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ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」87

その晩の夜中、仕掛けられた罠に落ちプライドを打ち砕かれ、報道を受け、店をも失ったと悟った周防瑠璃。彼女は高層マンションのヘリポートから飛び降りる。白いドレスに包まれたその姿は漆黒の闇の中で舞う蝶の様だった。瑠璃はそして不覚にも滝沢を愛してしまっていた。  娘の自殺を受けると、周防夫人はただただ居間のソファで数時間座り、沈黙し続けた。長い夜が深くなっていく。彼女が守ってきたものが崩壊する。こんなはずはない。「私たちは聖域の住人なのだから」と「守られて然るべきなのだ」と。 凍りついた表情。いったい何がいけなかったのか。バリケードは壊された。それも周防家の長い歴史の中に侵入してきた一見紳士のような人物に。現場にいなかった周防夫人は「彼はまるで獰猛な獣のような鋭い目つき」をしていたと報告を受けた。連絡を受けた彼女は屋敷から一歩も出なかった。続いて知らされた瑠璃の事件。 この世には神はいないのか。神?周防家の神は邪神なのであろうか。それとも呪いの楔が効力を発揮し始めたのか。 どうしたらいいのか。跡取りである瑠璃と店と同時に失った。ソファに座りながら両手をきつく握りしめる。怒りを覚えながらも同時に天からの懲罰を恐れている。引き時なのか。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」86

剛は対峙している男の手が細かく震えているのを見てとる。彼が実際に手を下したのではないだろうが、何らかの陰謀に関わっているのは明白だった。指示系統かあるいは連絡系統か、いずれかの系統に関係しているに違いない。すると現実に命を下していたのは誰なのか。 「誰の指示で?」 「そ、それは、、」 男は事実を白日の元に晒すことで彼自身が消される可能性をおそらく思い浮かべているに違いない。別の意味での恐怖を肌で感じている様だった。 「怯えなくてもいいし、起きたことはどうにもできない」 押し当てていた銃口を剛は下げると銃をホルダーにしまい、近くに構えていた刑事を目で呼ぶ。彼は近づいてくると剛から銃を受け取る。 「悪かった。先ほどは」 「いいえ。事情は本部から聞いています。この後の処理は任せてください。事情はこの目の前の男が話してくれるでしょうから」 「わかった。では」 くるりと剛はまた美術商の男に顔を向けると今度は彼を詰問する。 「誰の指図だ?」 男は観念したのか事実を話そうと試みるが上手く言葉が出てこない。 「周防夫人なのか」 男は黙って深く頷く。 何もかもがはっきりと見えてくる。戦火の中で持ち出され運び去られた夫人にとっての宝物。宝物以上の何ものか。それに関わってしまった剛の父と母の死。全てを隠蔽しようとする強大な深い闇の圧力。圧力。圧力。それが何だっていうのだろうか。 壊して見せよう。聖域の住人が泥沼の悪の巣窟に潜んだ薄汚い連中であることを公にするのだ。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」85

剛の怒りの滲んだ鋭い視線に男はみじろぎもできず、その場に氷像の如く立ち尽くす。説明しようにも喉がカラカラに乾き、上手く言葉が出てこない。目の前の、先日まではただの上客だったこの若い男性は男の前に立ち塞がる。先ほどの銃は一体どこから入手したのだろう。掌に冷や汗をかきながら過去の亡霊が見え隠れするのを止めることができない。 そうだ。確かに戦後に「あの作品」を勤め始めた美術商で見つけたのは自身だ。作品の来歴が不自然に加工されていることに気づき、当時の社長に報告した。その時の、まだ現在の社長が専務だった時のことがはっきりと蘇ってくる。彼と社長と、そして将来の後継者である現在の社長と三人で内密に相談した。その時の社長の表情が凍りついていたのをよく覚えている。戦中の亡霊。作品には二つ名がついていた。 「どこにあるんだ?」 問い詰められても上手く答えることができない。作品の行方は現在の周防社長のみが知っている。口ごもる彼。 銃口が再度、今度は彼の額に押し当てられる。 「殺したのは誰だ」 「だ、誰って、誰を」 「俺の父親を」 全てのピースが一つの絵画を描き出す。不連続だった過去が次々と繋がっていく。 「篠田、、、藤木。心当たりがあるだろう?」 男は蒼白になる。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」84

