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ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」95

 剛に助けられハリス夫人はやっと作品を持ち出す。炎は瞬く間に広がり、流れてくる火の手がまるで生き物のようにうねって迫ってくる。煉獄の中には目だけがギラギラと光っている人間の黒い影が立ち尽くしている。 「早く、こちらへ」 アメリカ人にしてはあまり大柄ではないハリス夫人は息も絶え絶えに剛についてくる。こんな結末を予想したのではもちろんなかった。が、ある程度予測はついたのではないか。剛もハリス夫人も油断したのだろうか。奥からはうねる赤い光が床や天井や壁を伝って迫ってくる。長い長い廊下が続き出口が見つからない。薄暗い館の奥は天井飾りの様な赤く動く光に包まれていく。 行き止まりなのか。壕を煮やした剛は作品を持つハリス夫人を抱き上げるようにしてピッチを上げながら屋敷の出口を探す。 「ちくしょう」 つい汚い言葉が出てしまう。こんなに奥まで来るのではなかった。あたりには煙が充満してくる。どうにもならないのか。この屋敷はこんなに大きかったのか。廊下は迷宮のように続く。火の手はすぐ後ろにまで迫っている。煙を吸い込まないよう姿勢を低く、それでも急ぎながら二人は走る。目の前はいつの間にか行き止まりだ。まずい。 その時、剛は壁紙の僅かなずれを発見する。 「まさか、ここが、、」 出口なのか、、。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」94

「Father」 父さん!どこか懐かしむような悲痛なハリス夫人の声で剛は目の前の現実に意識を戻す。夫人はゆっくりと立ち上がり作品に手を伸ばす。そして抱き締めるような慈しむような所作で作品を指先で撫でる。 そのハリス夫人の姿を目にしながら周防夫人はみじろぎもせずに虚な瞳を向ける。もう失うもののない、守るものもない、蝋人形の様な表情。彼女は微動だにせず、眉ひとつ動かさず、、。指が震えることもなく、、。ただハリス夫人が持ってきた美しく柔らかな布で丁寧に作品を包むのを見るともなく見ていた。 周防夫人の唇が僅かに歪んだ直後、部屋の奥から爆発音が聞こえた。途端に夫人は笑い出す。驚いたハリス夫人は作品を急いで箱型の鞄にしまう。 周防夫人の座っているソファの奥の扉から微かに煙が漏れてくる。 「終わりだわ。これで全て」 言いながら彼女はそのままソファにまるで重石のごとく沈み込む。皮肉そうな笑いを浮かべながら。扉からは赤い炎がチロチロと染み出すように漏れてくる。熱がだんだんと部屋中に広がってくる。 「出ましょう、すぐに」 ハリス夫人を支えながら、剛は立ち上がる。 「ここが屋敷のどこだか、わかるかしら」 周防夫人は声を大きくして狂ったように笑い出す。 剛の両手は今にも周防夫人につかみかかろうとしていたが、火の勢いがそれを押しとどめる。彼は片足で閉まっていた入り口を乱暴に蹴って無理やり大きく開けるとハリス夫人と廊下に出る。煙と炎は廊下の奥から流れ込んでくる。奥からは熱でガラスが割れる音がバリバリと聞こえる。二人が慌てる様を周防夫人は薄笑いを浮かべながらじっと見つめている。煉獄の炎が容赦無く流れるように広がっていく。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」93

振り上げたノミを周防夫人はゆっくりと下ろし、目の前の作品に傷をつけていく。目の前の作品は少しずつ壊されていく。剛の心配は杞憂に終わり彼は金属から手を離す。壊された作品の中から分厚い布に包まれた塊が出てくる。中には別の作品が隠されていた。 周防夫人の動作はゆっくりと慎重なものになる。いつもの彼女のどぎつさとは別の顔を見せる。 布を丁寧に取り外すとその下に透明なフィルムに包まれた古いが美しい工芸品が出てくる。オルゴール。そう言える形をしている。古い宝石が散りばめられたどこか懐かしい形の逸品だった。 ハリス夫人の目が輝き出す。やっと手元に戻ってきた喜びと失われた時間への嗚咽が込み上げてきた様だった。そして失われた命。彼女の指先は震え、静かに作品に手を伸ばす。 禍々しい作品。美しくても血塗られた歴史を纏ってしまった宝飾。今の剛にとってそれは紛れもない事実であり心臓に何かが突き刺さってくる。彼の中で全てのカケラが記憶と共に連動し始める。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」92

