でも何だかむしゃくしゃしてくる。突き放したくせに今度は強引に連れ戻す。そんな健の態度にイライラしてくる。考え事をして歩いていた彼女はクラクションを鳴らされる。 「うるさい、うるさ〜い!」 彼女も喚き返す。以前の彼女ならこんな時、ただしょんぼりして怯えるだけだった。今の彼女は少し強くなった。 「今夜はどこ行こっかな」 そう思うと気分もなおってくる。とびきりイカしたクラブに行ってまた派手に騒ぎたかった。 「あ」 彼女ははたと気づく。 「そうだ、教授に電話しなくっちゃ」 スマホを取り出すと彼女は教授に連絡する。すぐに留守電になるのでメッセージを残す。 「あ、茉莉で〜す。心配かけてごめんなさい。連絡ちょうだいな」 甘えた声を出す。すぐに教授が電話に出なかったことを不審に思うものの、ま、いっかとまた歩き出す。 「そうだ。お小遣いまだあるよね。クラブ高いかなあ。今夜はどんなシャンパンにしようかな」 すっかりお酒に強くなった彼女は銘柄を思い浮かべてほおを緩める。彼女は銀行に立ち寄ると少しお金を下ろす。機嫌がなおったのか鼻歌を歌い出す。 そんなこともつゆ知らず、健は会社に出かける支度を始める。気分が不安でも仕事には行かないと、茉莉を養うことはできないと覚悟を決める。服装自由の自分の会社とはいえ、それなりの格好で行かないと来客の折には困ることもある。少しお洒落なスラックスにジャケットを羽織り、ネクタイを締める。こんな感じも悪くないが、会社には替えのTシャツもストックしてあった。 「さて、っと」 支度が整うと、ふと今晩の食事のことを考える。茉莉が早く戻ってきますようにと祈る気持ちだった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」75

健と茉莉が眠りについている間、運命の神も天上でうとうとしていた。ぐっすり眠るということはなかったけれど、今は2人の仲をそっとしておこうと思っているのだろうか。2人は深い眠りに落ちているようで、夢にうなされるという様子もなかった。すやすやと寝息を立てていた。 翌朝、健が目覚めると、茉莉はもうとっくに起きて出る支度を済ませていた。 「朝食は?」 少しの沈黙の後、彼女は答える。 「いんない」 「お腹空くよ?」 「うるさいなあ」 彼女はぷいっと横を向く。 刺激しないように彼は黙ってしまう。 「出かけるから、じゃ」 「鍵渡しておくよ」 健はスペアキーを彼女に差し出す。彼女はそれを黙って受け取るとさっさと靴をはいて玄関を出る。彼は肩を落としため息を吐く。 「やっぱりすぐ仲直りは難しいんだろうな」 ひとりぐちをこぼす。 玄関を出ると茉莉は大きく伸びをする。閉まったドアに向かって彼女はあっかんべーをする。今夜は早く戻ってなんかやるもんかと毒づく。 「ふん、だ」 彼女は勢い良く歩き出す。 ひとり家に残された健は、とりあえず朝食の支度を始める。会社は10時からだったからまだ時間はあった。コーヒーを沸かすと、トーストを焼き、ベーコンエッグをこしらえる。それにサラダを添えると満足する。 「あ〜あ、茉莉にこれを食べさせたかったな」 椅子に座るとフォークで卵料理をつつく。窓からは爽やかな朝日が入ってくる。それを目にすると彼は食べるのをやめ、物思いにふける。実際どうしたらいいのかまだよくわからなかった。 茉莉を傷つけたことは紛れもない事実だった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」74

廊下を歩いて寝室へ入ると茉莉はベッドへ向かう。居間で健がぐっすり眠っているようなので、安心して布団にもぐり込む。しばらくして上体を起こすとサイドテーブルにのせたココアを手に持つ。ぼんやりと今日のことを反芻する。健とのことをこれからどうしたらいいのか、茉莉にはよくわからなかった。 ココアを飲み終わり、しばらくするとうとうととしてくる。布団の中に入ると、サイドランプを消す。とりあえず今夜のところは何もなく平和に眠れそうだった。そのうちに深い眠りに落ちる。 夜中になり健は目を覚ます。テレビを消すとキッチンの灯りも消す。茉莉の部屋からは物音もしないので、念の為、寝室を確かめる。そっと扉を開けると彼女がベッドでぐっすりと眠っていた。寝顔が穏やかで、やっと天使が戻ってきたのかと彼はほっとする。そのまま、またそっと扉を閉めると、寝室を離れる。平和な空気が家を包み、それだけで彼は今は満足だった。 寝室からキッチンへ戻ると、健は少しだけお酒を口にする。眠れそうだけれど、リラックスしたかった。テレビをまたつけてみるけれどもう見るものもあまりなかった。すぐテレビを消すと、居間に敷いた布団にもぐり込む。今は無理をしないで彼女の様子を見ていたかった。彼女がどうしたいのかが不安ではあったものの、無理強いすればまた問題が複雑になるだけだった。そんなことを考えているうちに、うとうととしてきて、健もぐっすりと眠りに落ちる。