飛び出した理沙に驚いた剛は咄嗟に銃口を上に向ける。深い夜の闇に銃声が響く。動いた拍子に理沙は横転し頭に傷をおう。流れ出す血液であたりは真っ赤に染まっていく。 「大丈夫。頭は切れると流血がひどい、、、だけだから」 駆け寄った剛に彼女は安心するよう促すと意識を失う。彼の両手は彼女から流れ出す血で染まっていく。彼の中で何かが平静さを取り戻す。崩れかけていた彼自身の魂がバランスを保ち始める。彼は彼女の両手をしっかりと握ると何か永遠に失われていたように思っていた暖かさを感じ、彼女の血が彼自身に流れ込んできているように感じる。彼女の血が彼の傷口で瘡蓋のように固まっていた血を洗い流し、傷つき沈黙を守っていた柔らかな人となりを蘇らせる。 大丈夫だから、、、彼女の言葉がこだまする。 遠くから救急車のサイレンが聞こえる。理沙はそのまま病院へ運ばれる。 件の従業員は目の前で起こったことに驚いて腑抜けになり地面にへたり込む。理沙を送り出した剛の冷たい凍りつくような視線が彼に注がれる。 「どこにあるんだ?例の作品は」 その言葉に衝撃を受け、男は剛が現れた、ことの真相に気づく。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」83

入店後、剛は父を殺害した人物の特定を急いだ。周防夫人に指図さえしていたあの人物が何か知っているに違いなかった。あるいは彼が犯人なのか。ちょうど店にいた古株の人間から事情聴取する。 突然踏み込んできた警察官と調査員に店の従業員はただただ驚愕するばかりで、裏口からこっそり逃げ出した件の人物を除いて、全員怯えていた。逃げ出した人物が関係している可能性があるとの証言を受け、剛は逃げた人物の後を追う。ただならぬ状況を感じていた理沙は剛を追ってきていて、彼に続いてその人物の後を追う。街の薄暗い路地裏で剛はその男性に追いつき、何かに突き動かされるように隠し持っていた銃に手をかける。 「待って!だめだよ、そんなことでは何も変わらない」 制止する理沙の声が遠くから響くように剛の耳に入る。彼は指先をゆっくりと動かしていく。 発砲音が夜の闇を切り裂く。理沙は突然、前に飛び出す。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」82

その夜、剛は夫人に連絡する。 「Yes, I'll locate the article,,,そうです。近々作品の場所が判るでしょう。状況が固まってきました。私の父を殺したのが誰なのか、恐らく、店の誰か、、。そして、作品を隠したのは、その人物かあるいは周防夫人本人」 「そう、、」 そう、やはり店の人間が、、。まだ日本にあるはずだとは思っていた。持ち出された形跡はなかった。後は万一破壊されたりしていなければそれでよかった。「例のあの作品」とは、それなのだ、、。 剛の報告を受けて、夫人は急遽来日する。店の立ち入り捜査が始まるだろう。日本の捜査官や上層部には内密に状況を報告しておいた。周防美術商ということで最初は渋っていた彼等は、しかし殺人事件となれば動かざるを得なかった。ただ「あの作品」のことは彼等には伏せられたままだった。 そうして剛は来日してから初めて調査員として店の閉店間際に入った。 

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」81

沈黙の後、彼女は続ける。 「私には、いわゆるトラウマはないの。 あまりに小さかったから。でも、得体の知れない恐怖だけがずっと残っているの。だから、その、壁があるの、壁が」 「いいよ、もうそれ以上言わなくても」 「あなたにも」 「そうだ。俺にも、それがある」 「意識できない「トラウマ」があるでしょう?そう説明してよければ」 赤子の時の体験。まだ認識さえもなかった。言葉さえもなかった頃の恐怖。言葉さえも無意味な、トラウマにさえなることのない恐怖。ただその恐怖反応は消えることはない。 「親のことは、恨んでいないのか?」 「もう恨んでないよ」 「どうしてそんなに寛容になれる?」 「愛しているから、親のことは。どうにもならないし、仕方ない。理屈では説明できない。ある日、突然、こう天から降ってきたような」 不思議なジェスチャーをしながら彼女は空を仰ぐ。 「愛されていなくても、関係ない。どうしようもないんだよ。どうしようも」 彼女は一旦口を閉じ、再び開く。 「それに、誰もいなくて誰も助けてくれないと思った時、天の声を聞いたと思ったことがあったから、だから、それでいいの、それで」 理沙から何か温かいものが流れてきたように感じ、剛はそれを確かに受け取った。光。そう言って良ければ、、。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」80

