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ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」91

執事が扉の取手に手をかけ、ゆっくりと開く。ギギっという金属の音がして、その部屋は長いこと使われていなかったのではないかと思われる。 「どうぞ。中へ」 案内されたハリス夫人と剛は冷たい空気の流れる室内へと躊躇いながら入っていく。冷気で満たされた部屋は手入れはされているものの、人間らしさに欠けていて、確かに長いこと誰も足を踏み入れていなかった様だった。 二人は指し示されたゴブラン織りの布張りのソファに腰掛ける。周防夫人の姿はない。しばらくするとカチャカチャと執事がお茶を運んでくる音がしてくる。彼は二人の側までくると慣れた手つきで三人分の紅茶をいれる。 「どうぞ。少しお待ちください」 目の前に出された紅茶はそのまま冷えていく。剛もハリス夫人もただただ硬直したまま周防夫人が来るのを待っていた。すると部屋の奥の扉が開くと、重々しい動きで周防夫人が現れた。黒地に金色の刺繍が施されたドレスに身を包み、まるで夜の蝶さながら。眠っていないのか目の下にはくまができているが、瞳は鋭く光っていた。ただ視線はどこかを彷徨っているようで病に犯されているようでもあった。 二人を前に石のように硬くなっている周防夫人はそれでもソファにゆっくりと腰を下ろす。そして三人の視線が交差する。 沈黙が永遠に続くかのように流れる。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」90

終焉。 かつて銀座でレッドカーペットを歩いていた一族の終わりにふさわしい幕引きとはどんな者なのだろう。警察でさえ介入するのを躊躇する華麗なる血族。聖なるはずの血脈にはいつの間にか悪魔のドロッとした溶液が混ざっていた。あるいは悪魔よりもより悪に近い秘密を隠匿し続けた黒い家。白い外観とは真逆の黒煙を全身に纏っている住人達。コントラストが鮮烈で近づけば目眩に襲われ昏倒しそうだ。 薄暗い廊下を案内されている剛と夫人は、奥へ奥へと進むほど暗さが増しているのを感じる。同時に全身が冷え冷えと禍々しい空気に浸食されていく。 「まだでしょうか」 恐怖心が湧き起こり夫人はつい口に出す。彼女の肩を剛がしっかりとガードする。 「もうすぐです。この先なので」 何の感情も示していない声が廊下に響く。 執事の行先に大理石で作られた装飾の施されたがっしりとした扉が見える。まるで牢獄の扉の様に冷たく艶光りしている。 扉の奥にはギラギラとした毒婦が待っているに相違ない。毒婦は刑罰の鐘の音を聞いているのだろう。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」89

豪奢なその白い邸宅の前に黒いベンツが横付けされる。長い黒のドレスに身を包んだ夫人が静かに降りてくる。助手席からは案内を任されていた剛が降りてくる。やっとここまで辿り着いた。第二次世界大戦の、ある家庭での終着点がここにあった。家に代々伝わるもの。オークションで高値がつくはずもない、ただ歴史と犠牲になった者の血だけがまとわりついている宝。 白い邸宅を背景にすると夫人と剛は黒づくめの判決を言い渡すために来訪した使者の様でもあった。 「Finally...」 一言それだけを告げると夫人は静かに歩き出す。彼女の胸の中では様々な残像が去来していた。戦火の赤い色が見え隠れするような気がしていた。 彼も彼女に続き静かに歩き出す。銃は警察に返却したとしても、もちろん丸腰ではなかった。周防夫人の狡猾さと残忍さを考えるとアメリカからきた夫人が最後まで安全に作品を受け取れるよう配慮しなければならなかった。 玄関のブザーを押す。ドアは直ぐに開かれた。中からは濃紺の制服を纏った執事らしき人間が表情もなく出てきて、剛と夫人を出迎えた。 「どうぞこちらへ」 蝋人形のような姿をした執事はひらりと身を翻すと二人を屋敷の奥へ奥へと案内する。薄暗い廊下は何かの終焉を著しているようだった。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」88

