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ろまんくらぶ「仮面の天使」54

茉莉の父は健に近づく。 「とにかく1週間くらい入院させるから」 「わかりました」 「君には随分迷惑をかけたね。もう婚約は解消したんだし、娘を連れて帰ります。これ以上、君には迷惑をかけたくないから」 「やめて下さいよ、そういう言い方、おじさんらしくもない」 「でも」 「俺、彼女の意思を確認してないから何とも言えないけれど、本当はやはり結婚しようと思うから」 「え?でも婚約解消したいって」 「あれは少し気持ちを落ち着かせたかっただけ。自分でしっかり決めたかったから」 「でも娘のこんな状態では」 「俺が悪いんです」 「悪いって君は何も」 真二は今は何も父には告げるなと健に向かって目配せをする。 「もっと彼女を見てればよかった」 健は真二の目線に気づいて話の方向を少し変える。 「それは何も君のせいじゃ」 「でも、俺の婚約者なのに」 「でも君のご両親のこともあるし」 「だからそういうの、もう嫌なんですよ。結婚するのは俺と彼女だからふたりで決めたい」 一方、真二は姉の今の状況を整理するために、明日教授に直談判に行くつもりだった。 茉莉の父は初めて安心する。母はやれやれとどっと疲れが出てくる。真二は何食わぬ顔で口笛を吹いている。 朝ももう5時近くになっていた。

ろまんくらぶ「仮面の天使」53

玄関のチャイムが鳴るので、近所に迷惑にならないように健は静かにドアを開ける。茉莉の両親が迎えに来た。 「娘は?」 「寝ています」 「申し訳ないホントに」 「いえ、それより見てあげて下さい」 両親は音を立てないように寝室に入る。健はお湯を沸かすとお茶を入れる。彼女の母はマンションがグチャグチャになっているので、びっくりすると言葉に詰まる。娘の様子を見て、状態がひどいのでたじろぐ。ただあまりぐずぐずしたくなかったため、手際良く娘の化粧を落とす。化粧の落ちた茉莉の顔は童顔で、子供みたいだった。 「どうなの?」 「今は大丈夫。落ち着いているから」 「そう」 「でもさっきは本当に大変だったよ」 息子の説明に母はオロオロする。 「どんな?」 「俺、ホント、ねえちゃん気が狂ったのかって思った。すごい暴言吐いてたし。何だか恥ずかしくて」 母は大きなため息を吐く。もし見ていたら卒倒していたかも知れなかった。父は真二から大体の説明を聞くと入院させることに決める。数日から一週間様子を見ることにする。 「看護師さん達にはどう説明する?」 「どうしようか。まあ、何とでもなるだろう」 「分かった」 真二と父は何やらぶつぶつと話し合っていた。健はお茶を持って戻ってくる。居間が大変なことになっているけれど、それは諦めるしかなかった。一通り話が済むと真二は健の側に来てさっきの続きを説明する。 「とにかく仕事ばかりじゃなくて、少しはねえちゃんのことかまわないと、誤解も生まれやすくなるよ」 「分かった。気をつける」 「でないと気分が不安定になりやすくなるから」 「オッケー。何だかお前が年上みたいだね」 ふと見ると、彼女の両親が居間を片付けている。こんな夜にふうふう言いながら体を動かしている。 「あ、もういいです。もう休んで下さい。あとは私が片付けますから」 健は両親と真二を休ませる。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」52

「確かにそうだ」 「で、そのスタッフといつも夜遅くまで一緒だったんでしょ?」 「そうだね。9時とか10時とかまで」 「食事はどうしてた?」 「それは茉莉にお弁当を持ってきてもらうこともあったけれど、大概残ってるスタッフと外食してた」 「だよね。だから結構その女性スタッフと一緒。それはその人の態度がおかしければ疑うよね」 「だね。俺も迂闊だった」 「それに健さんモテるでしょう」 「どうなんだろう」 「昔から彼女もいたし」 「かも知れない」 「だから、ねえちゃんは構われていないと感じていたから、もしかして他にも誰かいるんじゃないかと」 「そっか」 「そういうところ単純だと思う。シンプル。だからもっと触れ合いとかないと、不安になるんじゃないかな」 「かも知れないね」 「かも知れないね、じゃなくて、その位気づかないのかなあ。健さんって意外と鈍感なんだね」 「申し訳ない」 「俺に謝らないでよ」 「どうしたらいいのかな」 「そんくらい自分で考えれば?」 「だよね。何だか情けない」 「仕事が忙しいのは結構だけれど、気をつけないと」 「分かった」 健は深く頷く。

