投稿

ろまんくらぶ「仮面の天使」80

授業は第2外国語のドイツ語だった。仮にも医学部だったから外国語は必須だった。英語はもちろんのことドイツ語すらできないと学会で困ることになる。学会に出られなくなると仕事上でも大幅な遅れをとってしまうから情報ソースが狭まるのを避けるため、ドイツ語にも一生懸命だった。成績がどうかというとこれがなかなか難しいところがある様だったが。 「ふう」 授業が終わると何だか疲れたなあとノートと教科書を手早く片付け、学食へ向かう。友達はまだ来ていないから4人掛けの席を探す。派手な服装の茉莉を見て、ひそひそと噂話をする学生もいる。茉莉はそんなことは気に留めず、すたすたと学食の中を歩く。窓際に空いているテーブルがあったので、そこに腰掛ける。 「何にしようかなあ。今日の定食はハンバーグか。他のものにしようかな」 友達が来るまで彼女はぼんやりとしている。 「やっほー、茉莉、早いじゃん」 「お腹空いてるもん」 「だね。今日の定食って?」 「ハンバーグ」 「じゃあ、あたしそれ、茉莉は?」 「焼き魚定食にしようかな」 「めずらしいね。いつも洋食なのに」 「たまにはね」 2人は他の友人を待ちきれずに、早速列に並ぶ。ひさしぶりの焼き魚定食は何だか美味しそうだった。2人が席に戻るともう1人の友人がやって来る。 「何にする?」 「私もハンバーグにしよっかな。茉莉は焼き魚なんだ」 「そ。たまにはね」 「先に食べてて。冷めちゃうから」 そう言い残すと友達も列に並びに行く。 焼き魚に箸をつけると茉莉は教授のことを思い出す。お昼が終わったら教授室を訪ねてみようと考える。

ろまんくらぶ「仮面の天使」79

「何だか変ですよ?」 よほどにやけていたのか健はスタッフに注意される。 「いや、何でもない」 平静を装うと彼は仕事に取り掛かる。プログラミングを外部のエンジニアに頼むかどうか検討しないとならない。しばらく書類を精査するとコーヒーをいれに行く。今夜はなるべく早めに仕事をしまって茉莉のために買い物に行こう。そんなことばかり考えているとつい手元がお留守になり、危うくコーヒーをこぼしそうになる。 カフェでのおしゃべりを終えると、茉莉と友人達は次の授業に出るために移動する。みんなバラバラの授業だった。 「また後でね」 「うん、学食で」 「今日のランチは何かなあ」 今から食事のことが楽しみなのだった。 授業中の茉莉は真剣なのだった。素行がどうでも単位を落としたりすると面倒なので、学業に手抜きすることはあまりなかった。授業が終わると彼女はまた教授にメールしてみる。 「元気なのかな。連絡ちょうだいな」 この間のメールにも返信がなかったので、茉莉は教授の健康状態も心配なのだった。 「そうだ、教授の部屋へ行こう」 2人が付き合っていたことは秘密だったから、茉莉が教授の部屋を訪れることはまずなかった。彼女はランチの後に教授の部屋へ行くことにする。

ろまんくらぶ「仮面の天使」78

授業が終わると茉莉は仲間と一緒に学食の横のカフェに移動する。相変わらず派手な服装の彼女は何だか目立つのか、男子学生がチラチラと視線を送ってくる。席を確保すると彼女達は飲み物を取りに行く。 「何にしよっかな」 「えっとわたしカフェオレ」 「じゃわたしは今日はブラック」 「茉莉がブラックなんてめずらしい」 「何となく甘い気分じゃないの」 「え〜、やっぱ何かあったんでしょ」 「秘密だもん」 「ずる〜い、聞かせてよ」 「だあめ。また今度ね」 「けちっ」 お会計を済ませると彼女達は席につき、コーヒーのいい香りにほっとする。 「でさ、クラブ、どこにすんの?」 「六本木は?」 「ええ〜、渋谷がいいよ」 「渋谷のどこにすんの?」 「ホラ、ちょっと大人めなあそこは?」 「ああ、例のとこね。茉莉、前から行ってみたいって言ってたもんね」 「そこカッコいいの?」 「みたい。紫と黒のインテリアがシックだって」 「じゃ、そこね」 こうしてはたで聞いていると3人がごちゃごちゃ話していて、何となく誰が何を話しているのかよくわからない印象を受ける。側を通るとちょっと香水のいい匂いがする。 茉莉達のそんな会話はもちろん健の心には届かない。彼は今夜早く帰ろうと少しだけにやけていたりする。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」77

