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ろまんくらぶ「仮面の天使」76

玄関を出て勢い良く歩き始めた茉莉は、でも何だかむしゃくしゃしてくる。突き放したくせに今度は強引に連れ戻す。そんな健の態度にイライラしてくる。考え事をして歩いていた彼女はクラクションを鳴らされる。 「うるさい、うるさ〜い!」 彼女も喚き返す。以前の彼女ならこんな時、ただしょんぼりして怯えるだけだった。今の彼女は少し強くなった。 「今夜はどこ行こっかな」 そう思うと気分もなおってくる。とびきりイカしたクラブに行ってまた派手に騒ぎたかった。 「あ」 彼女ははたと気づく。 「そうだ、教授に電話しなくっちゃ」 スマホを取り出すと彼女は教授に連絡する。すぐに留守電になるのでメッセージを残す。 「あ、茉莉で〜す。心配かけてごめんなさい。連絡ちょうだいな」 甘えた声を出す。すぐに教授が電話に出なかったことを不審に思うものの、ま、いっかとまた歩き出す。 「そうだ。お小遣いまだあるよね。クラブ高いかなあ。今夜はどんなシャンパンにしようかな」 すっかりお酒に強くなった彼女は銘柄を思い浮かべてほおを緩める。彼女は銀行に立ち寄ると少しお金を下ろす。機嫌がなおったのか鼻歌を歌い出す。 そんなこともつゆ知らず、健は会社に出かける支度を始める。気分が不安でも仕事には行かないと、茉莉を養うことはできないと覚悟を決める。服装自由の自分の会社とはいえ、それなりの格好で行かないと来客の折には困ることもある。少しお洒落なスラックスにジャケットを羽織り、ネクタイを締める。こんな感じも悪くないが、会社には替えのTシャツもストックしてあった。 「さて、っと」 支度が整うと、ふと今晩の食事のことを考える。茉莉が早く戻ってきますようにと祈る気持ちだった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」75

健と茉莉が眠りについている間、運命の神も天上でうとうとしていた。ぐっすり眠るということはなかったけれど、今は2人の仲をそっとしておこうと思っているのだろうか。2人は深い眠りに落ちているようで、夢にうなされるという様子もなかった。すやすやと寝息を立てていた。 翌朝、健が目覚めると、茉莉はもうとっくに起きて出る支度を済ませていた。 「朝食は?」 少しの沈黙の後、彼女は答える。 「いんない」 「お腹空くよ?」 「うるさいなあ」 彼女はぷいっと横を向く。 刺激しないように彼は黙ってしまう。 「出かけるから、じゃ」 「鍵渡しておくよ」 健はスペアキーを彼女に差し出す。彼女はそれを黙って受け取るとさっさと靴をはいて玄関を出る。彼は肩を落としため息を吐く。 「やっぱりすぐ仲直りは難しいんだろうな」 ひとりぐちをこぼす。 玄関を出ると茉莉は大きく伸びをする。閉まったドアに向かって彼女はあっかんべーをする。今夜は早く戻ってなんかやるもんかと毒づく。 「ふん、だ」 彼女は勢い良く歩き出す。 ひとり家に残された健は、とりあえず朝食の支度を始める。会社は10時からだったからまだ時間はあった。コーヒーを沸かすと、トーストを焼き、ベーコンエッグをこしらえる。それにサラダを添えると満足する。 「あ〜あ、茉莉にこれを食べさせたかったな」 椅子に座るとフォークで卵料理をつつく。窓からは爽やかな朝日が入ってくる。それを目にすると彼は食べるのをやめ、物思いにふける。実際どうしたらいいのかまだよくわからなかった。 茉莉を傷つけたことは紛れもない事実だった。