ろまんくらぶ「仮面の天使」51

真二は健をジロジロと見る。 「なんだよ、その目は」 健は視線に気づく。 「あんたさ、何で、姉ちゃんがあんなにご飯も喉を通らないほど落ち込んだのか、分かってないんじゃないの?あんなに疑って」 「何なんだよ」 「ねーちゃんが大切なのは分かるけど、人形じゃないんだから。可愛いっぽいのは分かるけど」 「だから、何なんだよ」 「え?分かんないの?ほんとに?俺、あんたそんくらい知ってると思ったよ」 「だから、何なのか言えよ、さっさと」 「ねーちゃん、あんたと、その、キスとかしたかったんじゃないの?」 「え?」 「だから、あんたがねーちゃんとそうしないから、だから余計疑ったんだよ」 「え?」 「間違いないよ。俺、確信した。今、何でねーちゃんがご飯も食べられなくなったのか。悪いけど、あんたねーちゃんのこと、女と思ってなかったんじゃないの?」 「俺は、、、そんな」 「人形くらいにしか見てなかったんじゃないの?」 「別にそんな」 「だから、ねーちゃんが焼いたら、ちょっと嫌んなったとか」 「、、、」 「ほらね」 「違う。確かに彼女が焼いた時、正直がっかりしたよ。根も葉もないことで俺を疑っているようにしか見えなかったし。彼女が疑った相手は俺の目にはただの優秀なスタッフにしか見えなかったから。一体誰のためにこんなに働いているのかも、このマンションを買ったのかも、分かっていないように思えて。こんなにわがままで、仕事のことも全くわからない彼女を」 「煩わしいと思った?」 「そう、だね」 「それは、ねーちゃんのこと、分かってないよ。ねーちゃん、親の苦労もじっと見て育ったから、そんなはずないよ。ねーちゃんはただあんたがキスもろくにしないから愛されてないんじゃないかって、思ったんじゃ」 「、、、」 「んで、タイミングよく、その女が出て来て。。」 真二に指摘されて健は肩を落とす。

ろまんくらぶ「仮面の天使」50

真二は思い出す。以前姉が婚約を解消した時のことを。あの時でさえ、これほど荒れたりはしていなかった。彼は半分面白がって健と茉莉のこのひどい追っかけっこを眺めていた。両親に彼女の状況を連絡すると心配してこちらへ向かうと言い出す。 健は茉莉を捕まえると連れてくる。 「離して!離してよ!やだ。絶対会いたくないって言ったでしょ!」 彼は彼女を寝室まで連れ戻す。彼女は疲れてぐったりしている。 「やだ。やだよ。こんな姿、見られたくない」 彼女は泣きべそをかいている。それから少しずつ落ち着いてくる。真二は茉莉に安定剤を差し出すとコップに水を汲んで持ってくる。彼女はそれを素直に口にする。 マンションを見るとあちらこちらで物が壊れている。かなり乱れた状態になっている。仕方ないと健はため息を吐く。しばらくすると彼女は静かになり、ベッドでうとうとし始める。健はそっと毛布をかけると少しほっとする。 