「今夜は何を作ろうか」 メニューを考え始めると健は何だかウキウキしてきた。とにかく茉莉に栄養をつけさせないとならないから、何かボリュームのあるものにしようと思う。 「そうだ。とんかつなんていいかもしれない」 一人暮らしが長い彼は料理は何となくできるのだった。材料を考え、冷蔵庫のストックを見る。 「小麦粉、卵、、、パン粉はないかな」 今日は会社は早めに終わらせてしまおうと考える。揚げ物は結構手間と時間がかかるし、丁寧に作らないと失敗するからだ。自分の会社だと融通が効くのが便利だとこんな時は思う。とにかく1ヶ月くらいは少なくとも彼女の食事の面倒を見てっと、、、そう思うとしっかりしなくちゃならないと感じる。 大学に着くと茉莉は広い講堂の後ろに席を見つける。彼女が座ると早速ちょっと世の中斜めに見ていそうな仲間達が集まってくる。 「ねえねえ、ひさしぶり〜。1週間以上も休むなんて珍しいね、茉莉」 「まあね。ちょっと野暮用」 「なんかあったの?」 「たいしたことじゃないけど」 「男関係?」 友人は親指をちらつかせる。 「想像にまかせる〜」 「ふうん」 「それより、今夜、遊ばない?」 「いいよ。ひまこいてるし」 「じゃ、渋谷あたりどう?」 「いいよ。ご飯どうする?」 「中華屋さんは?いつもの」 「いいよ。あそこちょー美味しいから」 「じゃ、決まり。ご飯したらクラブね」 「おけ」 2人がおしゃべりしていると授業が始める。茉莉は学問だけはしっかりと行っていた。健とのことがどうであれ、勉強だけは怠けることは意外にもなかった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」76

玄関を出て勢い良く歩き始めた茉莉は、でも何だかむしゃくしゃしてくる。突き放したくせに今度は強引に連れ戻す。そんな健の態度にイライラしてくる。考え事をして歩いていた彼女はクラクションを鳴らされる。 「うるさい、うるさ〜い!」 彼女も喚き返す。以前の彼女ならこんな時、ただしょんぼりして怯えるだけだった。今の彼女は少し強くなった。 「今夜はどこ行こっかな」 そう思うと気分もなおってくる。とびきりイカしたクラブに行ってまた派手に騒ぎたかった。 「あ」 彼女ははたと気づく。 「そうだ、教授に電話しなくっちゃ」 スマホを取り出すと彼女は教授に連絡する。すぐに留守電になるのでメッセージを残す。 「あ、茉莉で〜す。心配かけてごめんなさい。連絡ちょうだいな」 甘えた声を出す。すぐに教授が電話に出なかったことを不審に思うものの、ま、いっかとまた歩き出す。 「そうだ。お小遣いまだあるよね。クラブ高いかなあ。今夜はどんなシャンパンにしようかな」 すっかりお酒に強くなった彼女は銘柄を思い浮かべてほおを緩める。彼女は銀行に立ち寄ると少しお金を下ろす。機嫌がなおったのか鼻歌を歌い出す。 そんなこともつゆ知らず、健は会社に出かける支度を始める。気分が不安でも仕事には行かないと、茉莉を養うことはできないと覚悟を決める。服装自由の自分の会社とはいえ、それなりの格好で行かないと来客の折には困ることもある。少しお洒落なスラックスにジャケットを羽織り、ネクタイを締める。こんな感じも悪くないが、会社には替えのTシャツもストックしてあった。 「さて、っと」 支度が整うと、ふと今晩の食事のことを考える。茉莉が早く戻ってきますようにと祈る気持ちだった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」75