ろまんくらぶ「仮面の天使」74

廊下を歩いて寝室へ入ると茉莉はベッドへ向かう。居間で健がぐっすり眠っているようなので、安心して布団にもぐり込む。しばらくして上体を起こすとサイドテーブルにのせたココアを手に持つ。ぼんやりと今日のことを反芻する。健とのことをこれからどうしたらいいのか、茉莉にはよくわからなかった。 ココアを飲み終わり、しばらくするとうとうととしてくる。布団の中に入ると、サイドランプを消す。とりあえず今夜のところは何もなく平和に眠れそうだった。そのうちに深い眠りに落ちる。 夜中になり健は目を覚ます。テレビを消すとキッチンの灯りも消す。茉莉の部屋からは物音もしないので、念の為、寝室を確かめる。そっと扉を開けると彼女がベッドでぐっすりと眠っていた。寝顔が穏やかで、やっと天使が戻ってきたのかと彼はほっとする。そのまま、またそっと扉を閉めると、寝室を離れる。平和な空気が家を包み、それだけで彼は今は満足だった。 寝室からキッチンへ戻ると、健は少しだけお酒を口にする。眠れそうだけれど、リラックスしたかった。テレビをまたつけてみるけれどもう見るものもあまりなかった。すぐテレビを消すと、居間に敷いた布団にもぐり込む。今は無理をしないで彼女の様子を見ていたかった。彼女がどうしたいのかが不安ではあったものの、無理強いすればまた問題が複雑になるだけだった。そんなことを考えているうちに、うとうととしてきて、健もぐっすりと眠りに落ちる。

ろまんくらぶ「仮面の天使」73

茉莉は部屋にこもり、自分の荷物の片付けを始める。大学へも行かなければならないから、とりあえずその支度を終えようと箱をひっくり返す。幸いにも健と真二が箱の外側に分類を記入していたために、書籍や書類を簡単に見つけることができた。それから身の回りの衣類を引っ張り出すと、クローゼットに適当に詰め込む。あとは時間がある時でいいやと、床に寝転んで出てきた漫画を読み出す。小さな猫が2匹出てくるコミックスを読みながら、ポテトチップスをつまむ。床でゴロゴロしているとそのうちになんだか眠くなってくる。 居間で布団の上でテレビを見ていた健はいつの間にか眠ってしまった。茉莉を見つけて安心したのか、ぐっすりと眠っている。薄暗い中、テレビの画面だけがぼんやりと光っている。 漫画を読み終わると茉莉はまたこっそりとキッチンへやってくる。なんだか温かい飲み物が欲しくなったので、ココアでもいれようとヤカンを火にかける。そうしているうちに気になって、思わず居間とキッチンの間のスライドドアを開ける。薄暗い中、テレビがついていて、健が見ているのかと思うと音を立てないように注意する。見ると床に布団が敷いてあって、どうやら彼は眠っているようだった。少しの間、健の寝姿を見つめると、茉莉はまたこっそりとドアを閉める。 お湯が沸いてきたのでピーッと音が出そうになったところで彼女は火を止める。ずっとイライラしているわけにもいかないかなあと少し心を落ち着かせる。温かいココアを手に持つと、寝室へ向かう。きっと健は目を覚さないくらい眠っているのだろうなあと彼女は思う。

ろまんくらぶ「仮面の天使」72

テレビの音でどうやら健が居間にいるらしいのが分かると、茉莉はバリケードにしてあった椅子をドアからどかす。足音を立てないようにこっそりと部屋から出ると、ちょっとトイレに向かう。化粧室は居間から離れていたので好都合だった。 彼女はそっとトイレをすませると、廊下を通って、居間の様子をうかがう。キッチンと居間の間の大きなスライドドアが閉まっているのを確認すると、キッチンに忍び込む。お腹がすくといけないと、ポテトチップスとミニチョコレートケーキのパックとサイダーを調達する。こっそりとキッチンを出ると、食料を抱え、忍び足で自分の部屋へと戻る。 テレビを見ていた健は大きなため息を吐く。茉莉の気配に気づかないとでも彼女は思っていたのだろうか。微かな物音に彼は彼女が口もききたくないのを意識する。がっかりするよりも、これからどうしたらいいのか先が思いやられる。彼女は籠城でもするつもりなのだろうか。もし一緒に寝たくないのなら、寝具を一式出しておかなければならない。居間から出ると健は寝室へ行き、客用の寝具を引っ張り出す。それを居間へ持って行き、ソファの前に広げると、その上にごろんと横になる。なんだかこれから大変だなあと気弱になってくる。  