周防夫人は目をきつく閉じる。眉間に皺を寄せ、今までの人生、華麗な人生を思い浮かべる。様々な場面が煌めく走馬灯のように蘇っては彼女を過去の栄華に誘い込む。ソファを握りしめる指先に力がこもり、それから力を緩める。彼女は古い電話機に静かに手を伸ばす。覚悟を決めると剛の連絡先をダイヤルする。 「周防です。その」 「わかっています。あなたが隠しているんですね」 「そうです。作品の場所はここです。私のこの家にあります」 「わかりました。渡していただけますか」 「、、、わかりました」 「すぐにおうかがいしてもよろしいですか?」 「わかりました。お待ちしております」 不思議と剛の胸は怒りに泡立つことはなかった。スマートフォンをデスクに置く音だけがコトリとする。 彼はアメリカの夫人に連絡を取ると、彼女を伴って周防家の門を叩く。豪奢な白い屋敷がまるで凍りついているように聳え立っていた。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」87

その晩の夜中、仕掛けられた罠に落ちプライドを打ち砕かれ、報道を受け、店をも失ったと悟った周防瑠璃。彼女は高層マンションのヘリポートから飛び降りる。白いドレスに包まれたその姿は漆黒の闇の中で舞う蝶の様だった。瑠璃はそして不覚にも滝沢を愛してしまっていた。  娘の自殺を受けると、周防夫人はただただ居間のソファで数時間座り、沈黙し続けた。長い夜が深くなっていく。彼女が守ってきたものが崩壊する。こんなはずはない。「私たちは聖域の住人なのだから」と「守られて然るべきなのだ」と。 凍りついた表情。いったい何がいけなかったのか。バリケードは壊された。それも周防家の長い歴史の中に侵入してきた一見紳士のような人物に。現場にいなかった周防夫人は「彼はまるで獰猛な獣のような鋭い目つき」をしていたと報告を受けた。連絡を受けた彼女は屋敷から一歩も出なかった。続いて知らされた瑠璃の事件。 この世には神はいないのか。神?周防家の神は邪神なのであろうか。それとも呪いの楔が効力を発揮し始めたのか。 どうしたらいいのか。跡取りである瑠璃と店と同時に失った。ソファに座りながら両手をきつく握りしめる。怒りを覚えながらも同時に天からの懲罰を恐れている。引き時なのか。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」86

剛は対峙している男の手が細かく震えているのを見てとる。彼が実際に手を下したのではないだろうが、何らかの陰謀に関わっているのは明白だった。指示系統かあるいは連絡系統か、いずれかの系統に関係しているに違いない。すると現実に命を下していたのは誰なのか。 「誰の指示で?」 「そ、それは、、」 男は事実を白日の元に晒すことで彼自身が消される可能性をおそらく思い浮かべているに違いない。別の意味での恐怖を肌で感じている様だった。 「怯えなくてもいいし、起きたことはどうにもできない」 押し当てていた銃口を剛は下げると銃をホルダーにしまい、近くに構えていた刑事を目で呼ぶ。彼は近づいてくると剛から銃を受け取る。 「悪かった。先ほどは」 「いいえ。事情は本部から聞いています。この後の処理は任せてください。事情はこの目の前の男が話してくれるでしょうから」 「わかった。では」 くるりと剛はまた美術商の男に顔を向けると今度は彼を詰問する。 「誰の指図だ?」 男は観念したのか事実を話そうと試みるが上手く言葉が出てこない。 「周防夫人なのか」 男は黙って深く頷く。 何もかもがはっきりと見えてくる。戦火の中で持ち出され運び去られた夫人にとっての宝物。宝物以上の何ものか。それに関わってしまった剛の父と母の死。全てを隠蔽しようとする強大な深い闇の圧力。圧力。圧力。それが何だっていうのだろうか。 壊して見せよう。聖域の住人が泥沼の悪の巣窟に潜んだ薄汚い連中であることを公にするのだ。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」85