健と茉莉が眠りについている間、運命の神も天上でうとうとしていた。ぐっすり眠るということはなかったけれど、今は2人の仲をそっとしておこうと思っているのだろうか。2人は深い眠りに落ちているようで、夢にうなされるという様子もなかった。すやすやと寝息を立てていた。 翌朝、健が目覚めると、茉莉はもうとっくに起きて出る支度を済ませていた。 「朝食は?」 少しの沈黙の後、彼女は答える。 「いんない」 「お腹空くよ?」 「うるさいなあ」 彼女はぷいっと横を向く。 刺激しないように彼は黙ってしまう。 「出かけるから、じゃ」 「鍵渡しておくよ」 健はスペアキーを彼女に差し出す。彼女はそれを黙って受け取るとさっさと靴をはいて玄関を出る。彼は肩を落としため息を吐く。 「やっぱりすぐ仲直りは難しいんだろうな」 ひとりぐちをこぼす。 玄関を出ると茉莉は大きく伸びをする。閉まったドアに向かって彼女はあっかんべーをする。今夜は早く戻ってなんかやるもんかと毒づく。 「ふん、だ」 彼女は勢い良く歩き出す。 ひとり家に残された健は、とりあえず朝食の支度を始める。会社は10時からだったからまだ時間はあった。コーヒーを沸かすと、トーストを焼き、ベーコンエッグをこしらえる。それにサラダを添えると満足する。 「あ〜あ、茉莉にこれを食べさせたかったな」 椅子に座るとフォークで卵料理をつつく。窓からは爽やかな朝日が入ってくる。それを目にすると彼は食べるのをやめ、物思いにふける。実際どうしたらいいのかまだよくわからなかった。 茉莉を傷つけたことは紛れもない事実だった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」74

廊下を歩いて寝室へ入ると茉莉はベッドへ向かう。居間で健がぐっすり眠っているようなので、安心して布団にもぐり込む。しばらくして上体を起こすとサイドテーブルにのせたココアを手に持つ。ぼんやりと今日のことを反芻する。健とのことをこれからどうしたらいいのか、茉莉にはよくわからなかった。 ココアを飲み終わり、しばらくするとうとうととしてくる。布団の中に入ると、サイドランプを消す。とりあえず今夜のところは何もなく平和に眠れそうだった。そのうちに深い眠りに落ちる。 夜中になり健は目を覚ます。テレビを消すとキッチンの灯りも消す。茉莉の部屋からは物音もしないので、念の為、寝室を確かめる。そっと扉を開けると彼女がベッドでぐっすりと眠っていた。寝顔が穏やかで、やっと天使が戻ってきたのかと彼はほっとする。そのまま、またそっと扉を閉めると、寝室を離れる。平和な空気が家を包み、それだけで彼は今は満足だった。 寝室からキッチンへ戻ると、健は少しだけお酒を口にする。眠れそうだけれど、リラックスしたかった。テレビをまたつけてみるけれどもう見るものもあまりなかった。すぐテレビを消すと、居間に敷いた布団にもぐり込む。今は無理をしないで彼女の様子を見ていたかった。彼女がどうしたいのかが不安ではあったものの、無理強いすればまた問題が複雑になるだけだった。そんなことを考えているうちに、うとうととしてきて、健もぐっすりと眠りに落ちる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」73