ろまんくらぶ「仮面の天使」71

真二が帰ってしまったので、茉莉と健は2人っきりになる。しばらく互いにソファの両端に腰掛けながら、黙ってテレビを見ていた。 この沈黙は痛い。 健はお湯を入れにバスルームに向かう。しばらくすると「お湯が入りました」の音声が聞こえ、茉莉に先に入るよう促す。 「よかったら先に」 話しかけられて彼女は無言でソファから離れ、バスルームへ向かう。沈黙が続き健にはそれがこたえる。茉莉はもちろんまだ怒っているのが伝わってくる。彼は大きくため息を吐く。 お風呂から出ると彼女は自分の部屋へ行き、ルームウェアに着替えるとまたソファに座る。ずっと無言でチャンネルをくるくると変える。健はバスルームへ向かうが彼女の様子が気になって仕方ない。そんな彼の調子を彼女はちょっと馬鹿にする。 彼がお風呂から出てくると彼女はもうソファには座っていない。寝室にもいない。彼女の部屋へ行くと、ドアはぴったりと閉じられていて、どうやら家具でドアが開かないように押さえてあるらしかった。彼は話すのを諦めて居間へ行くとソファに腰掛け、テレビのチャンネルをニュースに合わせる。 紛争の幕は開いたばかりなのかも知れなかった。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」70

健と真二が片付けている間に、茉莉は居間のソファーでゴロゴロしながらテレビを眺めている。健と真二は時々振り向きながら、彼女の様子をチラチラ見ている。以前とは違って、あんまり恥ずかしがらずにリラックスしているのがわかる。 片付けが終わると真二は健に耳打ちする。 「万一の時はこの薬渡して飲んでもらって」 真二は安定剤を健に渡しておく。それから万一の時は夜中でもすぐに連絡入れるように健に言付けてから真二は家へ戻る。 「じゃ、ねーちゃん、俺、帰るから」 茉莉は玄関まで弟を見送る。 「ありがと、じゃ」 健も玄関まで来る。 「じゃあ、ホント世話になったね」 「いいって。じゃあ、おやすみ」 「おやすみなさい」 茉莉も穏やかに返事をする。 「おやすみ」 健は少し不安そうだった。 真二が行ってしまうと茉莉は心細そうにしている。健はそっと彼女の側から離れる。あまり彼女を刺激しないように気をつける。先週、彼女が暴れて、窓ガラスが壊れるかと思ったため、また暴れて怪我でもされたらと内心ヒヤヒヤしている。 茉莉は健が少しびくびくしているのが解るので、内心「ばっかじゃない」と思っていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」69

 茉莉と真二は買い物を済ませるとカフェで少し休む。 「私カフェオレ」 「あとブレンドで」 「かしこまりました」 店員は手早い所作でコーヒーを淹れる。 オーダーを済ませ出来上がるのを待って席に着く。やっと一息入れられる。6時位にはマンションへ戻ろうと思っていた。運ばれてきたコーヒーを飲んで、2人が店を出ようとした時、真二の電話が鳴る。健からの連絡だった。 「あ、俺、あのどんな様子なのかなと」 「大丈夫だから、早く帰ってきてよ。食事は準備しておくから」 「分かった」 茉莉はすぐに健からの連絡だと気づき、あ、帰ってくると思うと急にソワソワし始める。どうしようと、何を話したらいいのかわからないと感じている。真二は姉の挙動が不審なのでやっぱり姉は健さんのことをまだ好きなんだと考える。もう勝手にしてほしいいと、家へ戻るとさっさと食事の準備に取り掛かる。 小1時間もすると健が帰ってくる。すぐに食事にしようと、真二はセカセカと動き回る。とにかく茉莉に元気になってもらおうとソースにニンニクを効かせる。料理をテーブルに並べ、3人で卓を囲む。 食事中は茉莉はあんまり喋らないで下を向いている。時々チラチラと健や真二を見る。彼等はおしゃべりをしながら普通に食事をしている。健は時々茉莉をじっと見るが、彼女が意外と元気そうなのでホッとする。 食事が済むと、真二と健は片付けを一緒に始める。茉莉はしばらくは何もしないで、とにかく休むとように促される。