青白い石像が黒い布に包まれているかのよう。周防夫人はその虚な瞳で剛とハリス夫人を見つめる。観念しているというより何もかも失い見えなくなってしまっている人間のそれの様だった。彼女の黒目には二人が反射しているだけなのかも知れなかった。 ふと気づいたかのように周防夫人は指差す。大理石で作られた暖炉の上にある包みを席を離れると運んでくる。それは以前、確かホームパーティーに招かれた時に、剛が見かけたことのある包みだった。 「この中に作品はあるわ」 そう告げると彼女は口の端を引き攣らせる。 「壊しておけばよかったのかも知れない」 しばらく彼女は沈黙し再び口を開く。 「私はただ、娘や親族、そして店を守りたかっただけ」 嘘とも本当ともつかない理由を付け加える。彼女の言葉は空虚で真実味に欠けている。 それから彼女は二人の前でゆっくりと包みを開ける。出てきた作品を見てハリス夫人は首を傾げてつぶやく。 「この作品ではないわ」 周防夫人は再び席を立つとその手にノミの様な工具を持ってくる。無意識に剛は片手をジャケットの下に入れ金属に触れる。 手にした工具を周防夫人は振り上げ、それがギラっと光る。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」91

執事が扉の取手に手をかけ、ゆっくりと開く。ギギっという金属の音がして、その部屋は長いこと使われていなかったのではないかと思われる。 「どうぞ。中へ」 案内されたハリス夫人と剛は冷たい空気の流れる室内へと躊躇いながら入っていく。冷気で満たされた部屋は手入れはされているものの、人間らしさに欠けていて、確かに長いこと誰も足を踏み入れていなかった様だった。 二人は指し示されたゴブラン織りの布張りのソファに腰掛ける。周防夫人の姿はない。しばらくするとカチャカチャと執事がお茶を運んでくる音がしてくる。彼は二人の側までくると慣れた手つきで三人分の紅茶をいれる。 「どうぞ。少しお待ちください」 目の前に出された紅茶はそのまま冷えていく。剛もハリス夫人もただただ硬直したまま周防夫人が来るのを待っていた。すると部屋の奥の扉が開くと、重々しい動きで周防夫人が現れた。黒地に金色の刺繍が施されたドレスに身を包み、まるで夜の蝶さながら。眠っていないのか目の下にはくまができているが、瞳は鋭く光っていた。ただ視線はどこかを彷徨っているようで病に犯されているようでもあった。 二人を前に石のように硬くなっている周防夫人はそれでもソファにゆっくりと腰を下ろす。そして三人の視線が交差する。 沈黙が永遠に続くかのように流れる。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」90

終焉。 かつて銀座でレッドカーペットを歩いていた一族の終わりにふさわしい幕引きとはどんな者なのだろう。警察でさえ介入するのを躊躇する華麗なる血族。聖なるはずの血脈にはいつの間にか悪魔のドロッとした溶液が混ざっていた。あるいは悪魔よりもより悪に近い秘密を隠匿し続けた黒い家。白い外観とは真逆の黒煙を全身に纏っている住人達。コントラストが鮮烈で近づけば目眩に襲われ昏倒しそうだ。 薄暗い廊下を案内されている剛と夫人は、奥へ奥へと進むほど暗さが増しているのを感じる。同時に全身が冷え冷えと禍々しい空気に浸食されていく。 「まだでしょうか」 恐怖心が湧き起こり夫人はつい口に出す。彼女の肩を剛がしっかりとガードする。 「もうすぐです。この先なので」 何の感情も示していない声が廊下に響く。 執事の行先に大理石で作られた装飾の施されたがっしりとした扉が見える。まるで牢獄の扉の様に冷たく艶光りしている。 扉の奥にはギラギラとした毒婦が待っているに相違ない。毒婦は刑罰の鐘の音を聞いているのだろう。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」89

豪奢なその白い邸宅の前に黒いベンツが横付けされる。長い黒のドレスに身を包んだ夫人が静かに降りてくる。助手席からは案内を任されていた剛が降りてくる。やっとここまで辿り着いた。第二次世界大戦の、ある家庭での終着点がここにあった。家に代々伝わるもの。オークションで高値がつくはずもない、ただ歴史と犠牲になった者の血だけがまとわりついている宝。 白い邸宅を背景にすると夫人と剛は黒づくめの判決を言い渡すために来訪した使者の様でもあった。 「Finally...」 一言それだけを告げると夫人は静かに歩き出す。彼女の胸の中では様々な残像が去来していた。戦火の赤い色が見え隠れするような気がしていた。 彼も彼女に続き静かに歩き出す。銃は警察に返却したとしても、もちろん丸腰ではなかった。周防夫人の狡猾さと残忍さを考えるとアメリカからきた夫人が最後まで安全に作品を受け取れるよう配慮しなければならなかった。 玄関のブザーを押す。ドアは直ぐに開かれた。中からは濃紺の制服を纏った執事らしき人間が表情もなく出てきて、剛と夫人を出迎えた。 「どうぞこちらへ」 蝋人形のような姿をした執事はひらりと身を翻すと二人を屋敷の奥へ奥へと案内する。薄暗い廊下は何かの終焉を著しているようだった。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」88