茉莉は部屋にこもり、自分の荷物の片付けを始める。大学へも行かなければならないから、とりあえずその支度を終えようと箱をひっくり返す。幸いにも健と真二が箱の外側に分類を記入していたために、書籍や書類を簡単に見つけることができた。それから身の回りの衣類を引っ張り出すと、クローゼットに適当に詰め込む。あとは時間がある時でいいやと、床に寝転んで出てきた漫画を読み出す。小さな猫が2匹出てくるコミックスを読みながら、ポテトチップスをつまむ。床でゴロゴロしているとそのうちになんだか眠くなってくる。 居間で布団の上でテレビを見ていた健はいつの間にか眠ってしまった。茉莉を見つけて安心したのか、ぐっすりと眠っている。薄暗い中、テレビの画面だけがぼんやりと光っている。 漫画を読み終わると茉莉はまたこっそりとキッチンへやってくる。なんだか温かい飲み物が欲しくなったので、ココアでもいれようとヤカンを火にかける。そうしているうちに気になって、思わず居間とキッチンの間のスライドドアを開ける。薄暗い中、テレビがついていて、健が見ているのかと思うと音を立てないように注意する。見ると床に布団が敷いてあって、どうやら彼は眠っているようだった。少しの間、健の寝姿を見つめると、茉莉はまたこっそりとドアを閉める。 お湯が沸いてきたのでピーッと音が出そうになったところで彼女は火を止める。ずっとイライラしているわけにもいかないかなあと少し心を落ち着かせる。温かいココアを手に持つと、寝室へ向かう。きっと健は目を覚さないくらい眠っているのだろうなあと彼女は思う。

ろまんくらぶ「仮面の天使」72

テレビの音でどうやら健が居間にいるらしいのが分かると、茉莉はバリケードにしてあった椅子をドアからどかす。足音を立てないようにこっそりと部屋から出ると、ちょっとトイレに向かう。化粧室は居間から離れていたので好都合だった。 彼女はそっとトイレをすませると、廊下を通って、居間の様子をうかがう。キッチンと居間の間の大きなスライドドアが閉まっているのを確認すると、キッチンに忍び込む。お腹がすくといけないと、ポテトチップスとミニチョコレートケーキのパックとサイダーを調達する。こっそりとキッチンを出ると、食料を抱え、忍び足で自分の部屋へと戻る。 テレビを見ていた健は大きなため息を吐く。茉莉の気配に気づかないとでも彼女は思っていたのだろうか。微かな物音に彼は彼女が口もききたくないのを意識する。がっかりするよりも、これからどうしたらいいのか先が思いやられる。彼女は籠城でもするつもりなのだろうか。もし一緒に寝たくないのなら、寝具を一式出しておかなければならない。居間から出ると健は寝室へ行き、客用の寝具を引っ張り出す。それを居間へ持って行き、ソファの前に広げると、その上にごろんと横になる。なんだかこれから大変だなあと気弱になってくる。  

ろまんくらぶ「仮面の天使」71

真二が帰ってしまったので、茉莉と健は2人っきりになる。しばらく互いにソファの両端に腰掛けながら、黙ってテレビを見ていた。 この沈黙は痛い。 健はお湯を入れにバスルームに向かう。しばらくすると「お湯が入りました」の音声が聞こえ、茉莉に先に入るよう促す。 「よかったら先に」 話しかけられて彼女は無言でソファから離れ、バスルームへ向かう。沈黙が続き健にはそれがこたえる。茉莉はもちろんまだ怒っているのが伝わってくる。彼は大きくため息を吐く。 お風呂から出ると彼女は自分の部屋へ行き、ルームウェアに着替えるとまたソファに座る。ずっと無言でチャンネルをくるくると変える。健はバスルームへ向かうが彼女の様子が気になって仕方ない。そんな彼の調子を彼女はちょっと馬鹿にする。 彼がお風呂から出てくると彼女はもうソファには座っていない。寝室にもいない。彼女の部屋へ行くと、ドアはぴったりと閉じられていて、どうやら家具でドアが開かないように押さえてあるらしかった。彼は話すのを諦めて居間へ行くとソファに腰掛け、テレビのチャンネルをニュースに合わせる。 紛争の幕は開いたばかりなのかも知れなかった。