ろまんくらぶ「仮面の天使」68

「電話も一切出なかったんだって?」 「、、、」 真二の問いかけに茉莉は黙る。 「健さん何回もかけたって」 「、、、」 「だからさ、彼、亜紀って女性の目的が分かったみたいだよ。そんで彼女がねーちゃんにしたことも」 「でも、でも私見たもん」 「ああ、彼、彼女と関係持ったって?」 「そう。朝、マンションから出てきた。そこのベランダで見えたの、彼が彼女の肩撫でてるのが」 「それは確かにそうかもしれない。だってねえちゃんが冷たくするから」 「それはそうだけど、、、」 「まあ、あとはふたりで勝手にしてよ。俺は余計なことには首突っ込みたくない、これ以上。詳しいことはふたりで話したら?そうやって逃げてるの、悪いけど、子供っぽいよ」 「、、、」 「子供って言われたくなければ、話したら、ちゃんと。その上で相手が嫌なら仕方ないよね。それは」 言われて茉莉は何か考えている。真二はため息を吐くとお茶をまた淹れに行く。 夕方までふたりはテレビを見たり、部屋を整理したりしていた。5時前になると真二と茉莉は近所へ買い物に向かう。 「ねーちゃん何食べたいの?」 「うーんと、お肉」 「そ。じゃ、ステーキでも焼く?」 「うん。ステーキとポテトフライと、えっと」 「ハイハイ。じゃあ、今日は俺が焼くよ」 「へへ」 「全く、世話の焼けるねーちゃん。あ、イチゴも食べる?」 「うん。えーっと、クリームも」 真二は少し安心する。あんな荒れ方をしていたのに、性格が変わっている訳でもなかった。顔色も回復して元気になってきた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」67

真二は茉莉に部屋を見せる。居間と寝室はすっかり元通りになっていて、茉莉が暴れた形跡は見られない。真二は彼女があんまり大騒ぎをせずに静かにすわているので、逆に何か考えているなと思う。逃げる計画でも立てているんじゃないかと直感的に感じる。 しばらくするとお昼になるので、2人で母親が持ってきたお弁当を食べる。彼はお茶を淹れに台所へ行く。彼女はため息を吐く。 「ねえちゃん、ちょっと」 「何?」 「真面目な話し」 「ちょっとこっちに座って」 真二は姉を居間のソファに座らせる。彼は向かい側にすわる。 「もし、もし嫌だったら健さんにはっきり言えばいいから。分かる?全部もう片付いたから」 「でも、私」 「ちゃんと話しなよ、逃げないで」 「、、、」 「俺、ねえちゃんがどうしようと、結局はねえちゃんの人生だし」 「うん。でも私」 「彼、結婚したいってさ、3ヶ月位したら」 「え?そんな勝手に決められても」 「言うなって言われてたけれど心配で」 「、、、」 「だって、ねえちゃん彼のこと好きでしょ?違う?だからあんなに荒れちゃって。おまけに髪までバッサリ切っちゃって」 「でも彼あの女性と」 「あれは健さん俺に話してくれたけれど、もう終わったことみたいだし。大体あの亜紀ってひとに騙されてたみたいだよ」 「騙されてたって?」 「うーん、やっぱ、何も知らないんだ、そのことも」 真二はそのいきさつを茉莉に話し始める。