周防夫人は目をきつく閉じる。眉間に皺を寄せ、今までの人生、華麗な人生を思い浮かべる。様々な場面が煌めく走馬灯のように蘇っては彼女を過去の栄華に誘い込む。ソファを握りしめる指先に力がこもり、それから力を緩める。彼女は古い電話機に静かに手を伸ばす。覚悟を決めると剛の連絡先をダイヤルする。 「周防です。その」 「わかっています。あなたが隠しているんですね」 「そうです。作品の場所はここです。私のこの家にあります」 「わかりました。渡していただけますか」 「、、、わかりました」 「すぐにおうかがいしてもよろしいですか?」 「わかりました。お待ちしております」 不思議と剛の胸は怒りに泡立つことはなかった。スマートフォンをデスクに置く音だけがコトリとする。 彼はアメリカの夫人に連絡を取ると、彼女を伴って周防家の門を叩く。豪奢な白い屋敷がまるで凍りついているように聳え立っていた。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」87

その晩の夜中、仕掛けられた罠に落ちプライドを打ち砕かれ、報道を受け、店をも失ったと悟った周防瑠璃。彼女は高層マンションのヘリポートから飛び降りる。白いドレスに包まれたその姿は漆黒の闇の中で舞う蝶の様だった。瑠璃はそして不覚にも滝沢を愛してしまっていた。  娘の自殺を受けると、周防夫人はただただ居間のソファで数時間座り、沈黙し続けた。長い夜が深くなっていく。彼女が守ってきたものが崩壊する。こんなはずはない。「私たちは聖域の住人なのだから」と「守られて然るべきなのだ」と。 凍りついた表情。いったい何がいけなかったのか。バリケードは壊された。それも周防家の長い歴史の中に侵入してきた一見紳士のような人物に。現場にいなかった周防夫人は「彼はまるで獰猛な獣のような鋭い目つき」をしていたと報告を受けた。連絡を受けた彼女は屋敷から一歩も出なかった。続いて知らされた瑠璃の事件。 この世には神はいないのか。神?周防家の神は邪神なのであろうか。それとも呪いの楔が効力を発揮し始めたのか。 どうしたらいいのか。跡取りである瑠璃と店と同時に失った。ソファに座りながら両手をきつく握りしめる。怒りを覚えながらも同時に天からの懲罰を恐れている。引き時なのか。

ろまんくらぶ「Thirteen 13ー再生ー」86

剛は対峙している男の手が細かく震えているのを見てとる。彼が実際に手を下したのではないだろうが、何らかの陰謀に関わっているのは明白だった。指示系統かあるいは連絡系統か、いずれかの系統に関係しているに違いない。すると現実に命を下していたのは誰なのか。 「誰の指示で?」 「そ、それは、、」 男は事実を白日の元に晒すことで彼自身が消される可能性をおそらく思い浮かべているに違いない。別の意味での恐怖を肌で感じている様だった。 「怯えなくてもいいし、起きたことはどうにもできない」 押し当てていた銃口を剛は下げると銃をホルダーにしまい、近くに構えていた刑事を目で呼ぶ。彼は近づいてくると剛から銃を受け取る。 「悪かった。先ほどは」 「いいえ。事情は本部から聞いています。この後の処理は任せてください。事情はこの目の前の男が話してくれるでしょうから」 「わかった。では」 くるりと剛はまた美術商の男に顔を向けると今度は彼を詰問する。 「誰の指図だ?」 男は観念したのか事実を話そうと試みるが上手く言葉が出てこない。 「周防夫人なのか」 男は黙って深く頷く。 何もかもがはっきりと見えてくる。戦火の中で持ち出され運び去られた夫人にとっての宝物。宝物以上の何ものか。それに関わってしまった剛の父と母の死。全てを隠蔽しようとする強大な深い闇の圧力。圧力。圧力。それが何だっていうのだろうか。 壊して見せよう。聖域の住人が泥沼の悪の巣窟に潜んだ薄汚い連中であることを公にするのだ。