ろまんくらぶ「仮面の天使」49

 真二は診療用の鞄を持ってくる。 「お酒、すごいんでしょ。もしかしたらアルコール依存の症状があるかもしれない」 「症状って」 「もし、多少でも中毒になっていたら、禁断症状が出るかもしれないから、覚悟しておいて」 緊張した面持ちで健は説明を聞いている。 「状態を見たくないならあっちへ行ってたら?」 真二はまるで茉莉が泣くところを見られたくなかった時のように、健に書斎の方向を目で指し示す。 「いや、ここにいるよ」 「そう。わかった」 茉莉は眠っている。汗が少しずつ出てくる。 「あまり良くなさそうだ」 「う、、、ん、、、苦しい。水、、、水ちょうだい」 彼女はまるで寒気を感じているかのように鳥肌を立てる。吐き気を感じ青白い顔をしている。 「もしかして吐くかも。ベッドだとまずいでしょ」 「洗面所へ連れて行くよ」 「気付かれるよ」 2人がごちゃごちゃ言っている間も彼女は胃の辺りをさすっている。彼女ははっきりと目を覚ますと苦しそうにもがき始める。健はサングラスを外すと彼女の視線にまともにぶつかる。彼女は目をカッと見開くと明らかに険しい目で健と真二を睨みつける。 「なんでいるのよ!」 2人を罵倒しベッドの上で暴れ始める。 「ばかー、なんでいるのよ!」 興奮した彼女はあちこちに体をぶつける。怪我をすると危ないと真二は鎮静剤を彼女に処方しようとする。 「ちょっとおさえてて」 真二は健に指示する。健は恐る恐る茉莉に近づくと彼女の体をおさえる。彼女は抵抗して激しく動く。真二は鎮静剤を注射する。彼女は気分が少し冷静になってきた代わりに、健に食ってかかり、乱暴な口をきく。 「ばかー!出ていってよ!むかつく!」 健は彼女の乱暴な言葉に驚くと同時にそれがナイフのように刺さってくる。それでも彼は彼女が何を言っても彼女の体を動かさないようにする。彼女は足で彼の足を蹴り始める。彼女はまた興奮してきて泣き喚く。その内に喉が痛くなったのかだんだんと声が小さくなる。抵抗する力も弱くなる。それでも健が少し力を緩めた途端に、彼を蹴飛ばすと居間へ逃げる。居間のガラスの花瓶をひっくり返す。居間は結構めちゃくちゃになる。物を投げると 「ばかー」 を繰り返す。健が触ろうとすると、両手を振り回して、 「触んないで」 を連発する。真二はこんな様子の姉を見たことがなかったので、ねーちゃんスゲーと思った。

ろまんくらぶ「仮面の天使」48

 家へ着くと健は茉莉を車から降ろす。彼女が目覚めないのでそっと車の外へ出すと鍵を閉める。彼女を抱き上げてマンションへ入る。エレベーターでそのまま彼女を運ぶ。 彼女は痩せてかなり軽くなっている。手首が以前よりも細くなっていて、抱えるのに苦労はなかった。彼は彼女の体が弱ってきていることを意識すると、一刻の猶予もないと感じる。下手をすると彼女は心身共に崩壊してしまうかもしれないという考えが彼の頭の中にチラつく。彼は彼女をベッドに寝かせると急いで下へ戻り、車を車庫に入れる。 急いでまた家まで戻ると、自分の弟と茉莉の弟の真二へ連絡する。彼女はずっと眠っている。真二は急いでやってくる。健は茉莉のジャケットを脱がせると、布団をかける。彼女は首のところも痩せている。健は自分自身に向かって腹を立てる。彼女を今はとにかく起こさないように気を付ける。青白い顔に、その真っ赤な口紅は痛々しくて本当は拭い去りたかった。以前、レストランで彼女がフランスへ出かける前にしていた、あの赤い口紅と、とても同じ色とも思えない。あの時の彼女は、うっすらとパウダーをはたき、肌はその下でピンク色に上気していて、そこへ赤い唇が柔らかな薔薇の花びらのように咲いていた。今は、、、まるで、亡霊の顔に赤い毒々しい花びらが張り付いているように見える。 茉莉は額に汗をかいている。健は真二をじっと待つ。30分ほどするとエレベーターが動く音が聞こえた気がした。玄関のベルが鳴る。健は急いでドアを開ける。

ろまんくらぶ「仮面の天使」47

茉莉はだるそうに助手席に乗り込む。シートベルトをするのも面倒くさそうで、以前の彼女とはまるで人が変わってしまったようだった。健は両方のドアをしっかりとロックする。 「あのシートベルトを」 「いーよお、どーせいつか死ぬンだし」 「でも」 「うるさいなあ、バーカ」 さっきからの茉莉の言葉使いに健はかなりショックを受けていた。彼女は渋々シートベルトをしめる。彼はやっと車を出すと、ここから一刻も早く離れようとする。とにかく彼女をこの状況から引き摺り出さないと、彼女は確実に堕ちていく。 彼はしかし、その教授の借りた家へ行くわけにはいかない。彼女の家へは今は入れない。 「でも、おかしいなあ、、、教授、出張じゃなかったっけ?」 言われて健はぎくりとする。 「だから、急に倒れられて」 例の教授に対して敬語を使ったのを健は苦々しく思う。 「そーう?」 それから茉莉はふっつりと口をきかなくなる。健はほっとする。その内に見ると彼女は横で眠っている。睡眠不足なのか、遊びのせいなのか、あんなに綺麗だった肌も荒れて、厚化粧が彼女の傷口を隠すように、マスクのように彼女の顔を覆っている。 とにかく彼は今の内に、とりあえず、自分の家へ彼女を運ぼうと考える。とにかく彼女が目を覚さない内に、、。