剛の怒りの滲んだ鋭い視線に男はみじろぎもできず、その場に氷像の如く立ち尽くす。説明しようにも喉がカラカラに乾き、上手く言葉が出てこない。目の前の、先日まではただの上客だったこの若い男性は男の前に立ち塞がる。先ほどの銃は一体どこから入手したのだろう。掌に冷や汗をかきながら過去の亡霊が見え隠れするのを止めることができない。 そうだ。確かに戦後に「あの作品」を勤め始めた美術商で見つけたのは自身だ。作品の来歴が不自然に加工されていることに気づき、当時の社長に報告した。その時の、まだ現在の社長が専務だった時のことがはっきりと蘇ってくる。彼と社長と、そして将来の後継者である現在の社長と三人で内密に相談した。その時の社長の表情が凍りついていたのをよく覚えている。戦中の亡霊。作品には二つ名がついていた。 「どこにあるんだ?」 問い詰められても上手く答えることができない。作品の行方は現在の周防社長のみが知っている。口ごもる彼。 銃口が再度、今度は彼の額に押し当てられる。 「殺したのは誰だ」 「だ、誰って、誰を」 「俺の父親を」 全てのピースが一つの絵画を描き出す。不連続だった過去が次々と繋がっていく。 「篠田、、、藤木。心当たりがあるだろう?」 男は蒼白になる。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」84

飛び出した理沙に驚いた剛は咄嗟に銃口を上に向ける。深い夜の闇に銃声が響く。動いた拍子に理沙は横転し頭に傷をおう。流れ出す血液であたりは真っ赤に染まっていく。 「大丈夫。頭は切れると流血がひどい、、、だけだから」 駆け寄った剛に彼女は安心するよう促すと意識を失う。彼の両手は彼女から流れ出す血で染まっていく。彼の中で何かが平静さを取り戻す。崩れかけていた彼自身の魂がバランスを保ち始める。彼は彼女の両手をしっかりと握ると何か永遠に失われていたように思っていた暖かさを感じ、彼女の血が彼自身に流れ込んできているように感じる。彼女の血が彼の傷口で瘡蓋のように固まっていた血を洗い流し、傷つき沈黙を守っていた柔らかな人となりを蘇らせる。 大丈夫だから、、、彼女の言葉がこだまする。 遠くから救急車のサイレンが聞こえる。理沙はそのまま病院へ運ばれる。 件の従業員は目の前で起こったことに驚いて腑抜けになり地面にへたり込む。理沙を送り出した剛の冷たい凍りつくような視線が彼に注がれる。 「どこにあるんだ?例の作品は」 その言葉に衝撃を受け、男は剛が現れた、ことの真相に気づく。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」83

入店後、剛は父を殺害した人物の特定を急いだ。周防夫人に指図さえしていたあの人物が何か知っているに違いなかった。あるいは彼が犯人なのか。ちょうど店にいた古株の人間から事情聴取する。 突然踏み込んできた警察官と調査員に店の従業員はただただ驚愕するばかりで、裏口からこっそり逃げ出した件の人物を除いて、全員怯えていた。逃げ出した人物が関係している可能性があるとの証言を受け、剛は逃げた人物の後を追う。ただならぬ状況を感じていた理沙は剛を追ってきていて、彼に続いてその人物の後を追う。街の薄暗い路地裏で剛はその男性に追いつき、何かに突き動かされるように隠し持っていた銃に手をかける。 「待って!だめだよ、そんなことでは何も変わらない」 制止する理沙の声が遠くから響くように剛の耳に入る。彼は指先をゆっくりと動かしていく。 発砲音が夜の闇を切り裂く。理沙は突然、前に飛び出す。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」82

その夜、剛は夫人に連絡する。 「Yes, I'll locate the article,,,そうです。近々作品の場所が判るでしょう。状況が固まってきました。私の父を殺したのが誰なのか、恐らく、店の誰か、、。そして、作品を隠したのは、その人物かあるいは周防夫人本人」 「そう、、」 そう、やはり店の人間が、、。まだ日本にあるはずだとは思っていた。持ち出された形跡はなかった。後は万一破壊されたりしていなければそれでよかった。「例のあの作品」とは、それなのだ、、。 剛の報告を受けて、夫人は急遽来日する。店の立ち入り捜査が始まるだろう。日本の捜査官や上層部には内密に状況を報告しておいた。周防美術商ということで最初は渋っていた彼等は、しかし殺人事件となれば動かざるを得なかった。ただ「あの作品」のことは彼等には伏せられたままだった。 そうして剛は来日してから初めて調査員として店の閉店間際に入った。