剛が理沙を避けるようになって、一緒に住む話も立ち消えになり、理沙は別の場所へと引っ越していった。 でも彼は自身の出生の真相へと近づき、無性に彼女に会いたくなる。結局、相変わらず美術商に勤め続けている彼女の現住所を、翻訳の仕事を頼みたいからと口実を作って管理職から聞き出す。 彼女に会えば何かが変わるかもしれない。 「久しぶり、、」 そう言う剛に理沙は何も怒ったりはしなかった。彼が何かに苦しんでいるのははっきりとわかっていた。 「君の言っていた見えない心の意味が何となくわかったよ、、。見えないものを見ようとしても無駄だって言うことが」 それから彼は実の父と母のことを彼女に話し始める。聞き終わった彼女はまた自身の過去を話し出す。 「私は、、、階段からどうも落とされたらしいの、、。ほら」 言いながら彼女は前髪を生え際までかき上げる。そこには確かに小さな傷が、はっきりと残っていた。 「頭が、ボールみたいに腫れたんだって、、、さ」 彼女の瞳から雫が溢れる。 「今でもわからない。どうして、その、母がそうしたのかは。彼女はもうとっくに死んだから、、、遠くで」 何を見ているのかわからない透明な視線が彷徨う。 彼女は黙り込む。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」79

「あなたの母親はあなたを守って隠すためにあなたを公園に捨てたの。引き取りの段取りをした後で。彼女の遺書に、もしあなたがいつか帰国した時に、それを説明して欲しいと書いてあったわ。店は、あの時、息子だけでなく、店の秘密を知っている者、もちろん彼女のことも付け狙っていたから。彼女は店の人間があなたのことも手にかけると思っていた。だから」 それが本当のことだったってわけだ。剛の母から資金を得て、亜由美はアメリカ留学を果たした。それから彼女は彼をアメリカに置き去りにし、いつの間にか店に所属する「先生」になっていた。剛は亜由美を母親だと思い、しばらくの間でも、本当の母親のことを、彼を捨てた人間として憎んでいた、、。 そして、ずっと、捨てられたことから彼は、永遠に消し去ることのできない、取り除くことのできない、認識することのできない「トラウマ」を抱えていた。 それが、真実へとつながる扉に鳴った、、。 理沙の言っていた、「見えない心」の意味がうっすらと解り始める。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」78

周防美術商は店の将来を考え、そのために夫人の作品の存在のもみ消しを図ろうと、秘密を嗅ぎつけ探っていた剛の父を殺したのだろうと日記のページに綴られていた。作品の存在を知っていたもう一人の人物が藤木だった。彼に剛の父親殺害の罪を被せるために、店の誰かが藤木を現場に呼び出したのだろうと記載されていた。 そして、藤木は濡れ衣を着せられ、さらにパリで殺された。 それから剛が生まれる前に父親は死亡したのだろう。母は何かの理由があって生まれたばかりの剛を捨てたのだろうか。何故そうしたのか?求めても得られない父と母に関する疑問の答え、、。 深い物思いに沈んでいた時、電話のベルが鳴る。 「Hello? What? OK. Thanks!!」 手元のメモに素早く名前と住所を書き留める。同僚からの電話だった。彼女は剛の父の母、剛の祖母にあたる人の住所と電話番号を伝えてきた。もう夜も遅いと知りながら、剛は急いで「祖母」に電話をかける。 「はい、、、ええ、篠田ですが、、、?え?あなたが、、」 絶句した後、剛の祖母は電話口で涙を流しているようだった。 少しして落ち着いた後、彼女は静かに語り出す。剛の父のこと、そして彼女が反対した父母の結婚のこと、、、それから、剛の母親が店の追跡と追及を逃れるために「自殺」したこと、、。強いショックを受け目眩を覚えながらも剛は聞かずにはいられなかった。 「どうして、彼女は俺を捨てたんだ?」 暗い暗い深淵の底から真実が浮かび上がる気配がする。