ろまんくらぶ「仮面の天使」46

ええい、ままよ、と健は意を決する。 茉莉の当たりはきつかった。 「えー、なんで?彼、こんな場所、知らないハズだよ。どーして、あんた知ってんの?」 そんな彼女の言い草に心を痛めながら彼はまた出まかせを告げる。 「教授は全て知ってるから、だから迎えに行ってくれって」 そう言った後、彼は苦々しさを感じる。 「えー?そうなの?えーと、えーと、じゃあ、車出してもらうから。ちょっと待っててよ。店の中に運転手いるから」 「いや、彼等には言ってある。それに私は、車で来ているから」 「そうなの?」 茉莉はふらふらしている。とにかく健は嘘を吐き通す。下手に彼女に騒がれたら全てがおじゃんだ。 「うーんと、じゃあ、コート取ってくるから」 彼はコートを差し出す。 「えーと、じゃ、行く?」 彼女は足取りもおぼつかず、ビルの外へ出て行く。通行人がぶつくさ言いながら絡んでくる。健はふらついている茉莉の腕を捕まえると、自分の車の場所へ引っ張っていく。彼女はふと彼をじっと見る。 「アレ?ホント、あんた似てるよー」 彼女は呂律が回っていない。彼はぎくりとするとわざと少し声を変える。 「それは、ないですよ。今日初めてあなたに会いましたから」 わざとらしい他人行儀な演技。今気付かれたら彼女が騒ぎ出して逃げると思ったので、とにかく彼女を車に乗せようと警戒する。茉莉はじーっと彼を見る。 「そーお?あの」 「とにかく急がないと教授が」 「そうだねー」 投げやりな茉莉の言葉が健の心臓にグサリと突き刺さる。とにかく彼女をここから遠ざけようと努める。

ろまんくらぶ「仮面の天使」45

噂がほとんど現実とは違うかもしれないことに健はほっとする。ほっとすると同時に自分に向かって「バカ」を連発する。 茉莉はトイレに向かうと、気持ち悪くなっくる。お酒の飲み過ぎで悪酔いしていた。しばらくすると気分が回復してくる。前よりもお酒に強くなっている。とにかく、以前の自分は死んだんだと、時々戻ってくる昔の姿や心情を自分自身で踏みつけようとする。そうしながら自分自身を馬鹿にする。気分が少し回復するとまた店に戻ろうとする。健が化粧室の入り口で立ち塞がる。 あれ、このひと、えっと、とお酒で朦朧としているので茉莉はうまく認識できない。えーっと、えーっとと頭の中でぐるぐる考える。相手はサングラスをかけているし、真っ黒の服で少し気味悪い。酔っているのと健の変装のせいで、茉莉は彼の顔がよくわからない。にしてもえーっと、このひとは何で入り口を塞いでいるんだろう、と考えがまとまらない。茉莉には世界が歪んで見えている。健は茉莉がこちらの姿もわからなくなる程、お酒を飲んでいるのがわかる。彼女はぼんやりと彼を見ながら、トイレの奥の洗面台と壁のところを背にしてもたれている。えーっと、、、わたし、そうだ、戻らなくちゃと茉莉は意識をしっかりしようと努める。昔の彼女ならまず着たりすることのなかった赤いミニのスーツに体を包まれている。高めのピンヒールのパンプスをはいてふらふらしている。彼女は明らかに以前よりも痩せていた。 その内に他の客が化粧室に入ってくる。健はどかざるをえない。何だか気分が悪そうな様子の一群だった。健は茉莉の状態を理解する。彼女は下手するといつもこんなに泥酔しているのだろうか。まさかそこまできていないことを彼は祈る。彼女はよろよろと出口に向かう。彼は彼女の腕を掴む。掴みながら、彼女が弱々しくて、痩せて体に力が入らないのが分かってしまう。 「え?なにあんた誰?」 健は嘘を吐く。咄嗟に出まかせを思いつく。 「あの、教授が急用で、実は倒れてしまって」 言ってからどうしようかと彼はびくびくする。